J・エドガー(2011年アメリカ)
J.Edgar
初代FBI長官であるジョン・エドガー・フーバーの生きざまをイーストウッドが描いた伝記映画。
このフーバー長官は彼が亡くなるまでFBI長官だったそうですが、捜査に科学的手法を取り入れるなど、
それまでの捜査手法では考えられなかったスタイルを導入しましたが、一方で捜査のためという理由一つで
個人情報を不正に入手して取り扱うなど、職権乱用の目を向けられて、様々な議論を呼ぶことになりました。
そんなフーバー長官を本作ではレオナルド・ディカプリオが熱演していますが、確かに目的のためなら
手段を選ばぬキャラクターを演じるにはディカプリオはピッタリで、栄光と影を巧みに演じ分けることができていますね。
映画は2時間を超える力作となっていて、イーストウッドらしい静寂感に包まれた品のある映像で
無駄に映画が騒がしくならずに落ち着いて見せてくれる伝記映画になっていて、出来は悪くはないと思いました。
ただ、内容的にもそうですが...どうにも、決定打を感じさせない映画のせいか、訴求しないというのが正直な感想。
個人的には、もっと“押し”の強い映画であることを期待していた面はあるので、どこか物足りなさを感じてしまった。
イーストウッドの監督作品であるならば、もっとガツン!とパンチのある内容に出来たとも思うし、
もっと強く観る者の心を揺さぶる力強い映画にできたのではないかと思える。チョットしたことが、少しずつ足りない感じ。
主人公のフーバーは青年期から強烈なマザコンであり、母親の支配力もスゴかったように描かれる。
それがFBIに入ってからも影響したのか、女性との交際には積極的になれず、それどころか本能的に拒絶します。
側近はゲイの男性が就いて、長年に渡ってフーバーを支えますが、彼らのプライベートは謎に包まれてしました。
映画の中では、ケンカした拍子にキスをしてしまうシーンがありましたが、これにフーバーは複雑な表情で怒ります。
ある種のプラトニックな感情であったのか、元々好意はあったのだろうが、一線を越えてきた側近に怒るという感じ。
彼らの関係性は一筋縄にはいかないし、理屈では説明できない精神的な依存があったのかもしれません。
実在のフーバーもそうだったと語られていますが、実はフーバーには女装癖があったそうだ。
FBI長官になってからは「共産主義はある種の病気だ」と吐き捨てるように言い、50年代に“赤狩り”を先導します。
それは各界の共産主義を支持する人々を社会的に排除するための政策であり、かなりの議論を呼んだ政策です。
その他にもリンドバーグ家の誘拐事件の捜査を担当し、フーバーの美化したお話しと現実が異なることなど、
フーバーの処世術にも関わるようなエピソードが描かれておりますが、イーストウッドらしい落ち着いた語り口が良い。
興味深いのは、共産主義者をかなり強い政策で封じ込めようとしたフーバーについて、
ハリウッドでも有名な共和党支持者であるイーストウッドが、フーバーの人物像について否定的なニュアンスも
映画の中に込めて描いたという点で、“赤狩り”に対してイーストウッドなりに思うところはあったのだろうなぁと思う。
そもそも、この題材で映画を撮ろうとしたイーストウッドの野心がスゴいなぁと感じるわけですが、
本作を監督した時も年齢にして、80歳を過ぎた頃だったというのも驚きだし、落ち着いた語り口ではあるけれども、
映画自体は若いなぁと感じた。さすがにこれだけタフな内容の映画、老いても尚、好奇心旺盛だった証拠だと思う。
確かに部分的な物足りなさはあって、本作をスゴく高く評価することはできないけど、映画が若いと感じるのは感心だ。
“赤狩り”に対しては、ハリウッドでは悪しき歴史として描くことが多いのですが、
フーバーの人物像の描き方はともかく、“赤狩り”に対しては他作品のようにそこまで否定的な感じはしないかなぁ。
それよりもフーバーが自分の地位を確立し、名声を得るまでに多少の誇張も含めてPRしてまで、
周囲から自分の存在を認めてもらおうという、ある意味では目的のためには手段を選ばない側面を描きます。
この辺はイーストウッド的にはフーバーの人間性を、全て肯定するようなニュアンスでは描いていないという印象だ。
務めて中立的な視点で描こうというスタンスだったのだろうとは思いますが、
本作でのイーストウッドは少しばかり、自らの信条と映画人としての想いが強めに反映されている気がしました。
この辺が“押し”の強い映画にさせなかった所以ではないかと。結果的に訴求力ある映画になるのを阻害しましたね。
キャスト的には前述したようにレオナルド・ディカプリオはピッタリ合っているように感じた。
彼の秘書を演じたナオミ・ワッツは正直言って、最初にこの映画を観たとき、彼女だとは気付かないくらいだった。
べつに特殊メイクをしたというほどではないのでしょうけど、印象がかなり他作品と違って見えるから不思議な感覚。
その他にも、フーバーのキャラの強い母親役でジュディ・デンチが出演するなど、脇役もしっかりしている印象です。
フーバーからすれば、自らの発案で科学的手法を用いる捜査機関が立ち上がったわけで、
最初にインパクトある成果を上げなければと、組織の存在価値を認めさせるために躍起になってしまいます。
しかし、そんな彼のヤル気の全てが良い方向へ向かったかと言われると、実はそうでもなかったように描かれる。
一見すると順風満帆に生活にも見えますが、フーバーの中には様々な葛藤があり、彼なりに苦しんだのでしょう。
欲を言えば、本作はもう少しフーバーのプライベートに関わる苦悩をもっとクローズアップして欲しかったなぁ。
そこはイーストウッドがどう表現するかということに、僕は興味があった。もっと核心に迫った内容になったと思う。
それを彼の側近とのプラトニックな感情の駆け引きだけで表現し切るというには、さすがに無理があると思うし、
最初に女性にアプローチをかけたものの上手くいかず、すっかり彼が晩熟になってしまった過程にも肉薄して欲しい。
ひょっとすると時代性を考えれば、このアプローチ自体はフーバーの性癖のカムフラージュだったのかもしれない。
まぁ、イーストウッドにしては訴求する映画にはならなかったのは、どことなく感じる散漫さ。
フーバーの政治的な野心、LGBTQとしての苦悩、FBI長官としての孤独、どれも映画一本になるような
大きなテーマだったと思うのですが、どれもチョットずつ描いた程度で終わってしまったことで、中途半端になってしまう。
ヴォリュームもそれなりにある映画ですし、イーストウッドらしく格式を感じる映像で見せてはくれるけど、物足りない。
しかし、フーバーは初代FBI長官として50年近く(48年間)も、その座にいた歴史に名を残す人物だ。
現代社会であれば、それだけの長い期間、権力を握って君臨していれば“老害”として批判されたでしょうね。
老いて尚、後世に伝えたいことがあったのか、彼が部下に“自分語り”をすることから映画が動き出すわけですが、
やはり彼が独善的に動いたり、彼のマスタベーションのために部下を動かした面があることも否定はできない。
それを制御するために側近がいたわけですが、この側近とはプラトニックな恋愛感情が漂うという複雑な状況。
やはり長期政権は誰がやっても難しいのだろう。スピードは人によって異なるでしょうけど、
長期政権は時間をかけて、やがてはトップが制御できなくなってしまう。それは仕える側に馴れ合いもあるだろう。
付き合いが長くなると、部下たちも「こんなものだろう」という感覚が芽生え、トップの制御が利かなくなってしまう。
トップのグリップが云々という人もいるけど、それをやり過ぎたのが本作で描かれるフーバーでもある。
彼がやりたいことを実現させるためには、手段を選ばぬ男。それゆえ、数々の弊害を生んでいたことも事実である。
過剰に自分の功績をマスコミにアピールするなど戦略的にやっていたのだろうが、どう見ても彼の暴走でもありました。
まぁ、フーバーなりに社会貢献の精神があってこその想いだったのでしょうけど、
自分の野心を満たすための行動にも見えなくなっていって、独裁者と化するのを紙一重な感じがします。
実際にはあまり近い人々からは人徳を得られなかったようで、前述したリンドバーグ家の誘拐事件に乗り込み、
当時の有名人であったリンドバーグと近づけば、自身の名を上げることにつながると目論見があったようですが、
実際には当のチャールズ・リンドバーグはフーバーのことを全く信用するようではなかったというのが、実に興味深い。
こうして、賛否あった人物であるフーバー長官の人物像に迫ろうとしたのは分かるが、今一つ肉薄し切れなかった。
正直言って、これがイーストウッド監督作品というには物足りない。思い入れは強い作品なのだろうから、残念ですね。
どうでもいい話ではありますが...やりたいことをやるためにはイエスマンを集めた方がやり易い。
実際にフーバーは自分に意見されることを極端に嫌い、部下の採用面接でも少しでも気に入らないことがあると、
フーバーはそこを突くし、彼に異を呈する同僚は敵対勢力と見なすなど、独善的なところを全く隠そうとはしません。
それゆえ、やりたいようにはスピード感を持って出来たのだろうけど、彼がいろいろと見失うことになりましたね。
この塩梅は組織のトップとして、適材適所にバランス良く、自律的な組織を構成することの難しさを象徴していると思う。
(上映時間136分)
私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点
監督 クリント・イーストウッド
製作 ブライアン・グレイザー
ロバート・ロレンツ
クリント・イーストウッド
脚本 ダスティン・ランス・ブラック
撮影 ジョエル・コックス
ゲイリー・D・ローチ
音楽 クリント・イーストウッド
出演 レオナルド・ディカプリオ
ナオミ・ワッツ
アーミー・ハマー
ジョシュ・ルーカス
ジュディ・デンチ
エド・ウェストウィック
デイモン・ヘリマン
ケン・ハワード
ダーモット・マローニー
ジョシュ・ハミルトン
ジェシカ・ヘクト
ジェフリー・ピアソン
ジャック・アクセルロッド
リー・トンプソン