暗殺の森(1970年イタリア・フランス・西ドイツ合作)

Il Conformista

これはイタリア映画界を代表する名匠ベルナルド・ベルトルッチの衝撃的な初期の監督作品。

これは内容的にも賛否は分かれるだろうとは思うが、僕は強い衝撃を受けた忘れ得ぬ名画だと思う。
ベルトルッチと言えば、72年の『ラストタンゴ・イン・パリ』の方がセンセーショナルさが話題となり、
日本ではこちらの方がインパクトは強かったのだろうけど、僕の中では圧倒的に本作の方が勝っていると思う。

少年時代に同性愛の男に襲われ、衝撃のあまり加害者を殺害した過去がある主人公が
周囲に流されて、ファシズムに傾倒し、盲目の友人イタロの紹介で秘密警察に雇われる身となって、
それとなくやって来る“指令”を忠実にこなしていく立場になる。ブルジョワな家庭で育った女性と結婚することになり、
平凡な生活を手にするものの、幼い頃のトラウマ的体験とクロスオーヴァーするように“指令”を無感情的にこなす。

その“指令”の中で、反ファシストを啓蒙する旧知の大学教授を調査するように“指令”が届き、
この教授の妻に一目惚れしながらも、見張り役がいることもあって、冷酷に身辺調査から殺害へ移行していく・・・。

しかし、この映画はどこか突き放したような冷たい感覚で主人公を描いていく。
それが何とも微妙な距離感なのだ。まるで熱さを帯びない演出で、良く言えばクールなカメラが彩っていく。
描かれるエピソードは濃厚なものだし、政治的にも刺激的な内容ですらある。そして、少しだけ耽美的でもある。
こういう映画はベルトルッチにしか撮れないだろうなぁと思わせるあたり、本作の大きなアドバンテージとなっている。

そして、映画がクライマックスに近づくと、更に一気に観客を突き放すかのような虚脱感に苛まれる。
それは主人公の過去に関わることが描かれ、なんとも多様な解釈が存在するラストであるとは思うけれども、
映画は終始、ファシズムの幻想を描いていたのですね。結局、何ももたらさず、傷だけを残してしまったわけです。

少々、一方的な視点から描かれた映画ではありますが、本作のカリスマ性は群を抜いていると思います。
最近、「4Kリストア版」が視聴できるようになりましたけど、ヴィットリオ・ストラーロの素晴らしいカメラも相まって、
これは映画史に残る名画として、僕の中では燦然と輝いている。この視覚的な趣味の良さが、大傑作に昇華している。

キャストとしても、大学教授の妻を演じたドミニク・サンダのインパクトは当然大きいけど、
主人公を演じたジャン=ルイ・トランティニアンのどっちつかずでハッキリしない性格を巧みに演じているのも素晴らしい。

この主人公の主体性の無さが賛同を得られない部分があるようですが、実は僕は逆。
こんなに主体性の無い主人公というのも珍しいし、そうなだけに流され始めたら、トンデモないことでもやってしまう。
信念がないからこそ、冷酷に仕事に徹するところが怖い。でも、誰だって、こういう人間になることが起こり得る。

どこか無感情的に流されるように行動する主人公を、突き放したように描くベルトルッチがスゴい。
また、独特な美的感覚も反映されていて、彼らが体現する虚像の中に、ある種のデカダンスを感じさせる部分がある。

よくベルトルッチはゴダールに憧れていたとの指摘がありますけど、それはそうだろうが、
しかし、どこかラディカルな姿勢というよりも、ベルトルッチの映画からは退廃の中の虚しさを感じさせるのです。
そういう意味では、ゴダールよりもルキノ・ヴィスコンティとかの方が、僕の中では感覚的に近いかもしれませんね。
特に初期のベルトルッチの作家的志向からして、先駆性などを一切気にせずに不変のテーマを描き続けている。

それは、やはりファシズムの虚栄でしょう。分かり易く、反ファシズムとの対決構造を描いた作品もありますが、
基本的には何故、ファシズムに傾倒するのか、或いは傾倒した結果、どんなことになるのかを描くことに注力している。
そういう意味では、映画に政治的メッセージを込められているようで、個人的にはあまり好きではないのですが、
それでもこの頃のベルトルッチの“恐ろしさ”というのは、「何が何でもこれを撮るんだ!」という意気込みが強く、
不変的な内容であるにも関わらず、観客に有無を言わせないような凄まじい情念が、画面に吹き込まれていることだ。

この勢いというのは、若さもあったのだろうが、この頃のベルトルッチの才気そのものである。
妙に芸術家ぶっているようにも見えなくはないのですが、全てはベルトルッチが描きたい本能である、
男女の性そのものを描くために、独特な美的感覚でマスクしているだけにも見える。それでも、この主人公の性愛は
なんだか虚しい。寒々しくて、どこか機械的で幼い頃のトラウマが邪魔して、お世辞にも逞しさを感じるとは言えない。

でも、それもベルトルッチが描きたかったことなのだろう。後々、物議を醸すような作品も撮りましたが、
彼は結局、映画の中で性愛ということを一つのテーマとして描き続けている。これも不変的なものですね。
そういった不変性というものを観客が感じてしまうと、「なんか、ベルトルッチの映画はどれも同じだな・・・」と
言われかねないわけですが、そこは上手い具合に回避する。これもまた、ベルトルッチの監督作品の不思議なところ。

そして、この映画は音が良い。特に足音を上手く利用している。
かつて、ジョン・ブアマンが67年に『殺しの分け前/ポイント・ブランク』でリー・マービンを延々と歩かせ、
彼の足音を利用する演出をしていましたけど、本作も革靴がコンクリートの上を急ぎ足で歩く音を長々と聞かせ、
どこか無機質で暴力的にすら感じられる。この一方的な映像表現は主人公の不器用な性格とシンクロする面がある。

でも、クドいようだけど、本作はこの熱さとは無縁な冷淡さが特徴であり、映画の世界観を高揚させている。

主人公が所属する秘密警察に関わる描写は、まったく普通ではなく、なんとも奇妙である。
不必要なくらいにデカく、余白空間が多くあるようなオフィスとは思えぬ雰囲気で、挙句の果てには主人公が
本能的(?)に見てしまう、男女が意味不明に絡み合う姿をカット割りのように速く見せたりと、あらゆる工夫をしている。

前作の『暗殺のオペラ』はかなり前衛的な作品ではありましたが、ベルトルッチは本作では比較的、
オーソドックスなスタイルにして、少年時代の出来事で人生が狂ってしまった男の悲劇にフォーカスしています。

しかし、思わず驚かされるのは、やっぱりこの映画のクライマックスに描かれる展開で、
静かに描かれるエピソードなのですが、街で少年を誘惑する爺さんを映すシーンは、あまりに鮮烈である。
このシーンがあるおかげで、本作が実のところ描いていたことは何だったのだろうか?と疑問に苛まれてしまう。
これがベルトルッチの意地悪さだろう(笑)。本作はこのラストを迎えたおかげで、傑作に昇華したと思っています。

そして、それまでを全否定するかのように自暴自棄のように主人公は盲目の友人イタロを突き放します。
まるで「ファシズムとはこんなもの」と言わんばかりに、信念なくファシズムに傾倒していたせいか、妙に軽薄に見える。
しかし、ベルトルッチはこの主人公をもドンドンとカメラを引かせて、強烈に突き放すかのように距離をとっていく。

こういう描き方を観ると、やっぱりベルトルッチにとって反ファシズムを貫くことは、大きなテーマだったのだろうと思う。

かつてルキノ・ヴィスコンティが描いた退廃は、少々、栄華を極めた人々や生活を賛美しているところがありました。
ただ、本作で描くベルトルッチの退廃は、作り上げてきた虚構が崩れていく空虚さの象徴でしかないと感じます。
この映画も難解なラストのおかげで多様な解釈ができるが、ファシズムによって人生を大きく狂わされてしまった、
人間を描いた作品ということに変わりはありません。それを自覚したラストだからこそ、自暴自棄な心境になってしまう。

人間同士がいがみ合い、苦しみ死ぬ者が続出し、人間が人間を嫌悪し殺害する。
いろいろな主義主張はあるのだろうが、異論は認めず、意見が違う者は反乱分子として駆逐されてしまう恐ろしさ。
そういったことを公然と可能にする権力が集まることで、独裁政権は作られ、富も限られた人々に集中するようになる。

イタリアはかの有名なムッソリーニ政権がナチス・ドイツの“衛星国”として、独裁国家を作り上げましたが、
第二次世界大戦の戦況も影響したのか、政権内でクーデターが起きたりしてゴタゴタを繰り返した結果、
ある意味では民主的に選挙で選ばれたはずのムッソリーニは、そのローマの民衆によって公開処刑されている。

おそらくですが、ベルトルッチの中ではずっとこの歴史的経過の中でファシズムへの拒否感を抱えていたのだろう。

但し、本作は単純な政治的メッセージを込めた映画というわけではないあたりがミソ。
イデオロギーだけで突っ走った映画であれば、正直言って、ここまでの支持は得られなかったように思う。
やっぱり本作は、映画の本質を的確に突いていて、例えば本作のハイライトと言ってもいいタンゴのシーンにしても、
大学教授の暗殺を実行するシーンにしても、色使い、ライティング、その全てが美しく、その美的感覚に圧倒される。

これこそ、映画なのです。こういう映画らしさがないのであれば、本を読んだ方が面白いはず。
やっぱりベルトルッチは映画にすることの意義をよく考えて、撮ることに長けていたのだと実感させらるのです。

(上映時間113分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 ベルナルド・ベルトルッチ
製作 ジョヴァンニ・ベルトルッチ
原作 アルベルト・モラヴィア
脚本 ベルナルド・ベルトルッチ
撮影 ヴィットリオ・ストラーロ
音楽 ジョルジュ・ドルリュー
出演 ジャン=ルイ・トランティニアン
   ドニミク・サンダ
   ステファニア・サンドレッリ
   ピエール・クレマンティ
   イヴォンヌ・サンソン
   エンツォ・タラシオ
   ジュゼッペ・アドバッティ

1971年度アカデミー脚色賞(ベルナルド・ベルトルッチ) ノミネート
1971年度全米映画批評家協会賞監督賞(ベルナルド・ベルトルッチ) 受賞
1971年度全米映画批評家協会賞撮影賞(ヴィットリオ・ストラーロ) 受賞