ザ・エージェント(1996年アメリカ)
Jerry Maguire
まぁ、いろいろな意見はあるでしょうけど・・・
これはとっても良く出来た映画だと思います。丁寧かつ、良い意味で実直に撮られたヒューマン・ドラマ。
監督は後に『あの頃ペニー・レインと』で高く評価されることになるキャメロン・クロウで、
本作では派手なスポーツ界の裏方であるとも言える、スポーツ・エージェントの存在に注目した内容になっている。
もっとも、代理人の存在は最近では肥大化してきており、契約金交渉などでは金額を吊り上げるのに貢献している。
しかし、全米では幾多のスポーツ・エージェントがいますけど、有名なエージェントはほんの一握り。
しかも裏切りに継ぐ裏切りもあり、見えるところでも見えないところでも、四六時中駆け引きの連続の生活である。
スポーツ選手が不祥事を起こせば火消しに走らなければならないし、マスコミ対応の仕方も考えなければならない。
確かにスポーツ・エージェントの存在って、スゴく大きなものになっていますね。
コンプライアンスの時代である昨今なら尚更のことで、汚いビジネスの側面があるエージェント業のあり方に
問題提起をした主人公のジェリーが、周囲から称賛されながらも、結局は所属していたエージェント会社を
一方的に解雇されるところから映画は始まります。日本のように解雇要件が厳しい国ではこんなことあり得ませんが、
主人公のジェリーは会社に問題提起したという理由で、しかも一切の配慮もなく、突然の解雇宣告を受けてしまう。
それまでに尽くしたクライアントであるスポーツ選手を一人でも多く、フリーランスになっても引き継ごうとしますが、
既に会社側は良い条件をつけて、ほとんどのスポーツ選手を押さえていて、唯一、ジェリーと契約すると言ったのは、
文句ばかり垂れる落ち目のアメフト選手のロッドだけでした。一方で、解雇当日に独立を声高らかに宣言する
ジェリーが一緒にエージェント会社をやろうと声かけしますが、それに応じたのはシングルマザーの経理の女性のみ。
どこからどう考えて苦しい状況からジェリーの事業はスタートしますが、
それまでは失敗と負け知らずだったジェリーにとって、計り知れない衝撃のある大きな挫折であっただけに、
彼のダメージが大きく、なかなか事態は好転しません。トム・クルーズが挫折を表現したことで、話題になりましたね。
しかし、本作の中で最も高く評価されたのは、ジェリーとの会話の中で奮起することになる
アメフト選手のロッドを演じたキューバ・グッディングJrだろう。いきなり本作の熱演でオスカーを獲得しましたね。
「Show me the money!」の応酬に象徴されるように、常にラップのようなノリでジェリーとの駆け引きがあって、
なんでもかんでもエージェントや契約のせいにしていたものの、次第にロッドも乗ってきて奮起するのも良いですね。
そして、解雇されて裸一貫で出発することを強いられて、精神的に弱っていたジェリーに賛同して、
彼の事業に付いていくと宣言した、シングルマザーで経理担当のドロシーを演じたレニー・ゼルウィガーにとっても
とても大きな仕事となったことは間違いなく、本作以降、彼女に主演級の仕事が舞い込んでいってトップ女優に
駆け上がっていったので、彼女にとって本作は出世作でしょうね。確かに本作での彼女はキュートで良い感じだ。
そして、本作を久しぶりに観て、「そういえば子役のジョナサン・リップニッキーって、今何してんだろ?」と
気になったのですが、本作でドロシーの一人息子役を印象深く演じていましたが、もう俳優はやってないようですね。
そんなキャスティングに恵まれたキャメロン・クロウの幸運な監督作品ではありますけど、
映画は完成度が高く充実していると思います。実は少し、粗い部分があることも否めないとは思うのですが、
逆にこの粗削りな部分を残しているのが良い。やはり挫折を知る人間だからこそ、成功の嬉しさを享受できるもの。
エンド・クレジットで流れるボブ・ディランの Shelter From The Storm(嵐からの隠れ場所)も良いですし、
相変わらずキャメロン・クロウの音楽のチョイスも心地良く、イーグルス≠フグレン・フライも出演しててビックリ。
ジェリーの挫折から気持ちを立て直すキッカケを作ったり、ツラい日々を支える音楽というのも大切だし、
それでも一喜一憂しながらジェリーが徐々に栄光を取り戻し、それまでとは違ったステージに上がるのも良い。
ついつい、過去を追い求めたり、相手との競争に勝とうとしがちなのですが、本作で描いたジェリーの復活というのは
そういうことではなくって、エージェント業の根底を見直し、彼の思い描くエージェントになろうと努力するわけですね。
そういう意味で、本作はとっても大切なことを描いていると思っていて、ジェリーの復活はとても理想的なものだ。
これでライバルたちや、古巣のエージェント会社とただ競って勝つだけの栄光なのであれば、すぐに陥落するでしょう。
そうではなく、あくまでジェリーの提案書に基づいた姿を追い求めていた復活というのが、なんとも良いですねぇ。
ある意味では、ジェリーに与えられた試練を描いているような作品でもあって、
彼の中でショッキングな出来事があって、酔っ払った挙句、彼が思い描く理想論を並べた提案書を作って、
みんなに配ったところまでは良かった。確かに勇気ある行動ですけど、キツいことを言えば、これなら誰でも出来る。
要は並べた理想論をどうやって具現化させるのか、結局、よくあることなのですが、素晴らしいロードマップを書いても
それを具現化させる具体策・武器がないということで、「絵に描いた餅」になりがちで何一つ成し得ないということだ。
結局、理想論を掲げて裸一貫で飛び出しても、そこから猛烈な苦労を強いられるのはジェリー本人なわけだ。
重要なクライアントには逃げられる、経営のブレーンはいない、資金にも乏しいとなれば誰だって苦しい状況ですね。
そして何よりもジェリー自身、精神的にドン底に落とされる大きな挫折を味わうことから、立ち直っていくわけです。
こういう姿をトム・クルーズが演じたということ自体が、最大のセールス・ポイントであると言っても過言ではない。
(そうであるがゆえにトム・クルーズ自身も、本作でオスカーを獲りたかったらしいけど・・・)
実際、僕も本作を観て、あらためてトム・クルーズの役者としての魅力を見直しさせられたし、
デビュー仕立ての若い頃から頑張っていたのは分かってましたが、本作あたりから彼のキャリアも変わった気がする。
それくらい、おそらくトム・クルーズにとっても影響力の強い映画になったであろうと思える作品で、とても印象深い。
徐々に成功へ向かっていくジェリーですが、決して順風満帆ではなくドロシーとの関係も怪しくなっていきます。
そんな紆余曲折を経たせいもあってか、ベタな演出ではありますが...最後のロッドのテレビ番組で感極まり、
ロッドが番組の中でジェリーに感謝を述べるシーンは、真に迫るものがある。こういうシーンがある映画は強いです。
エージェントに感謝する人って、そこまで多い印象はないけれども彼らにとっては、やはり重要な人なはずですからね。
そしてラストシーンは一家団欒。この撮影もスゴく良い。このラストがキマって、傑作だなぁと実感しました。
監督のキャメロン・クロウはミュージシャンとの交友で有名で、それが『あの頃ペニー・レインと』につながるのですが、
本作のようにメイン舞台の向こう側、つまりは舞台裏やそこで働く裏方を描くことが、スゴく上手いディレクターですね。
彼らがいて、力を発揮する舞台が与えられるわけで、インセンティヴの交渉などもエージェントの力が大きいですしね。
一部の代理人が表に出まくってきて、マネーゲームを繰り広げるのは嫌気が差す部分もありますが、
スポーツもビジネスとしての側面はありますからね。チームとして、或いは個人としては勝つことが一番ですが、
俯瞰して見る運営の立場からすれば、単純に試合の勝負だけでビジネスの成否が決まるわけではないわけですしね。
こういうマネーゲームに至ってしまうというのは、競争原理が働く社会では仕方がないことでもあるのかもしれません。
まぁ、やっぱり子役のジョナサン・リップニッキーが本作の魅力を支えているのは事実でしょう。
ヤンチャな盛りの時期でジェリーに懐くという役柄ですが、狙って演じていたのかは分かりませんが、とにかくカワイイ。
シングルマザーという立場から見ても、カワイイ一人息子であることは勿論のこと、リアクション一つ一つがとても良い。
彼を見つけ、配役できたことはキャメロン・クロウにとっても幸運なことで、理想的な子役だったのではないかと思う。
この子どもの存在もそうですが、挫折したときは何もかも投げ出したくなる時期もあるのですが、
やっぱりそこから復活する姿を見ると、「人生って...まんざら悪いものではないな」と思える不思議な力があります。
キャメロン・クロウはそういったことを実に丁寧に描くことに注力しており、
ロマンスなど細かな部分で粗削りな点はあるものの、映画の完成度としてはとても充実していて高いと思います。
少々、王道なストーリー展開ではあるものの、サクセス・ストーリーのお手本となるような映画と言っていいです。
キャメロン・クロウが敬愛するビリー・ワイルダーなら、本作のことをどう見たのかは分かりませんが...
キャメロン・クロウの映画は視点が良いと感じる。作劇っぽく過剰に演出する部分はできるだけ少なくして、
あくまで映画が大事にしているのは自然体であること。それがキャメロン・クロウの映画の大きな強みとなりました。
ちなみにブルース・スプリングスティーンの主題歌 Secret Garden(シークレット・ガーデン)は
本作のために書き上げた楽曲で、今となってはベスト盤にのみ収録された貴重なシングル・カットされたバラードだ。
(上映時間138分)
私の採点★★★★★★★★★★〜10点
監督 キャメロン・クロウ
製作 ジェームズ・L・ブルックス
リチャード・サカイ
ローレンス・マーク
キャメロン・クロウ
脚本 キャメロン・クロウ
撮影 ヤヌス・カミンスキー
編集 ジョー・ハッシング
音楽 ダニー・ブロムソン
出演 トム・クルーズ
キューバ・グッディングJr
レニー・ゼルウィガー
ボニー・ハント
ジェイ・モーア
ケリー・プレストン
ジョナサン・リップニッキー
ジェリー・オコンネル
レジーナ・キング
ボー・ブリッジス
マーク・ペリントン
エリック・ストルツ
グレン・フライ
1996年度アカデミー作品賞 ノミネート
1996年度アカデミー主演男優賞(トム・クルーズ) ノミネート
1996年度アカデミー助演男優賞(キューバ・グッディングJr) 受賞
1996年度アカデミーオリジナル脚本賞(キャメロン・クロウ) ノミネート
1996年度アカデミー編集賞(ジョー・ハッシング) ノミネート
1996年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ミュージカル・コメディ部門>(トム・クルーズ) 受賞