ジュリア(1977年アメリカ)

Julia

間違いなく、これこそ映画だ。

ジェーン・フォンダ演じるリリアンのナレーションから映画は始まる。
静かな湖と思われる場所にボートを浮かべ、一人ポツンと孤独に釣り糸を垂らしている情景だ。
もう、このオープニング・シーンだけで如何に本作が優れた映画であるかを、予期させられる素晴らしい出だしだ。
また、ダグラス・スローカムのカメラも素晴らしい。どこか寒々しく、突き放したように釣り人をフレームに収める。

かと思えば、大きな汽笛にハッとさせられるジェーン・フォンダのアップで、一気に映画を動かす。
良くも悪くも、70年代の映画らしいアプローチではありますが、本作は名匠フレッド・ジンネマンの演出は冴え渡る。

映画は劇作家リリアン・ヘルマンが書き下ろした短編小説を映画化したものですが、
大変興味深いことに、彼女とハードボイルド小説家のダシール・ハメットとの愛を描いており、
ダシール・ハメットが他界するまでの約30年間に亘って、同棲生活を送り、リリアンはハメットの最期を看取った。

幼い頃からリリアンは幼馴染のジュリアとの時間を楽しく過ごし、
唯一無二の親友としてジュリアとの絆を深めていきましたが、お互いに成長するとリリアンは劇作家として、
ジュリアは反ナチスの政治活動に身を投じるようになり、それぞれ別々の人生を歩むことになります。
独立精神旺盛で、強く生きる女性であったジュリアに対して、リリアンはいつも心のどこか寂しさがあって、
有名な小説家であったダシール・ハメットと恋人関係になり、彼のサポートで劇作家として成功を収めながらも、
いつもジュリアのことを思い、彼女に会いたいという気持ちが強かった。しかし、ジュリアは危険な人生を歩むのです。

映画で描かれるのは、リリアンが反ナチスの活動に傾倒した代償として負傷したジュリアを見舞うものの、
どこか不穏な空気が漂う病室からアッという間にジュリアが消えてしまい、ジュリアの同胞から5万ドルもの現金を
陸路でベルリンにいるジュリアに届けて欲しいと告げられ、ジュリアに会いたい一心で危険な任務を引き受けます。

ハメットの勧めもあって、作家としてデビューし華やかな世界を歩み始めたリリアンでしたが、
ナチス・ドイツの監視の目をかいくぐって、ベルリンにいるジュリアに多額の現金を運ぶのは、とても危険な行動でした。

ジュリアに会いたい一心で引き受けたものの、常に誰かに監視されているような気分になり、
精神的にパニックに陥る寸前という感じになりますが、要所・要所でジュリアの同胞たちによって助けられ、
なんとかリリアンはベルリンの駅前の食堂「アルバート」でジュリアとの再会を果たします。ここが本作のハイライト。

本作でアカデミー助演女優賞を獲得したジュリア役のヴァネッサ・レッドグレーブは彼女自身、
かなり政治的な発言を繰り返していたために、本作受賞のオスカー授賞式の壇上のスピーチでも同じような
政治的発言から演説のような状態になり、業界からの顰蹙をかったみたいですが、それでも本作の彼女は素晴らしい。

この「アルバート」でリリアンと久々の再会を果たしながらも、ゆっくりとリリアンとの時間を割くことができず、
早々にリリアンを食堂から退出させようとしますが、そう促されるリリアンの表情からは、何とも言えない感情が漂う。
時にリリアンの親友として、時に政治活動家としての表情を交互に見せるようで、絶妙な味わいある芝居だったと思う。
特にドッシリと構えるようにリリアンを待つ彼女の姿は、何とも言えない空気感で本作の全てを支配するかのようだ。

リリアンを演じたジェーン・フォンダも、オスカーを獲得したハメットを演じたジェーソン・ロバ−ズも素晴らしいが、
でもやっぱり...僕は本作と言えば、ヴァネッサ・レッドグレーブがジュリアを演じたから、映画が引き締まったと思う。

リリアンがジュリアからの依頼を引き受けて、長距離列車に乗ってからのエピソードは
ささやかながらも緊張感が常にあって、派手な動きのあるシーンは皆無なのですが、なかなかハラハラさせられる。
特に性格的には荷が重すぎる任務であったために、精神的に破綻しかけるリリアンの表情には、全く余裕がない。
そんな姿を実に克明に描けており、さすがは名匠フレッド・ジンネマンの安定感ある演出と言う感じで、感心させられる。

個人的には、こんな素晴らしい名画なのに、今となっては忘れられたような作品なのが、とても悔しい。
アカデミー作品賞を受賞していないということもあってか、作品の存在自体がマイナーだし、目立たず存在感ゼロ。
それでも、キャスティングはそこそこだし、少々地味な仕上がりかもしれないけど、手堅い作りで何度も楽しめる。
そうなだけに、かつてDVD化されてはいるものの、画質もそこまで良いわけではなく、Blu−rayにもなっていない。
そんな現実があまりに悲しい。本作のような作品こそ、あらためて評価し直す動きがあればいいのになぁ・・・と思う。

あまり大きな動きのある映画でもなければ、リリアンの“冒険”も波乱万丈というほどではない。
誰が敵なのか、敵が具体的にどういった行動をしているのか、直接的なスリルは全くと言っていいほど描かれない。

なので、リリアンが何に怯えているのか、このピリピリした空気を何が醸成しているのかは分からない。
つまり、全く釈然としない映画である。オマケに映画のラストは、何一つ解決したわけではないし、
ジュリアが言っていたことをリリアンが辿っても、何一つハッキリとした答えが明らかにされず、映画は終わってしまう。

こういうハッキリとしない映画が嫌な人には向かないだろうし、
前述した食堂「アルバート」での独特な映画らしさに溢れた空気感を楽しめない人には向かないだろう。
そうなってしまうと、ジェーソン・ロバーズはどうしてもダシール・ハメットには見えないだろうし、違和感しかないだろう。

それでも、僕はこの映画の場合は、これくらい不透明感を残したからこそ魅力的なものになったと思う。
フレッド・ジンネマンも映画の後半で、最高にスリリングなサスペンスを描きながらも、最後に一気に突き放す。
これはある意味、ヨーロッパへ行くリリアンを見送るハメットが、やや冷めた目線で見ていたのとシンクロしている。

回想シーンが幾度となく出てくる作品で、一見すると分かりにくい構成ではあるのですが、
技巧的にこれ見よがしな手法をとっているわけではなく、実にさり気なくやっていて、全てが効果的である。

現実世界で考えれば、リリアンが依頼された5万ドルもの大金をジュリアに届けることは、とても危険なことだ。
ナチス・ドイツが厳しい監視体制を敷き、反ナチス運動を取り締まっていたベルリンに行くのだから尚更のことで、
国境越えから緊張の連続だ。当然、ジュリアの仲間がリリアンを監視して保護するわけですが、それでも危険なこと。
いつどこで裏切りにあうかも分からないし、不測の事態に陥らないという保証はない。リリアンにそんな経験もないし。

それでもトライするのは、ジュリアに会いたい、そして彼女の役に立ちたいという一心なわけで、
ジュリア曰くは、この5万ドルを手にすることで投獄されている彼女の同胞である複数の政治家の命を救えるらしく、
現実にこんな交渉があったのかは分からないが、こうでもしないと救うことができない当時の厳しい情勢をうかがえる。

フレッド・ジンネマンと言えば、53年の『地上(ここ)より永遠に』や73年の『ジャッカルの日』が有名ですが、
個人的には彼の監督作品でベストな出来と言われれば、本作を推したい。それくらいに思い入れ深い作品ですね。
実力派俳優ばかりを揃えながらも、演技合戦にしなかったのも素晴らしい。それでいて、キャストは賞賛されましたし。

映画の中盤にリリアンに上から目線で“アドバイス”する女性として、
デビュー間もない頃のメリル・ストリープがチョイ役で出演しており、この1シーンだけですが、インパクトが大きい。
この1シーンだけの共演でしたが、ジェーン・フォンダがメリル・ストリープのことを「彼女はスターになるわよ」と
スタッフに言い残したという逸話は有名な話しで、本作の翌年に『ディア・ハンター』に出演して高く評価されました。

本作を女性映画と評する人もいますが、僕はそんな小さなカテゴライズをしたくはない。
確かにジュリアのような女性闘士を描いた映画は少なかったでしょうが、フェミニズムに基づいた映画とは思えない。

まぁ、リリアンもかなり気の強い女性として描かれるので、スランプに陥った彼女がイライラして、
ハメットに強く当たるシーンもあったりしますが、それでも本作の主旨は女性の社会進出というわけではないと思う。
それよりは、やはりリリアンが迫り切れなかったジュリアの実像にフォーカスしたかったのではないかと思います。

「アルバート」でジュリアと会った途端に明るくなるリリアン。その瞬間から、映画はグッと引き締まる。
そんな映画だから出来る空気を、画面に吹き込んだ作品こそ、映画にする意義を表現していると思うんだけどなぁ。

うん、間違いない。これこそ映画だ。

(上映時間118分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 フレッド・ジンネマン
製作 リチャード・ロス
原作 リリアン・ヘルマン
脚本 アルビン・サージェント
撮影 ダグラス・スローカム
音楽 ジョルジュ・ドルリュー
出演 ジェーン・フォンダ
   ヴァネッサ・レッドグレーブ
   ジェーソン・ロバーズ
   マクシミリアン・シェル
   ハル・ホルブルック
   メリル・ストリープ
   リサ・ペリカン
   スーザン・ジョーンズ

1977年度アカデミー作品賞 ノミネート
1977年度アカデミー主演女優賞(ジェーン・フォンダ) ノミネート
1977年度アカデミー助演男優賞(ジェーソン・ロバーズ) 受賞
1977年度アカデミー助演男優賞(マクシミリアン・シェル) ノミネート
1977年度アカデミー助演女優賞(ヴァネッサ・レッドグレーブ) 受賞
1977年度アカデミー監督賞(フレッド・ジンネマン) ノミネート
1977年度アカデミー脚色賞(アルビン・サージェント) 受賞
1977年度アカデミー撮影賞(ダグラス・スローカム) ノミネート
1977年度アカデミー作曲賞(ジョルジュ・ドルリュー) ノミネート
1977年度アカデミー衣裳デザイン賞 ノミネート
1977年度アカデミー編集賞 ノミネート
1978年度イギリス・アカデミー賞作品賞 受賞
1978年度イギリス・アカデミー賞主演女優賞(ジェーン・フォンダ) 受賞
1978年度イギリス・アカデミー賞脚本賞(アルビン・サージェント) 受賞
1978年度イギリス・アカデミー賞撮影賞(ダグラス・スローカム) 受賞
1977年度ニューヨーク映画批評家協会賞助演男優賞(マクシミリアン・シェル) 受賞
1977年度ロサンゼルス映画批評家協会賞助演男優賞(ジェーソン・ロバーズ) 受賞
1977年度ロサンゼルス映画批評家協会賞助演女優賞(ヴァネッサ・レッドグレーブ) 受賞
1977年度ロサンゼルス映画批評家協会賞撮影賞(ダグラス・スローカム) 受賞
1977年度ゴールデン・グローブ賞主演女優賞<ドラマ部門>(ジェーン・フォンダ) 受賞
1977年度ゴールデン・グローブ賞助演女優賞(ヴァネッサ・レッドグレーブ) 受賞