ジョンQ -最後の決断-(2002年アメリカ)

John Q

少年野球の試合途中に心臓の病気で倒れた息子が、実は心臓移植が必要な状態であることが分かり、
就業先で保険に加入しているから大丈夫だと信じていたものの、実は会社が勝手に保障の小さな保険に変更し、
必要な心臓移植を受けることができない現実を前に、病院内で“非常手段”にでる姿を描いたサスペンス映画。

よく言われることではありますが、アメリカをはじめとした医療保険制度はかなり厳しい制度で、
特に国民皆保険制度である日本とは大違いな現実であることから、高額医療を受けることがとてつもなく難しい。

そうであるがゆえに、移植手術のような先端医療を受けるためには、相当な経済力が必要だろう。
ましてや患者が小児であるなら尚更のことで、高い技術力と医療体制が要求されるために費用もスゴいだろう。
そうであるがゆえに、感情論から言えば可哀想だが、経済的なことが障壁となって十分な医療を受けられない、
という現実はアメリカではありふれた話しなのではないかと思う。本作はその現実に対する問題提起でもあります。

監督はジョン・カサベテスの息子であるニック・カサベテスで、96年の『ミルドレッド』で監督デビューしている。
本作には少しばかりシニカルなエッセンスがブレンドされていて、保険会社がカギを握っている医療体制への皮肉、
そして立てこもり事件に対するアプローチの中で、半ば仲間割れのような状態になる警察への皮肉も感じられる。

愛する息子に心臓移植が必要になり、献身的に資金を貯めるものの上手くいかないことから、
半ば自棄(ヤケ)を起こしたかのように“非常手段”に出る父親役としてデンゼル・ワシントンが出演していて、
そんな彼の息子の心臓を最初に診断した医師としてジェームズ・ウッズ、移植リストに載せるための保証金を
冷淡な態度で求める院長役としてアン・ヘッシュ、そして、主人公が起こした事件の担当刑事でロバート・デュバル、
そんな刑事に茶々を入れるように、隠密に狙撃を指示して事態を悪化させる本部長にレイ・リオッタと凄いキャスト。

が、しかし...デンゼル・ワシントン以外は、あまり多くの見せ場を与えられておらず、チョット残念。

本作はおそらく、日本人の価値観とか感覚には馴染まない作品なのではないかと思う。
勿論、個人・個人で意見は異なるので、本作に賛同する意見もあるだろうけど、主人公がとる“非常手段”について
半ば肯定的に描いてしまう時点で、何をするんでも和を大切にする日本人には馴染まないタイプの作品かと思う。

まぁ、さすがはデンゼル・ワシントンの熱演ぶりなので、愛する息子のためにと奮闘する父親の愛が痛いほど伝わる。
そりゃ、愛する息子の命を救うためならと、自分の命だって差し出す覚悟をするわけでだし、何するのでも必死。
この主人公の気持ちは、痛いほどよく分かる。しかし、「自分の主張を通すためなら“何でもアリ”は認められない」と
日本人は常に全体の個としての生き方を尊重するところがあるので、本作の主人公の選択は賛同を得にくいだろう。

一人の命のためにと、社会的に特例を認めるわけにはいかないという姿勢も分かる。
ただ、この主人公からすると状況的にも圧倒的に不利な状況の中で、こうでもしなければ打破できなかっただろう。
主人公がとった“非常手段”というのは、結局は病院ジャックだったので、社会通念上、決して許されることではない。

しかし、本作のコンセプトはそうでもしなければ救われることがない人生を歩む人々のある種の“反撃”であり、
人質となった病院関係者も単純に「ストックホルム症候群」だとは言えない流れで、主人公の主張に耳を傾け、
感情的にも動かされる瞬間を描くことに意義があったのだろう。昨今の分断社会が深刻化するアメリカでは、
より本作で描かれたようなケースが現実に起こり得るということもあるし、これが現実に起こるのは悲劇でしかない。

監督のニック・カサベテスは、一見すると主人公の行動を肯定的に描きながらも、
とは言え、彼の行動を手放しで称賛するものでもないと、映画のラストで観客を突き放すかのように現実を突き付け、
まるで本音と建前を分けて論じるかのように、とても複雑なニュアンスを内包するラストに帰結させるのである。

それでいて印象に残るのは、ラストの法廷でのシーンであって、人質となった人たちの多くが
裁判を傍聴しているという設定で、彼ら一人一人が裁判をどのような想いで見ていたか、彼らの表情で分かる。
とても意味深長で複雑なニュアンスを内包したラストになっていると思う。敢えてここまで描かないことも多いですしね。

その中で言えば、冷淡な態度で周囲の話しを遮ってでも、主人公に冷淡な態度で接し、
周囲の話しを聞き入れなかった病院の院長を演じたアン・ヘッシュは、もっと目立たせてあげて欲しかった。
これではあまりに中途半端過ぎて、彼女にどういう役割を担わせたかったのか、作り手の考えがよく分からない。
確かに彼女の人間らしさを表現することも必要だったかもしれませんが、あまりに“陥落”が早過ぎるように映った。
主人公家族の境遇に同情する気持ちが途中から勝ってしまっていて、納得性に欠けるほど早くに態度を軟化させる。

ですので、アン・ヘッシュについては、もっと病院経営者としてタフな側面を貫き通して描いて欲しかったなぁ。
普通に考えれば、彼女にも人間らしい側面があることは分かり切っていて、誰だって移植手術させたいだろう。
しかし、このような“非常手段”を容認するかのように、主人公の要求を受け入れてしまうこと自体、賛否はあるはずだ。
特に病院経営者であれば、その板挟みになるわけで、「また同じ手段をとる患者が出たら・・・」という懸念は残る。

それは警察側の人間も同じことを言っていて、結局はテロ行為に対してどう対処するか?ということがポイントだ。

人質に取られた人々も、途中からは主人公に同情的になっていくことが映画のポイントではあるのですが、
正直言って、これはこれで警察が事件に対処しにくくなってしまう原因でもあるのだろう。中に協力者がいれば、
中の状況を警察に伝えるなど、何かしらの手立てはあるのでしょうが、それどころか大衆心理を煽る存在になるので。

そう、映画は終盤になると、さながら『狼たちの午後』ばりに主人公を支持する市民たちが声を上げるように
事件現場となった病院を取り囲み、まるで主人公を応援するように声援を送るように事件の行く末を見守ります。
当然、こういった流れを警察は警戒します。上昇志向強い本部長は、市民のリアクションばかりを気にします。

それをあざ笑うかのように、現地のマスコミは電波を傍受して籠城する病院内の映像を放送するとは、
現実世界では考えにくい事態に陥るのですが、あんなことをやってしまったら、テレビ局は電波を止められるだろう。

確かに主人公がとった“非常手段”は社会的に許されることではないだろう。それゆえのラストも納得できる。
ただ、僕は全く違う目線で本作を観てしまっていて、愛する息子のためにどこまで出来るか?という点に注目した。
本作の主人公はこういった“非常手段”も辞さないわけで、自分の命を差し出してでも息子を助けるという覚悟がある。
これは実にスゴいことだと思う。普通に考えて、こういう発想を持って、ここまでの行動をとれるというのは驚きだ。
彼が裁かれることは仕方ないにしろ、どんな事情があろうが、息子を助けるために何でもするという愛の深さが凄い。

ニック・カサベテスはどこかで冷静な視点を忘れていないけれども、モラルを超越するかのような
強い親子愛を表現したというのは驚異的なことでもあり、これは本作のストロング・ポイントであるのは間違いない。
行き過ぎた行為ではあるけど、僕はこの主人公の行動を偽善だとは思わないし、純然たる親子愛なのだと思う。

勿論、彼の“非常手段”は肯定されるべきではないし、どんな事情があっても許されることではない。
前述したように、日本人の価値観からいけば否定的な意見は多くなるだろうし、それらは正論になると思います。
これが主人公が用意周到に計画して、彼の実力行使が行われていれば、こういう感想は持たなかっただろうと
思いますが、妻の懇願を聞いて行き当たりばったりで、“非常手段”に衝動的にかられる姿には、悲壮感すら漂う。
これは純然たる親子愛からの行動であるがゆえに、僕にはどうしてもこの映画を全否定はできないというのが本音。

まぁ、ニック・カサベテスはそういったいろんなことを超越した見地で描けたことが大きな収穫だったのでしょう。
警察組織を皮肉を込めて描くなど、特徴的なアプローチはありますけど、本作の一番の収穫はこの愛の強さです。

但し、心臓移植というのはリスクが極めて高い手術であることを忘れてはならない。
そもそもタイミング良く臓器提供が期待できないということもあるし、現実には待機待ちの間に命を落としたり、
幸運にも臓器提供を受けて移植手術を受けるものの、拒否反応などで亡くなってしまう事例も過去にはありました。

そう思うと、臓器提供を受けられること自体が奇跡的なのだろうし、手術が成功して健康を取り戻すことも
奇跡的なものなのだろう。しかし、親として弱りつつある我が子の姿を見て、奇跡であろうがそれにすがる気持ちは
痛いほどよく分かるし、モラルに反するかもしれないが、この主人公の行動を全否定することはどうしてもできない。

しかし、全面的に肯定するわけにもいかない。それは自分たちだけが生きている社会ではないのだから。
そんな意見もよく分かる。本作はそんな複雑なことを考えさせられる、なかなかの秀作ではないかと思います。

(上映時間115分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ニック・カサベテス
製作 マーク・バーグ
   オーレン・クールズ
脚本 ジェームズ・カーンズ
撮影 ロジェ・ストファーズ
音楽 アーロン・ジグマン
出演 デンゼル・ワシントン
   ロバート・デュバル
   ジェームズ・ウッズ
   アン・ヘッシュ
   レイ・リオッタ
   エディ・グリフィン
   キンバリー・エリス
   ショーン・ハトシー
   ケビン・コナリー