砂と霧の家(2003年アメリカ)

House Of Sand And Fog

これは微妙に従来の映画とは異なるフィーリングのある作品ではありますが、
名優ベン・キングズレーの神がかり的な名演によって、一気に格が上がりましたね。
特に映画のクライマックス、20分間ですね。この映画のベン・キングズレーはホントに凄いです。

故国イランを追われたベラーニ大佐はイランでの優雅な生活を忘れられず、
亡命してきたアメリカでの貧困に悩む生活から、いち早く脱却することを願っていました。
愛娘の結婚式に多額の出費を伴い、息子もこれから大学への学費が必要になります。
そこでベラーニが目を付けたのは、海を眺める差し押さえになった中古物件。
少々のリフォームを加えれば、すぐに転売して儲けられると目論んだベラーニはすぐに購入します。

ところが、この家を亡き父の財産として所有し、
郡の手続き上のミスで家を差し押さえられた家主のキャシーは弁護士に相談します。

郡に購入金額で返却し、元の家主に返すよう弁護士から説得されるベラーニですが、
ようやっと手にした成功への足がかりと信じるベラーニは、要求に応じようとせず、話しはこじれるのです・・・。

とにかく、この映画は前述したように主演のベン・キングズレーが凄過ぎます。
映画を最後まで観れば分かりますが、映画のクライマックスはあまりに悲劇的な結末が待ち構えています。
別に僕はその悲劇的な結末に魅力を感じているわけではないのですが、この物語を超越して、
ベン・キングズレーの壮絶なまでの高みを感じさせる、大熱演が圧倒的なほどに強烈なのです。

まぁそれと、この映画で印象的なのは“人種のるつぼ”と言われ、
多くの移民を受け入れてきたアメリカですが、そんなアメリカの中で生き抜いていくことの難しさですね。

ホントはベラーニが就職先を探したり、日常生活の中で不当な扱いを受ける部分がもっと強調されると、
より感情的な部分で抑圧された感覚があって、映画の訴求力が増すような気がするんですけれども、
おそらくベラーニは故国イランでの贅沢な生活とは対照的に、貧乏な生活を強いられ、
何もかもが上手くいかず、生活が向上するキッカケを見い出せない日々に苛立っていたはずなんですよね。

多少、ズルいとは言え、合法的に中古物件を転売しようと目論んでいた最中でも、
警察官を名乗る男に家に乗り込まれ、不法捜査を受けた挙句、差別的発言を受ける。

言ってみれば、「9・11」の余波を受け、更に混沌としてきたアメリカの中で、
特に中東出身の人々にとっては、より生き抜いていくのが難しい時代になったことを象徴していますね。
そして一度、苦しい生活に入ってしまうと、そこから脱却するのが如何に難しいかということです。

道義的にズルい生き方だったとしても、
ようやっと生活が上向く可能性が見えてきたにも関わらず、映画の最後で大きな落とし穴が待っています。

本作の特に他作品よりも秀でた上手さがある部分としては、
映画はラスト30分で急加速して劇的な展開を演出するのですが、この見せ方が実に上手い。
それもアメリカ、または移民のどちらかに肩入れすることなく、ある意味で中立的に描けています。
中立的に描けたがゆえ、映画の悲劇的な展開の訴求力は半端じゃないですね。

もう一人、本作の重要人物として登場するジェニファー・コネリー演じるキャシーですが、
彼女にしても少額とは税金未払いから唯一の財産である家を失ってしまい、失って初めて事の重大さに気づく。
すっかり荒れ果てた生活から、かつてはアルコール依存症に陥り、自分の家族には夫が家を出たという
真実すら打ち明けられず、定職にも就けない無気力な毎日で、理想的な社会生活とは言い難い。

それぞれに言い分はあるだろうが、ベラーニにしてもキャシーにしても落ち度はある人間だ。

しかし、それでも完璧な人間などおらず、それぞれに痛みや弱さを抱えている。
それでも生きることには必死な人々だ。そんな必死が逆にそれぞれの争いを激化させるのです。
こういった争いが、まるで塊となって観客に襲い掛かるように、終盤で一気に悲劇へと転化します。
この辺の構成、そして映画の流れそのものが、実に緩急が利いていて上手いですね。

あくまで人間を描くという観点からは、僕は本作、ひじょうに良く出来ていると思います。
下手をすると安っぽくなりがちな終盤の展開にしても、結果的に訴求力のある展開にできたことには、
やはりキチッとした映画の流れが完成していたことと、人物描写に優れていたことが大きいでしょう。

ひじょうにヘヴィな内容の映画ですので、ハッピーな気分になるために観る映画ではありません。
あまりに絶望的な展開に気が滅入ってしまうと言っても過言ではないぐらいです。

しかしながら、僕はそいったレヴェルを超越して本作の優れた部分を感じて欲しい。
的を得た人物描写が如何に大切なもので、トータル面で映画全体の構成を捉えた上で
映画を撮るということで、どれほど映画を質の高いものに仕上げることができるか、そのお手本のような作品です。

勿論、若干、足りない部分もあるとは思うが、
これは近年、稀に見るクオリティの映画と言ってもいいヒューマン・ドラマだと思う。

この映画、とっても僕にとっては印象深いメッセージがあるような気がします。
それは本作の登場人物、全員が完璧な人間ではないが、決して誰一人、悪意があるというわけではない。
勿論、差別的な発言があったりして、浅ましさはあるが、行動動機の根底に悪意があるとは言い切れない。
しかし、それでも誰かが不幸になる。決して誰かが望んでいたわけではないのにだ。
皆、何とかして自らの希望や誇りを取り戻すために必死に行動していただけなのに・・・。

人間とは、正しく感情の生き物で、生きているだけ大きな影響力の持つ生物なのだ。

(上映時間126分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ヴァディム・パールマン
製作 マイケル・ロンドン
    ヴァディム・パールマン
原作 アンドレ・デビュース三世
脚本 ヴァディム・パールマン
    ショーン・ローレンス・オットー
撮影 ロジャー・ディーキンス
編集 リサ・ゼノ・チャージン
音楽 ジェームズ・ホーナー
出演 ベン・キングズレー
    ジェニファー・コネリー
    ロン・エルダード
    ショーレ・アグダシュルー
    フランシス・フィッシャー
    キム・ディケンズ

2003年度アカデミー主演男優賞(ベン・キングズレー) ノミネート
2003年度アカデミー助演女優賞(ショーレ・アグダシュルー) ノミネート
2003年度アカデミー作曲賞(ジェームズ・ホーナー) ノミネート
2003年度ニューヨーク映画批評家協会賞助演女優賞(ショーレ・アグダシュルー) 受賞
2003年度ロサンゼルス映画批評家協会賞助演女優賞(ショーレ・アグダシュルー) 受賞
2003年度カンザス・シティ映画批評家協会賞主演女優賞(ジェニファー・コネリー) 受賞
2003年度フェニックス映画批評家協会賞主演男優賞(ベン・キングズレー) 受賞
2003年度インディペンデント・スピリット賞助演女優賞(ショーレ・アグダシュルー) 受賞