ジャンパー(2008年アメリカ)

Jumper

この“ジャンプ”しまくる映像は酔うな・・・(笑)。

高校生の時に、結氷した川の上に乗って、氷が割れて水中に転落してしまった状況から、
突如として図書館の中へと“ジャンプ”(瞬間移動)するというハプニングがあり、自分自身の特殊能力に気付いた
主人公がその特殊能力を活かして、好き放題の生活を送っていたところ、パラディン≠ニ呼ばれる
“ジャンプ”できる特殊能力がある人間を次々とハンティングして殺害していく連中に追われるSFアクション。

監督は今やハリウッドでも売れっ子監督となったダグ・リーマンで、
02年に世界的大ヒットとなった『ボーン・アイデンティティー』の映像表現が本作のベースとなっているのは明らか。

瞬間移動の特殊能力を使いまくって、銀行から金を失敬するわ、立入禁止の場所に勝手に入るわと、
ハッキリ言って、特殊能力を悪用しているというのが主人公という設定は面白いし、いつしか日常生活の
チョットした行動でも瞬間移動を使うようになっているという、如何にも人間らしいところが描かれるのも面白い。

ただ、映画としてトータル的に考えると、成功した作品だとは言い難いかなぁ。
パラディン≠フリーダーとしてサミュエル・L・ジャクソン演じるローランドが登場するのですが、
この対決はなんとも微妙(笑)。ローランド自身は“ジャンプ”できるわけではないので、ありとあらゆる道具で対抗し
特殊能力を持つ“ジャンパー”を捕えては始末してしまうという恐ろしい存在なのですが、“ジャンプ”する際に
生じるという歪から、瞬間移動した“ジャンパー”を追跡するという発想がかなりの力技で、どうにも面白くない。

この歪を“ジャンプ・スカー”とか言うらしいのですが、もっとまともに対決する設定にできなかったのだろうか?

終いには、「家ごと“ジャンプ”させようとするのは危険だ」とか、意味の分からないことになってしまって、
色々と広げ過ぎた部分に、上手く収拾がつかなくなってしまった印象があり、あくまでアクション映画なはずなんで
もっとシンプルに描くことを基本として、最後はパラディン≠ニ真正面から闘うという展開にした方が良かったと思う。

置き去りにするという発想は僕は嫌いじゃないけど、なんだか力の入らない対決で緊張感が生まれない。
オマケに“ジャンプ・スカー”の話しまで出てきたんで、もはや「何でもアリ」の世界に突入してしまったように見えた。
この手の映画は特に、観客に「何でもアリだな、この映画」と思わせてしまってはダメだと思うんですよねぇ・・・。

映像表現としては、やはりVFXを駆使したアクションは素直にスゴいなぁと思った。
この映画のスタッフの命題は、如何に違和感なく瞬間移動をスタイリッシュに表現できるか?ということだったと思う。
その命題には、見事に映像として具現化できているのではないだろうか。これはダグ・リーマンのセンスも光るところ。

それから、この映画を観ていて驚いてしまったのは、随分と贅沢な東京ロケがあることだ。
映画の中盤で妙に長く、東京の都心で主人公らが“ジャンプ”しまくって遊ぶ(?)シーンがあるのですが、
渋谷のスクランブル交差点やら、東京メトロの銀座駅構内やらと、縦横無尽に歩き回る姿を描きます。
丁度、東京が国際的な映画のロケ撮影を誘致していた頃なので、撮影のハードルは低かったのでしょうが、
わざわざこれだけの遠征をして、実は映画の本筋にはあまり関係のない東京の描写だったというのが、なんとも驚きだ。

正直言って、プロダクションもよく許したなぁと感心しました。それくらい、別に東京でなくともいいシーンです。
本作の原作者やダグ・リーマン自身に、東京か日本自体への思い入れがあったのかもしれませんが、
東京で“ジャンプ”する必然性が全く無く、随分としつこく長めに東京でのロケ撮影しているので、凄く目立ちますね。

同じことは主人公がヒロインを連れてローマのコロシアムに行くシーンにしても同様で、
実際にローマでロケ撮影を行ったらしく、製作費は約1億ドルを要したようで、とにかく金をかけた作品に見える。

東京でのシーンも含めて、主人公を演じたヘイデン・クリステンセンと、
“ジャンプ”しまくる主人公を見かねて忠告しに来る同世代の青年を演じたジェイミー・ベルが中心になって、
映画は展開します。この主演のヘイデン・クリステンセンは2000年代初めの頃は、大きな仕事をもらっていて、
てっきり次世代のトップ・スターになるものだと思っていたのですが、本作出演の頃は既に低迷していましたね。

本作での共演が縁で、ヒロインを演じたレベッカ・ビルソンと長らく交際していて、
一女が誕生したようですが、後に別れてしまったようです。彼自身も2010年代以降はあまり活躍できていません。

ジェイミー・ベル演じる青年の忠告はもっともなものだ。
「あちらこちらに自由自在に、ジャンプ・ジャンプ・ジャンプ...そんなことして、タダで済むと思っていたか?」と。
ましてや主人公は悪事に手を染め、特殊能力を悪用していたわけで、この辺は共感を得づらい側面だったと思う。
別に青年は主人公にお灸をすえに来たわけではないけれども、彼の忠告が無ければ主人公は殺されていただろう。

彼は彼でジャンパーとしてパラディン≠退治するという抵抗勢力だったわけで、
むしろ彼とパラディン≠フ闘いをメインに描いた方が、映画として魅力的だったのではないかと思う。

それくらいにパラディン≠フ追跡は実に執念深く、強力なものであり、
むしろ高校生のときに本格的に“ジャンプ”できる能力を自覚していただけに、これまでよく無事だったと感心するくらい。
そのせいか、僕にはジェイミー・ベルを脇役に終わらせてしまうこと自体が、凄く勿体なく思えたんですよね。

瞬間移動できる能力は時に羨ましくも思うけど、移動する過程が面白かったりするから、
これが一概に良いとも僕には思えないところがあるかな。究極の時短ということではあるので、
通勤や通学にはいいかもしれませんが、長距離移動には重宝するかもしれませんが、移動自体が目的になりますから。
全く予想していなかった場所に立ち寄ったり、思いもよらぬ発見をしたりと、移動の過程で新たな発見があることも。

そして本作の主人公のように、便利さに依存するように“ジャンプ”を止められなくなったら、もう大変ですね。
家の中で部屋を移動するときも、買い物に行くときも、とにかく“ジャンプ”しまくって運動不足になりそうです。
この主人公のように悪用すると、余計にパラディン≠ノ目を付けられ易く、しっかりとお灸を据えられるわけですね。

そう、この映画の主人公は結局、悪いことをやっているのでパラディン≠ノ執拗に追われて、
必死に抵抗するという展開でありながらも、冷静に見てしまうと、共感を呼べるキャラクターではないところがツラい。

これがアンチ・ヒーローを描いた映画だというのであれば納得できるのですがね。
ダグ・リーマンもそんなつもりで描いたようには見えないところが、本作のツラいところで、これでは共感を得られない。
当初は続編を製作する予定だったらしいのですが、商業的にも大コケしてしまったことで続編は無くなりました。

敵役にサミュエル・L・ジャクソン、主人公の父親役にマイケル・ルーカー、母親役にダイアン・レインと
キャスティングも地味に豪華なのですが、目立たずに劇場公開が終了してしまったというのが、なんとも勿体ない。
でも、正直、この内容ならば仕方ないと思います。もっと基本的なところから見直さないと、受け入れられるのは難しい。
(個人的には、この映画の場合は主人公をあくまでヒーローとして描くべきだったと思うのですよね・・・)

ダグ・リーマン自身も本作の出来に後悔があることを明言しており、良い手応えは無かったようだ。
「ホントは撮り直したんだけど、そのまま劇場公開してしまったんだ!」と。それなら、公開時にもっと主張して
頑張れよと言いたくもなるのですが、多少なりともプロダクションの意向の方が強い企画だったのかもしれませんね。

この映画の良さは上映時間の短さで、実にアッサリと映画が終わるところですかね。
どれくらい編集の段階でカットしたのかは分かりませんが、無駄なエピソードは徹底して削いだのでしょう。
そしてダグ・リーマンの描きたいことをピンポイントによくまとめたアクションがテンポ良く構成されており、
映画が無駄に長く感じられるということはありません。ただ、誰を主人公にするのかという根本的なところで
誤ってしまった印象があって、ここで間違ってしまうと、さすがにどうにも出来ない仕上がりという気がします。

裏話ではありますが...どうやら、埼玉県の理化学研究所の施設内でも
本作のロケ撮影が行われたようなのですが、本編ではカットされました。どんなシーンなのか、観てみたかった(笑)。

(上映時間88分)

私の採点★★★★☆☆☆☆☆☆〜4点

監督 ダグ・リーマン
製作 サイモン・キンバーグ
   アーノン・ミルチャン
   ルーカス・フォスター
   ジェイ・サンダース
原作 スティーブン・グールド
脚本 デビッド・S・ゴイヤー
   サイモン・キンバーグ
   ジム・ウールス
撮影 バリー・ピーターソン
編集 ドン・ジマーマン
   ディーン・ジマーマン
   サー・クライン
音楽 ジョン・パウエル
出演 ヘイデン・クリステンセン
   ジェイミー・ベル
   レイチェル・ビルソン
   サミュエル・L・ジャクソン
   ダイアン・レイン
   マイケル・ルーカー
   トム・ハルス