夜の大捜査線(1967年アメリカ)
In The Heat Of The Night
フィラデルフィアの優秀な黒人刑事が帰省で立ち寄った、人種偏見がはびこるアメリカ南部の田舎町で
偶然のタイミングで発生した、会社経営者殺人事件の犯人と誤認され、警察署に連行されたことをキッカケに、
事件の捜査に協力することになるものの、人種差別丸出しの人々と対峙する姿を描いたサスペンス映画です。
まぁ、丁度、ハリウッドもアメリカン・ニューシネマ期に突入した頃であり、
社会的にも公民権運動が盛んになっていた時代で、アメリカ南部で根強く残り続けてきた黒人に対する人種差別も
アメリカの大きな社会問題としてクローズアップされてきた頃でしたから、本作の影響力は強かったのでしょう。
ハリウッドの黒人スターの元祖とも言うべき存在で、優等生的なイメージが強かったシドニー・ポワチエが
主人公のフィラデルフィア警察の殺人課の刑事を演じ、人種差別丸出しの警察署長にロッド・スタイガーが出演。
最終的には、お互いに打ち解け合って、事件の捜査で協力し合うというストーリー展開も斬新なものだったのだろう。
監督は『シンシナティ・キッド』で高く評価されたノーマン・ジュイソンですが、
正直言って、少々、ステレオタイプな映画を撮る傾向が強いディレクターですから、本作のようなメッセージ性が
強い題材の映画とあっては少し心配だったのですが、まだこの頃はマイルドで過剰にならない配慮がありますね。
正直、映画史の残る傑作かと聞かれると、それは微妙だなぁというのが僕の本音ですけど、
それでも本作のノーマン・ジュイソンはしっかり押さえるべきところは押されていて、良い仕事をしていると思いますよ。
レイ・チャールズの主題歌 In The Heat Of The Night(真夜中のバラード)も実に素晴らしいのですが、
本作は音楽が際立つという内容でもなく、しっかりと音楽が調和していて映画を彩るアイテムになっている。
夜中までうだるような暑さが続く情景を内包する音楽であり、レイ・チャールズの熱気が画面に吹き込まれるようだ。
犯人に疑わしい大富豪への対抗意識から冷静さを失ったと自覚する黒人刑事バージル。
そんな彼はイチから仕切り直すことにして、最初に死体を発見した警察官に声をかけて事件当日の動きを
キレイにトレースするかのように再現させて、殺人事件の真犯人へつながるヒントを見つけ出そうとします。
そこで印象に残ったのは、警察官が途中で立ち寄ったカフェで警察署長が合流してきて、
カフェから出発する際は、警察署長は自ら乗って来たパトカーを捨て、バージルらが乗って来たパトカーの
後部座席にまるで身柄を拘束された犯人であるかのように乗り込み、睨みつけるように凄むのは印象的だ。
それまでは自分たちが検挙してきた犯人を乗せていた場所に、皮肉なことに自分自身が座るというのも妙ですね。
このシーンでは、黒人に対する差別を前面に出して行動する警察署長が、まるで犯人であるかのように扱われる。
それも、警察署長自ら後部座席に乗り込むわけで、この辺りから心変わりし始めたのか、
徐々にバージルの能力を認めるようになり、彼への敵対心を表に出さなくなっていく心境の変化がある。
映画の後半にある、自室にバージルを招いて酒を飲んでソファに横になるのは、少々くだけ過ぎな印象もあるが、
徐々に本作のコンセプトの一つとして、人種差別という軋轢を乗り越えて“分かり合う”という感覚を重視していきます。
おそらく警察署長を演じたロッド・スタイガーは難しい役どころだったと思います。
冒頭では黒人に対する差別感情丸出しで、バージルに対しても敵対心と差別感情を剥き出しにしています。
(それでも、警察署長という立場上、周囲に比べると差別的な行動や言動は慎んでいるとも思いますが・・・)
シドニー・ポワチエのイメージというのは、本作あたりで完全に確立されたと思います。
黒人に対する人種差別と闘いながらも、白人よりも優秀な能力や人間性を示していく優等生的な存在ですね。
シドニー・ポワチエ自身、こういった固定化したイメージは快く思っていなかったのかもしれませんが、
黒人俳優としてのパイオニアとして、彼が頑張ったからこそ後年の黒人俳優たちが活躍できた貢献はあったと思う。
確かにシドニー・ポワチエは50年代後半から映画界で活躍し始めていましたし、
60年代に入ると『アラバマ物語』のような人種差別をテーマとして取り扱う映画が増えつつありましたし、
ハリウッドもニューシネマ・ムーブメントが吹き荒れ始めていましたから、本作のような当時としてはセンセーショナルな
テーマを内包した映画が評価される時代にはなっていたのでしょう。それでも、本作はチャレンジングな企画でした。
殺人事件の捜査の手が自分にまで伸びてきて激怒する大富豪を演じたラリー・ゲイツにしても、
映画の序盤から未亡人となってしまうリー・グラントにしても、50年代にハリウッドを襲った“赤狩り”で吊るし上げられ、
ハリウッドを一時的にとは言え、追われた映画人でした。そんな過去があったからこそ、出演したのかもしれませんが。
実際、本作の撮影は当初、アメリカ南部で行われる予定だったとのことですが、
シドニー・ポワチエが黒人に対する人種差別がまだ酷い状態であった南部での撮影に拒否をしたため、
北部のイリノイ州で撮影されたようで、このエピソードだけでも如何にまだ酷い人種差別がまん延していたかが分かる。
ややもすると、このエピソードをも当時の南部の白人の一部は、人種差別を行う口実に使いそうな気すらしてしまう。
それくらい、まだ本作の企画自体にアゲインストな風が吹いていた時代の映画と言っていいと思います。
映画としては極めてオーソドックスなスタイルであって、後年のノーマン・ジュイソンの映画にありがちな
仰々しい演出もなければ、シニカルに描く部分もない。ひたすら地味な捜査を描いていると言っても過言ではない。
地味ながらもハスケル・ウェクスラーのカメラも実に良い仕事をしている。これはもっと賞賛されてもいい仕事ぶり。
夜間の撮影が多い作品でありながらも、実に上手く夜の舞台となる田舎町の空気感をカメラに吹き込んでいるし、
バージルを痛めつけようと複数人の白人の男によって、作業場に追い詰められるシーンでは距離を置いて撮ったり、
それぞれのシーンで主観的な視点であったり、客観的な視点であったりと、見事な使い分けを見せている。
そして、事件の犯人と睨んだ若者が徒歩で逃走して、州境に架かる橋を使って隣の州に逃げようとするシーンで
橋の下からズームレンズを使ったことで有名な作品で、いやらしいズーミングではなく自然に使っているのが特徴だ。
ノーマン・ジュイソンの監督作品としては、珍しいぐらい(?)カメラの良さが際立つ作品になっていると思いますね。
正直言って、クライマックスの事件の犯人のタネ明かしは、僕は今一つと感じたので
全面的に本作を支持しているというほどではないのですが、このラストでは完全にバージルの主観の視点になる。
ここでは不意を突かれたように一気に形勢が悪くなったバージルの心境を、物語るようなカメラでこれもまた印象的だ。
そんな本作がアカデミー作品賞を獲ったということに驚かされるが、
それもまた、アメリカン・ニューシネマの時代が到来したことを完全に宣言したかのような映画史的事実だ。
勿論、同年の『俺たちに明日はない』の宣伝文句として“ニューシネマ”という言葉が使われたのが元祖のようですから、
『俺たちに明日はない』の存在が大きかったのでしょうが、僕は本作が作品賞を受賞したという事実も重たいと思います。
これだけ人種差別が蔓延る田舎町だと、閉鎖的なコミュニティにあるわけで差別があることが当たり前になっている。
そのような環境で生まれ育って、町のリーダーをも人種差別を容認していれば、なかなか変わることができないだろう。
強い同調圧力もあるだろうし、差別に異を呈するものなら、今度は自分が排除される対象になってしまう恐怖がある。
このサイクルからなかなか抜け出すことできずにコミュニティが、より強固なものになっていくわけですね。
まぁ、言ってしまえばアメリカは未だに人種差別に関する問題が散見される社会ですから、まだ終わっていません。
刑事映画として観ると、チョット物足りないかもしれません。どちらかと言えば、社会派映画ですよね。
白人たちがどうやって黒人たちを支配していくかが描かれており、バージル以外に現地で暮らす黒人と言えば、
隠密に堕胎を請け負う商店の女性店主であったり、大富豪の邸宅に仕える執事であったりと、厳しい立場ばかり。
しかもバージルはこの女性店主には違法性を認識しており、「有色人種には厳しい刑罰が下るぞ」と脅すのも印象的だ。
やはりバージルもこの田舎町で過ごす時間が長くなるにつれ、タフに振る舞わなければ対等に暮らせない、
と悟ったせいか、途中からは理想論でだけで突っ走るわけではなく、現実に即した振る舞いに変えていきます。
この辺は当時の白人社会が作り上げた「黒人の優等生」というイメージだと、皮肉を言う人もいますけど、
それでも根強く残り続ける人種差別を克服していくためには、これはこれで必要なステップだったのかもしれません。
ちなみに本作の編集で高く評価されたハル・アシュビーは、後に映画監督として活躍することになります。
(上映時間110分)
私の採点★★★★★★★★☆☆~8点
監督 ノーマン・ジュイソン
製作 ウォルター・ミリッシュ
原作 ジョン・ボール
脚本 スターリング・シリファント
撮影 ハスケル・ウェクスラー
編集 ハル・アシュビー
音楽 クインシー・ジョーンズ
出演 ロッド・スタイガー
シドニー・ポワチエ
ウォーレン・オーツ
リー・グラント
スコット・ウィルソン
ジェームズ・パターソン
クエンティン・ディーン
ウィリアム・シャラート
ラリー・ゲイツ
マット・クラーク
1967年度アカデミー作品賞 受賞
1967年度アカデミー主演男優賞(ロッド・スタイガー) 受賞
1967年度アカデミー監督賞(ノーマン・ジュイソン) ノミネート
1967年度アカデミー脚色賞(スターリング・シリファント) 受賞
1967年度アカデミー音響効果賞 ノミネート
1967年度アカデミー音響賞 受賞
1967年度アカデミー編集賞(ハル・アシュビー) 受賞
1967年度イギリス・アカデミー賞主演男優賞(ロッド・スタイガー) 受賞
1967年度全米映画批評家協会賞主演男優賞(ロッド・スタイガー) 受賞
1967年度全米映画批評家協会賞撮影賞(ハスケル・ウェクスラー) 受賞
1967年度ニューヨーク映画批評家協会賞作品賞 受賞
1967年度ニューヨーク映画批評家協会賞主演男優賞(ロッド・スタイガー) 受賞
1967年度ゴールデン・グローブ賞作品賞<ドラマ部門> 受賞
1967年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ドラマ部門>(ロッド・スタイガー) 受賞
1967年度ゴールデン・グローブ賞脚本賞(スターリング・シリファント) 受賞