イングロリアス・バスターズ(2009年アメリカ)

Inglourious Basterds

まぁ、日本人の感覚に合わない部分もあるかもしれませんが、
タランティーノの映画に慣れている人で、どちらかと言えば、オールドな映画ファンにはウケる娯楽映画。

そう、これは強烈なまでに残酷描写が横行する映画ではありますが、
あくまでエンターテイメントに徹した、パフォーマンス精神旺盛なタランティーノによる、
ある意味で戦争映画のフォーマットを借りた、究極のエンターテイメントと言っていいでしょう。

この映画は、まず冒頭から何とも言えない絶妙な空気感があって素晴らしい。

ロケーションが素晴らしい田舎町で、家の前で干している洗濯物の白いシーツが風でめくれて、
その向こう側に“ユダヤ人狩り”に訪れたドイツ軍のSSがサイドカーに乗って現れるショットで、
タランティーノはいきなりギア全開で、実に楽しげに演出していたのだろうと、容易に想像できる。

ここから続く、SSのランダ大佐が家に乗り込んで、ユダヤ人を匿っている疑いをかける、
一家の主人と対面に座って尋問するシーンは、実に素晴らしい緊張感で快調に映画が始まる。
それだけではなく、映画の中盤にある町の地下にあるバーでの駆け引きのシーンなど、
基本は会話劇なのですが、本作でのタランティーノはあくまで演出家に徹したようで、
これまでの彼の監督作品から、一皮剥けたと言うか...「成熟」した映像作家になった気さえします。

それを承知で敢えて言いたいのですが...
それでも僕はタランティーノの監督作品ということを考えると、「まだできる」と思う。
もっともっと、映画監督としての高みを目指すべき余地がある、つまりチョットとした難点を残していると思うのです。

色々と絶妙なテイストを継続的に画面に残し続ける映画で、
特にオスカーを獲得した、ランダ大佐を演じたクリストフ・ヴァルツの名演技を引き出して、
上手い具合に勢いが作れている映画なのですが、そんなトップギアに入りっ放しの映画だったわりに、
どう思い返しても、映画のラストシーンの“落とし方”が今一つ面白くない。これはどうしても気になる。

ずっと快調だったのに、どうしても映画のラストがすんなりと入ってこないのです。

それはシナリオの問題も無いとは言えないのですが、
タランティーノとしてもディレクターとして、映画全体のバランスを考えながら、
もう少し、このラストには工夫の余地があったと思うし、彼自身が本作の構想に10年以上を費やしており、
やはり、このラストに悩んだ結果、それだけの年数を要してしまったらしい。彼なりのシャレが入ったラストで、
その意図はよく分かるのですが、どうしてもシックリと来ない。このラストに至るまでが問題なのかもしれません。

ある意味では、ずっとトップギアに入りっ放しの映画でグイグイ、グイグイ進んでいたものの、
タランティーノ自身もどう収拾させたらいいか分からなくなり、ラストは制御できなくなってしまったのかもしれません。

映画の中心として描かれるのは、タランティーノが得意とする「裏切り」。
この映画でも実に数多くの「裏切り」が描かれるし、第二次世界大戦という過酷な状況の中でも、
一見すると、国家のために非情な働きをしているように見えるものの、結局は私利私欲に従って行動するという皮肉。
本作でのタランティーノはそういった、ある意味で現代的なキャラクターをナチス・ドイツを舞台に再構築して、
シリアスになりがちな題材を、実に彼らしいユーモアで究極のコメディ映画として、見事に描けている。

この結果に関しては、世評通り素晴らしいもので、僕も称賛されるべき功績だと思っています。

タランティーノが歴史を描くというアイデア自体に、どことなく違和感を感じますが(笑)、
こういう映画を観るたびに思うのですが、彼は史実に忠実に描こうだなんて微塵にも思っておらず、
やはり一映画ファンなのでしょうね。このスタンスは賛否両論だとは思うのですが、本作なんかは、
そんな一映画ファンとしての視点から描いたことが、むしろ良い方向に機能した好例と言っていいかもしれません。

相変わらずのタランティーノらしい遊び心も全開な映画になっており、
随所に見せる、かつての名作たちへのオマージュとも解釈できるシーン演出に、思わずニヤリとさせられる。

前述したランダ大佐が乗り込んでくるシーンなんかは、
かつての戦争映画で数多く描かれたような雰囲気があるのは勿論のこと、
どことなく西部劇のような風情が感じられる部分があり、これは次の監督作品への布石ですかね。

ランダ大佐がダイアン・グルーガー演じるドイツ人女優と映画館のホールで会い、
挨拶する場面では突如として、『華麗な賭け』ばりに二人の周囲をグルグルと回るカメラワークをしたり、
この映画館のホール自体も、なんかの映画に似てるなぁと感じていたのですが、フォーマルな格好で
慌ただしく階段を行き来するあたりなんかは、『スカーフェイス』の邸宅を想起させられ、
そんな中でマシンガンみたいに銃を乱射して、片っ端から撃つなんて、マフィア映画みたいだ(笑)。
片っ端から血しぶきをあげながら人々が撃たれていくのは、サム・ペキンパーの映画みたい。

こういう遊びを観ると、やっぱりタランティーノは大の映画マニアなんだろうなぁと実感(笑)。

オーストリア出身らしいのですが、主にイギリスで俳優活動を続けていた、
クリストフ・ヴァルツは本作で本格的にハリウッド資本の映画に出演するデビューとなりましたが、
実に数多くの映画賞を総ナメにしたことから分かる通り、本作でのランダ大佐役はものの見事にハマリ役で絶品。

おそらく本作はランダ役で彼をキャスティングできていなければ、
ここまで魅力的でエキサイティングな仕上がりにはならなかっただろうと思えるほどに、彼の貢献は大きい。

また、おそらく多くの方々の印象に残るのは、映画館のオーナーを演じたメラニー・ロランだろう。
クールな振舞いを通しますが、最後の最後で本性を現したような、スクリーンに映る彼女の姿は
タランティーノの悪ノリに彼女が乗っかったような気がしますが(笑)、それでも十分なインパクトでしたね。
本作での芝居が認められてか、翌年にも『人生はビギナーズ』でヒロイン役をゲットしてました。

2時間30分を超える上映時間の長さも、相変わらずなタランティーノですが、
本作は実にテンポ良く進み、あまり大きな中ダルみは感じられなかった。
そうなだけにクドいようですが・・・映画のラストで、上手く収拾できなかったことは残念ですね。

このラストがもっと上手い仕上がりであれば、僕の中ではもっと位置づけが上がったんだけれども。。。

(上映時間152分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

日本公開時[R−15+]

監督 クエンティン・タランティーノ
製作 ローレンス・ベンダー
脚本 クエンティン・タランティーノ
撮影 ロバート・リチャードソン
編集 サリー・メンケ
出演 ブラッド・ピット
    メラニー・ロラン
    クリストフ・ヴァルツ
    マイケル・ファスベンダー
    イーライ・ロス
    ダイアン・グルーガー
    ティル・シュヴァイカー
    B・J・ノヴァク
    ダニエル・ブリュール

2009年度アカデミー作品賞 ノミネート
2009年度アカデミー助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度アカデミー監督賞(クエンティン・タランティーノ) ノミネート
2009年度アカデミーオリジナル脚本賞(クエンティン・タランティーノ) ノミネート
2009年度アカデミー撮影賞(ロバート・リチャードソン) ノミネート
2009年度アカデミー音響編集賞 ノミネート
2009年度アカデミー音響調整賞 ノミネート
2009年度アカデミー編集賞(サリー・メンケ) ノミネート
2009年度カンヌ国際映画祭男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度全米俳優組合賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度イギリス・アカデミー賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度全米映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度ニューヨーク映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度ロサンゼルス映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度ボストン映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度シカゴ映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度ラスベガス映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度ラスベガス映画批評家協会賞衣装デザイン賞 受賞
2009年度ワシントンDC映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度ワシントンDC映画批評家協会賞脚本賞(クエンティン・タランティーノ) 受賞
2009年度サンフランシスコ映画批評家協会賞脚本賞(クエンティン・タランティーノ) 受賞
2009年度インディアナ映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度サンディエゴ映画批評家協会賞監督賞(クエンティン・タランティーノ) 受賞
2009年度サンディエゴ映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度サンディエゴ映画批評家協会賞脚本賞(クエンティン・タランティーノ) 受賞
2009年度サンディエゴ映画批評家協会賞美術賞 受賞
2009年度サウス・イースタン映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度オースティン映画批評家協会賞主演女優賞(メラニー・ロラン) 受賞
2009年度オースティン映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度オースティン映画批評家協会賞脚本賞(クエンティン・タランティーノ) 受賞
2009年度ダラス・フォートワース映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度デトロイト映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度ヒューストン映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度セントルイス映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度フロリダ映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度フェニックス映画批評家協会賞作品賞 受賞
2009年度フェニックス映画批評家協会賞監督賞(クエンティン・タランティーノ) 受賞
2009年度フェニックス映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度オクラホマ映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度カンザス・シティ映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度カンザス・シティ映画批評家協会賞脚本賞(クエンティン・タランティーノ) 受賞
2009年度セントラル・オハイオ映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度セントラル・オハイオ映画批評家協会賞脚本賞(クエンティン・タランティーノ) 受賞
2009年度セントラル・オハイオ映画批評家協会賞撮影賞(ロバート・リチャードソン) 受賞
2009年度ノース・テキサス映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度デンバー映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度デンバー映画批評家協会賞脚本賞(クエンティン・タランティーノ) 受賞
2009年度アイオワ映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度トロント映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度トロント映画批評家協会賞脚本賞(クエンティン・タランティーノ) 受賞
2009年度ヴァンクーヴァー映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度ロンドン映画批評家協会賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞
2009年度ゴールデン・グローブ賞助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ) 受賞