恋するベーカリー(2009年アメリカ)

It's Complicated

約10年前に夫の不倫が原因で離婚した地方都市に暮らす50代の独身女性が、
ニューヨークの大学に通っている末っ子の息子の卒業式に出席するために、ニューヨークのホテルに宿泊中に
ひょんなことから別れた夫とバーで遭遇し、一緒に飲み交わすことになったことから始まる元夫との“不倫”と、
自宅の改装を担当することになった建築デザイナーとの新たな恋の間で、揺れ動く姿を描いたコメディ映画。

監督はこの手の映画を得意とする女流監督ナンシー・マイヤーズで、
ハッキリ言って、この内容は女性だからこそ描ける視点を持った作品というのが、的確な感想だと思った。

まぁ・・・主演のメリル・ストリープも、彼女の元夫を演じたアレック・ボールドウィンも上手い。
喜劇のパートとしては今一つ爆発力を発揮できなかったとは言え、離婚の痛手に悩む建築デザイナーを演じた
スティーブ・マーティンも、熟年の男女が新たな恋に踏み出す難しさ、もどかしさを見事に表現しているのが良い。

ちなみにタイトルにもなっているので、僕はてっきりパン屋さんの話しなのかと思い込んでいたのですが、
確かにメリル・ストリープ演じるヒロインは離婚してから、得意の料理を生かしてパン屋を開業して、
地元ではチョットした人気店となり経営者となり成功を収めているけど、映画の終盤にスティーブ・マーティンと
一緒にチョコクロワッサンを作るシーンがあるくらいで、パン屋であることが物語のメインというわけではありません。

正直言って、そこまでパンを作っているシーンがあるわけでもないので、それは期待しちゃいけない。

劇中に作っていたチョコクロワッサン、美味しそうだったけど、どうせならもっとパン作りを中心に
物語を展開させた方が面白かったのではないかと思いましたね。熟年離婚と、そこから始まる恋愛模様という
現代社会に合ったテーマは着想点としては面白かったけれども、ナンシー・マイヤーズはかつて『恋愛適齢期』でも、
似たようなテーマで映画を撮っているということもあってか、どことなく本作は内容的に既視感のある作品になっている。

とは言え、映画のクライマックスは無理をせず、ごく自然体な感じで映画が終わるので、
ある意味ではこの年代の落ち着いた恋愛を描く、という大きな使命にあっては好感の持てる終わり方ではあったけど。

まぁ、思えばアレック・ボールドウィン演じる元夫は自分勝手極まりない男だ。
話しを紐解けば、確かにヒロインにも精神的な迷いがあって離婚に同意したので、双方に原因があったのだろうけど、
まずもって、若い女性と不倫関係に陥り、妻子を顧みずに離婚。一旦は、その若い女の子との関係は壊れたが、
結局は復縁して再婚している。だが、50代になっても、彼女の連れ子の幼稚園の面接に行くのは恥ずかしいとか、
自宅では良い関係が構築できない連れ子から“監視”され、精神的に不安定な再婚相手からはキツく当たられ、
子どもを望まれては不妊治療のクリニックに行き、体外受精を試みる日々に幻滅しているかのような振る舞いだ。

しかし、これらは彼が選択した生活だったはずで、刺激を求めて元妻との関係を修復しようとするなんて、
まったくもって自分勝手に映ってしまう。しかも彼は再婚しているのだから、元妻との関係は立派な“不倫”関係。
この辺の複雑性こそが、本作の大きな特徴だと思うのですが、丁度良い具合にコミカルに描いていますね。

難しいのは、いくら成人して独立した子どもたちとは言え、彼らにとってはいつまで経っても親は親。
突如として父親が若い女性と不倫して家を出て、母親とは離婚するというショッキングな出来事を子どもたちも
時間をかけて乗り越えてきたわけで、彼らなりに両親と新たな関係を築こうと歩み始めていたばかりのときに
突然、両親が若い男女のカップルのように燃え上がって、「母さんと付き合ってるんだ」と言われたって、
子どもたちからすれば、それはそれで受け入れ難い現実であるということだ。傍から見ると「都合が良過ぎる」と。

そう、この映画で描かれるヒロインと元夫の関係は、家族も含めて一度壊れてしまっているんですね。
そこから再び恋をする、ということがテーマなわけですから、それはそれは難しい感情を内包することになります。

ハッキリ言って、別れた夫婦が再びヨリを戻すと言うには、いささか都合が良過ぎる感じであって、
これは共感性に乏しい関係性でしょう。だからこそコメディとして描いたのであって、これはシリアスには描けない。
元夫の強烈に自分勝手な感情から動いているものなので、新しい生活に整理をつけないまま勝手にヨリを戻したいと、
しかも相手である元妻の感情も確認せずに突き進んでくるなんて、現実にやられたら、たまったもんじゃない(笑)。
(まぁ・・・元妻まであるヒロインも、心の隙間に突け込まれたところはありますがねぇ・・・)

本作でのナンシー・マイヤーズも決して一筋縄にはいかない恋愛を、サラッとコミカルに描くことで
シリアスになり過ぎないように配慮していて、如何にも彼女の得意分野の映画になっているという感じですが、
砕け過ぎないように気を付けているようにも見え、本作は彼女の絶妙なバランス感覚をもって成立した作品ですね。

とは言え、個人的には離婚して傷心の建築デザイナーを演じたスティーブ・マーティンが出演しているのは嬉しいけど、
なんだか役柄の問題もあってか、あまり元気そうに見えず、彼の喜劇役者としての魅力も生きていないのが残念。
中途半端にコメディ演技をするスティーブ・マーティンと比べると、アレック・ボールドウィンの方が目立っているし。

映画の終盤に、この時代のSkypeのようなアプリを使ってヒロインと建築デザイナーが
お互いの部屋で会話するというシーンで、突如として寝室に元夫が全裸で現れるなど、とにかく体を張ってます。
(と言うか、さすがにPCの前で自分の下半身を置くなんて、さすがに嫌がらせとしか思えないけど・・・)

まぁ、あくまでコメディ映画だから半ば“お約束”のような展開だとは思うのですが、
個人的にはスティーブ・マーティンにもっと見せ場を作ってあげて、もっと笑わせて欲しかったなぁというのが本音。
久しぶりの主演級のキャストとして登場しただけに、この感じではパワーダウンした感が否めなかったのが残念ですね。

それから、どうせならヒロインの新たな新居を作る過程を描いて欲しかったなぁ。
さぁ、これから!ってところで映画が終わるのだもの(笑)。その過程で恋を育む、という展開でも良かったかなぁ。

まぁ・・・何はともあれ、これはメリル・ストリープだからこそ表現できたという見方もできると思う。
離婚後にパン屋の経営者として活躍して、自宅は改装することに奮闘し、独立した子どもたちの母もある。
一見すると充実した生活のように見えるが、唯一満たされないものがあるとすれば、一人暮らしで人肌寂しいこと。
彼女の中では常に孤独と闘ってきたわけで、それでもどうすれば前に踏み出すことができるのかが分からない。

それゆえか、自宅に集う同性の友達との猥談に花を咲かせることが精いっぱいという日々。
そんな葛藤も溢れるキャラクターを、本作のメリル・ストリープは実に巧みに表現していて、良い意味で安定感がある。
やっぱり、こういう仕事をやらせるとメリル・ストリープは同年代の女優さんの中では、抜きん出たものがありましたね。

デキるオンナには、ダメな男が集まって来るとでも言いたかったのかもしれませんが、
そんなダメ男に徹して演じ切ったアレック・ボールドウィンも、彼女の相手役としては十分に機能してますしね。

ナンシー・マイヤーズならではの映画ではありますけど、これはキャスティングに助けられた作品だろう。
そういう意味では、やっぱり映画にとってキャスティングが如何に大事なものなのか、あらためて実感させられた。
上映時間も決して短くはない映画なだけに、キャストがイマイチだと本作の場合は、ここまで“間”が持たなかったかも。

熟年離婚に熟年期の恋愛を描くことなんて、かつての映画界ではそこまで多くはなかったことだけど、
今ではそれがメインテーマとなって映画を製作するようになったというのは、時代の変遷を感じさせることだ。

個人的に興味深かったのは、ヒロインの娘夫婦が結婚式の打ち合わせで訪れたホテルで
たまたまヒロインと元夫の逢瀬を、彼らの義理の息子が目撃してしまうというシーンで、これはなんとも微妙だ(笑)。
実は何もかも察してしまったことで微妙な立場になり、義理の両親にも会いづらい心情になってしまう難しさ。
ホントはこれだけで十分に映画として成立しそうで、ここを掘り下げてドタバタさせて面白かったかもしれませんね。

ただ、よく言うことではありますが...浮気する人って、性懲りもなく何度もやるもの。
本作の元夫も、しばらく若い女性に目が移っていたのに嫌になったからと言って、久々にジックリ見た元妻に目移り。
「やっぱりあの頃は良かった」と言わんばかりにバスルームにマリファナを置いていったりやりたい放題だけど、
これはヒロインも気付いていたのか、仮にヨリを戻したとしても、この男はきっと、また同じことをやらかすでしょうね。

どうしても、そういう目で見てしまうがために、手放しで応援できない・・・という本音もあるのですがね。。。

(上映時間120分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 ナンシー・マイヤーズ
製作 ナンシー・マイヤーズ
   スコット・ルーディン
脚本 ナンシー・マイヤーズ
撮影 ジョン・トール
編集 ジョー・ハッシング
   デビッド・モリッツ
音楽 ハンス・ジマー
   ヘイター・ペレイラ
出演 メリル・ストリープ
   スティーブ・マーティン
   アレック・ボールドウィン
   ジョン・クラシンスキー
   ケイトリン・フィッツジェラルド
   ゾーイ・カザン
   ハンター・パリッシュ
   メアリー・ケイ・プレイス
   リタ・ウィルソン