ジョンQ -最後の決断-(2002年アメリカ)

John Q

愛する息子が重度の心臓病を抱え、余命幾ばくもないことを知った、
ブルーカラーの一家の主ジョンが、会社から労働時間を強制的に短縮された際に、
家族が加入する保険のグレードを勝手に下げられ、息子が唯一、助かる道である心臓移植の手術には
治療費を保険でカバーし切れないことに行き詰まりを悟り、武器を持って病院をジャックする賭けにでる姿を
01年に『トレーニング・デイ』でオスカーを受賞したばかりのデンゼル・ワシントン主演で描くサスペンス。

監督は名匠ジョン・カサベテスの息子であるニック・カサベテスですが、
演出はひじょうにストレートであり、実に手堅い仕事ぶりに思わず感心させられてしまいましたね。

ニック・カサベテスは幼い頃から、ジョン・カサベテスの監督作品に出演するなど、
俳優としての道を志していたのか、97年の『フェイス/オフ』なんかにも出演しているのですが、
どうやら96年の『ミルドレッド』あたりから、本格的に映画監督としての才覚を表していたようですね。

本作なんかは、心情的には主人公のジョンに同情的になり易い内容で、
実際にこの映画も、主人公を同情的に描く方向へ傾き始めるのですが、最後の最後で手綱を締めましたね。
少々、感傷的過ぎる部分もあるにはあるのですが、映画が甘くなり過ぎないところで留めましたね。

主演のデンゼル・ワシントンの存在感は相変わらず良いのですが、
この映画は脇を固める豪華な役者陣のサポートが素晴らしく、病院を籠城した主人公を説得する、
ベテラン刑事を演じたロバート・デュバルがクライマックスに見せる表情が、何とも言えず良いし、
複雑な境地に陥る敏腕心臓外科医を演じたジェームズ・ウッズの存在も、実に機能的だったと思う。

そういう意味では、実に恵まれた企画だったことは否定できませんが、
ニック・カサベテスがキチッと欲張らずに描いたことが大きく、ひじょうに落ち着いた映画に仕上がりました。

僕はこの映画を観る限り、ニック・カサベテスは映画監督として、
父のジョン・カサベテスを超える手腕を持っていると言ってもいいような気がするんですよね。
そりゃ、ジョン・カサベテスが撮った80年の『グロリア』のようなカリスマ性がある作品ではありませんが、
本作のように落ち着いた、ソツの無い上手さを感じさせる映画は、ジョン・カサベテスには無かったですからねぇ。

それにしても、この映画は現代社会の闇の部分を上手く突いている。
雇用形態上の問題から、勝手に適用範囲の狭い保険に替えられ、ジョンはそれに気づいていない。
まぁ・・・アメリカの社会保険制度はイマイチよく分からないのですが、基本、「自分のことは自分でやれ!」とは言え、
さすがに適用範囲の異なる保険に変更する場合、本人への告知を行わず、同意を取らずに勝手に変更し、
その事実を莫大な医療費が必要になった状況に陥って初めて知るというのは、あまりに不条理だと思う。

僕は別に雇用形態が替わったことで、保険も替わるということ自体が悪だとは思わないけど、
本人の知らないところで勝手に替わっているという事実があるとすれば、それは改善すべきだと思いますね。

確かに保険を勝手に替えられたことを知り、融通の利かない病院に苛立ち、
病院ジャックという最悪の手段に出たジョンの行動は、同情する部分はあったとしても、感心はできない。
ひょっとしたら、自分の置かれている状況にもっと早く気づくことができたかもしれません。
タイトルにも“最後の決断”とはありますが、いくらなんでもこの行動は称賛されるべきではないだろう。

一見すると、この映画は善と悪の構図があるようにも思えますが、
よくよく見ると、この映画で登場する病院の面々も、別に間違ったことは言っていない。
確かに融通が利かない部分に観客も苛立ちを感じるように描いてはいるのですが、
基本、皆、正論でぶつかってくるだけに、僕はこの映画で描かれた問題はとても根深いと思いますね。

例えば、病院の女性理事長を演じたアン・ヘッシュにしても、
確かに法外とも言える医療費を請求するも、お金が無ければ一切の医療行為ができないのは現実だろう。
(そんな彼女が映画の後半で何故、心変わりしてしまうのかに関しては、あまり納得性がないのだが・・・)

有能な心臓外科医を演じたジェームズ・ウッズも難しい役どころでしたが、ひじょうに良かったですね。
彼は別にジョンの息子を助けたくなかったわけではなく、ジョンと面接した日に彼から「あなたならどうする?」と
質問され、自信をもって「私なら手術を受けさせます」と答えているため、治療に対して消極的ではなかった。
ところがジョンが医療費を払えないという現実と、理事長の意向には逆らえないという立場。
そして社会的にジョンだけを特例として優遇するわけにはいかないと考えたのだろう。
そんな理性的な判断を下すという、難しい役どころをジェームズ・ウッズは見事に表現できていますね。
(個人的にこの映画での彼の芝居は、もっと評価されても良かったような気がしますけどね)

また、病院に篭城したジョンを必死に説得する、昔気質な刑事を演じたロバート・デュバルも素晴らしい。
怪我人や死人を出すことなく事件を解決させたいとする、基本に忠実なスタンスですが、
彼よりもかなり若く、そして出世したレイ・リオッタ演じるモンロー本部長との対立も映画を盛り上げている。

そうそう、強いて言えば、この映画で悪役的存在と言えば、レイ・リオッタだろう(笑)。
ほとんどチョイ役みたいな扱いで、少し可哀想なのですが、時折見せる彼の笑みが印象的だ(笑)。

まぁ傑作とまでは言えないけれども、前述したニック・カサベテスの手堅さもあってか、
社会派映画としても、エンターテイメントとしても及第点は超えた出来と言っていいだろう。
ある意味で、この映画で描かれた出来事が現実にならないように警鐘する意味でも、貴重な作品だと思う。

確かに全てに同情できる内容の映画ではないが、あくまでこの映画は極端な例として考えるべきだと思う。
そうして考えると、あながち僕はこの映画、悪い出来ではないと思うし、訴求する内容でもあったと思う。

但し、個人的には女性の無謀運転を映したフラッシュ・バックは必要ないと思う。
僕がこの映画でニック・カサベテスの演出で、唯一、その意図がよく分からないところですね。
あまり余計な小細工をせずに、ストレートに描いた方がずっと良かったのではないかと思いますけどね。。。

(上映時間115分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ニック・カサベテス
製作 マーク・バーグ
    オーレン・クールズ
脚本 ジェームズ・カーンズ
撮影 ロジェ・ストファーズ
音楽 アーロン・ジグマン
出演 デンゼル・ワシントン
    ロバート・デュバル
    ジェームズ・ウッズ
    アン・ヘッシュ
    レイ・リオッタ
    エディ・グリフィン
    キンバリー・エリス
    ショーン・ハトシー
    ケビン・コナリー