居酒屋兆治(1983年日本)

函館で地元客で溢れる小さな居酒屋を経営する、
かつて高校野球のエースで、造船所で働き解雇された経験を持つ男が、
かつての恋人との過去に悩み、精神的に病んでしまった元恋人からの連絡を察し、
彼女の身を案じる姿を、地元客との交流を交えて描いた、日本を代表する名優、高倉 健主演のドラマ。

個人的には北海道を舞台にした映画ということもあって、
どこか親近感沸く映画ではありましたが、結果的には支離滅裂な映画という印象かなぁ。

世評的には根強い人気があるようなんだけれども、
大原 麗子演じる女性の描き方が、あまりに極端で一般的には理解し難い世界観になってしまっている。
いくら高倉 健の十八番のキャクラターとは言え、これだけかつての恋人を守ってやりたいとか、
寡黙に悩み続け、札幌に行く行動を起こすのだったら、その“過去”をもっとしっかり描くべきだったと思う。

それだけ“運命のオンナ”であったという情念の強さが、伝わってこないことが問題だ。

この辺は降旗 康男の演出にも問題があるように感じられて、
映画の冒頭の雰囲気からして、悪い意味での軽さが感じられて映画の価値を落としている。
せっかくの函館という魅力的な街を描いた映画なのだから、もっと丹念に描いて欲しかった。

どちらかと言えば、本作は舞台となる居酒屋を取り囲む、
地元の常連客や周辺の同業者との、愛情溢れる交流をメインに描いた映画にすることに注力したようで、
函館というロケーションの良さを生かすという点では、今一つ注力し切れなかったと思います。
これは映画を彩る音楽の問題もありますが、どうも映画に良い意味での品格を付与することができなかったですね。

この映画で良いインパクトを残せたのは、主人公の妻を演じ、
主人公が経営する居酒屋を陰から健気に支える姿を演じた加藤 登紀子でしょう。
若い時はいろいろとイデオロギーの面も絡めて、過激な学生運動に身を投じていただけに
センセーショナルな私生活のある歌手でしたが、本作で本格的に映画デビューを飾りました。
彼女は本作が初めての芝居とは思えないほど、安定感のある芝居でとてもデビュー作とは思えませんね。

私は下戸なんですが...最近は、吉田 類の番組を観るのが好きだ。
言ってしまえば、酒飲みが晩酌するのを映すだけの番組ですが、それが妙にハマる。
あの番組を観ながら、夕食を食べると何故か1ランク上の味に感じたりする。
しかし、最近は吉田 類が往訪する個人経営の居酒屋というのも、少なくなってきたから苦労するでしょうね。

本作で描かれる居酒屋も、主人公が“師匠”と崇める男に短期間仕えて修行し、
自分でボロ屋を借りて経営する、目立たない場所にあるような居酒屋で、昨今はかなり淘汰されたような存在だ。

いくら函館と言っても、最近はインバウンド需要をメインとした観光都市に変貌したし、
チェーンの居酒屋もかなり目立つようになったので、最近は少数派と言っていい存在でしょう。
串打ちも自分でやってる居酒屋なんて、今となってはそう多くはないでしょうから、ホントに珍しい存在です。

劇中、ところどころ、函館や札幌の懐かしい風景が映っている。
函館の古い市電が映っているし、札幌でも古く懐かしいNTT札幌病院が映っている。
そういう意味では、映画の出来には感心できなかったが、映っている内容が懐かしく興味深かったですね。

やはり、高倉 健は北海道を舞台にした映画が、よく似合う。最近の北海道は明るいニュースもなく、
相変わらず景気も悪いのですが、昭和を代表するスターとは言え、これは実に嬉しいことですよ。
(なんと言っても、極めつけは00年の『鉄道員(ぽっぽや)』ですが・・・)

ただ、この映画の場合、“それだけで”終わってしまうのは勿体ない。
観光的要素は否定しませんが、ドラマとしての重厚感はもっとしっかりと演出して欲しかったですね。

この映画を観ていてビックリするのは、キャスティングが実に豪華だということ。
大滝 秀治の若奥さん役に石野 真子という設定もビックリですが、珍しいことに歌手ちあき なおみが出演しており、
驚いたことに実に良い助演ぶりを見せている。インパクトの強いキャラクターが、ピッタリでした。
彼女は92年以降、実質的引退状態で、今や伝説的な存在と言っても過言ではありません。
個人的には本作を観る限り、これだけできるなら女優業としても十分にやっていけたのではないかと思います。

主人公にひたすら高圧的にツラくあたるタクシー会社副社長を演じた伊丹 十三も良い。
本作の後に映画監督へと転身しますが、耐える高倉 健を描くためには彼のような理不尽な存在は
必要不可欠で(笑)、ある意味で“損な役回り”とは言え、本作にとってはとても大きな存在だったと思います。

でも、これだけの充実したキャスティングを実現させながらも、
このような程度の出来になってしまったのは、大変申し訳ないが...作り手の問題と言わざるをえない、

降旗 康男も実績あるディレクターではありますが、
78年の『冬の華』から始まった高倉 健との名コンビぶりも、本作が代表作の一つに挙げられますが、
本作の出来自体は、個人的には物足りない。これだけのバックがあれば、もっと良い映画にできたと思う。

それにはメイン・ストーリーとなる主人公の過去についての描写が足りず、
まるで不可解な男女の情念を描いた映画というだけで、映画としての説得力が弱い。
最近でもテレビドラマでリバイバルされたり、根強いファンが多いようですが、人気のある理由がよく分かりません。

ただ、この映画を観ていて感じたのは、劇中の大原 麗子演じる元恋人の姿が
痛々しいまでに破滅的で、孤独に葛藤し、あまりに直視しがたい強い情念だ。
晩年の大原 麗子もいろいろと憶測を含んだ報道がありましたが、華やかな大女優の最期としては、
ひっそりと最期を迎えられたという印象が強く、どこか劇中の彼女の姿が被るような気がして切ないですね。

まぁ・・・普通に考えれば、高倉 健の立場に立って考えても、
孤独に葛藤している女性とは言え、無言電話はかけてくるし、家に火を放った疑惑はあるしで、
逃げたくなる条件ではあるのですが(笑)、高倉 健ぐらいになると彼女の想いを受け止めようとするのです。

思わず、そんな姿に「オイオイ、それならよっぽど忘れられない恋愛なんだな?」ってことになるんだけど、
前述したように、この映画はそういった過去を一切描こうとしない。ここに大きな難点があると思います。

昔懐かしい雰囲気の函館を観たいという人以外には、正直、オススメできませんね。。。

(上映時間126分)

私の採点★★★★☆☆☆☆☆☆〜4点

監督 降旗 康男
製作 田中 壽一
原作 山口 瞳
脚本 大野 靖子
撮影 木村 大作
美術 村木 与四郎
編集 鈴木 晄
音楽 井上 堯之
出演 高倉 健
   大原 麗子
   加藤 登紀子
   田中 邦衛
   伊丹 十三
   平田 満
   左 とん平
   小松 政夫
   ちあき なおみ
   石野 真子
   大滝 秀治
   佐藤 慶
   小林 稔侍
   あき 竹城
   細野 晴臣
   山谷 初男
   武田 鉄也