ヒッチコック(2012年アメリカ)

Hitchcock

サスペンス映画界の巨匠として知られるアルフレッド・ヒッチコックが
全盛期を迎えていた50年代を終え、マンネリを嫌ったヒッチがハイリスクとも言える、
B級ホラー小説を映画化するにあたって彼が経験した苦悩を基に、名作『サイコ』を撮影する様子を描いた伝記映画。

どこまで真実に近づいているのか、僕は正直言って、判断のしようがない映画ですが、
あくまでヒッチの伝記として観るならば、十分に面白い映画と言っていいとは思います。
但し、僕は「それじゃ、ダメだろう」と実は思っていて、ヒッチのことをよく知らない人にも楽しめる内容にして欲しかった。

そういう意味では、おそらく原作に忠実に映画を撮ったのだろうなぁというのは分かるけど、
あまり映画監督、そして家庭人としてのアルフレッド・ヒッチコックに肉薄できた作品という感じではない。

60年に発表された『サイコ』は本編を観て分かる通り、決して予算が莫大にあった作品ではない。
既にカラー撮影が主流であった時代だし、本編にはセット撮影も目立つし、どこかチープである。
本作でも描かれていますが、撮影当時、映画会社も積極的な支援はしないとのことでしたので、
ヒッチがタブーに挑戦したいとする意向があったにも関わらず、大掛かりな仕掛けを用意することはできず、
私財を投じて撮影を敢行したことから、『サイコ』が商業的に失敗すると破産してしまう可能性すらありました。

そんな中で当時のヒッチの頼っていたところは、妻のアルマであったようです。
本作でそのアルマを演じたのは、名女優ヘレン・ミレンで彼女は上手く描かれています。

劇場公開当時、大きく話題となったヒッチコックを特殊メイクを駆使して演じたアンソニー・ホプキンスですが、
彼は元々、役柄によって体型まで変えて演じる、いわゆる“デ・ニーロ・アプローチ”に否定的な役者ですので、
やはりヒッチの体型に似せるために特殊メイクを施しましたが、顔はあくまで彼のままというのが印象的。

確かにアンソニー・ホプキンスのままで十分にヒッチを演じることはできております。
驚くほど似ているというよりも、良い意味で新しいヒッチのシルエットを作っている点で秀でているとは感じます。

そもそも『北北西に進路を取れ』が世界的な大ヒットとなり、
ハリウッドでも頂点に近い映像作家であった存在であったヒッチが『サイコ』のような低予算映画を
撮るということ自体、異例中の異例であり、当時のハリウッドのプロダクションにも理解されなかったようです。

しかし、ヒッチが『サイコ』に執着したことは、それまでの映画界の常識を打ち破ることだったのでしょう。
ですから、彼が直感的に面白いと思ったことは、ほぼ全て映画の中で採用していることが描かれています。

そもそも、超有名なシャワーシーンに挑むこと自体、
特に主演女優であったジャネット・リーにとっては大きな挑戦であり、当時、彼女が気にしていたことは
彼女自身のセリフにもよく表れていて「私は女優であり、母親でもあるの」ということに他なりませんでした。

しかし、ヒッチはそんな彼女の心配に応えるように、
当時の映画界で許される最大限の描写を行うと共に、モンタージュを上手く使うことで、
映画史に残る凄惨な出来事がスクリーンの中で起こったショックを、ものの見事に描くことに成功している。
それだけでなく、ヒッチはアルマに「主演女優が映画の中盤で殺されてしまうなんてワクワクするだろ?」という
雑談をしていることからよく分かるように、『サイコ』の製作を通しての大きな目的は、タブーへの挑戦だったのでしょう。
(そんなヒッチにアルマが真面目な顔して「全然面白くないわ。開始30分で殺すのよ」と言い放つのも痛快!)

ヒッチは映画で主演女優ジャネット・リーを精神的に追い込んでいくことで、
当然、『サイコ』を成功させるために尽力しているのですが、映画のモデルとなったエド・ゲインという
アメリカの田舎町のオヤジが起こした殺人事件の幻影と葛藤するだけでなく、アルマへの不倫疑惑も加わり、
ヒッチの中では大きな精神的ストレスとなって、ある種の強迫観念のように肥大化してしまいます。

しかし、それでも最終的に『サイコ』という映画自体はアルマに助けられたというのも面白い。

当然、ヒッチが重度の風邪をひいたりして撮影が大きく遅れた窮地を
アルマがピンチヒッターをかって出て、映画会社パラマウントの圧力にも屈しなかったというのもあるが、
劇中の演出の一部や、特に編集や音楽に至る細部で、アルマの意見が採り入れられているのも印象的だ。
そう考えると、アルマがいなければ、ひょっとすると『サイコ』は完成していなかったかもしれません。

個人的には本作自体がヒッチコックのことをよく理解していないと楽しめないことは気になるけど、
ナンダカンダ言って、映画のラストにあるヒッチの次の映画への抱負にはニヤリとさせられてしまった。
そういう意味で僕は僕で、この映画の監督であるサーシャ・カヴァシの策略にハマってしまったのかもしれない。

劇場公開当時、日本でも期待されていた(?)、かの有名なシャワーシーンを
人気女優スカーレット・ヨハンソンが演じるということでしたが、まぁ彼女は無難な芝居に終始している。
本作の作り手も、おそらくシャワーシーンに注目がいくことではなく、ヒッチにフォーカスすべきと考えたのでしょう。

確かにヒッチは本作の後、本作以上のヒット作を世に送り出すことはできませんでしたが、
常に現状を打破しようとチャレンジしようとし続けた意欲は凄く、それは次作『鳥』にもよく表れていたと思います。

この時期のヒッチコックはTVで『ヒッチコック劇場』の総監修を務めるなど、
野心的な取り組みが多く見られ、ハリウッドでも確固たる地位を築いていたのですが、
さすがに『サイコ』の企画にはプロダクションも難色を示し、資金集めに苦労したものの、
映画を完成させ、見事に『サイコ』をヒットさせたという事実が凄く、故に『鳥』のようなセンセーショナルな企画も通り、
映画化にこぎつけ世に送り出すことができたのでしょう。これも一つの“ニューシネマ”なのかもしれませんね。

そういう意味で、『サイコ』を映画館へ見に行った際のエピソードで、
ヒッチコックがまるで指揮者のように観客のリアクションを“操る”姿が印象的で、しっかりと意図を持って、
映画を撮るということの尊さ、大切さを象徴する素晴らしくも、的確なシーン演出であったと思いますね。

ヒッチをただ漫然と描いた映画ということではなく、『サイコ』の製作にフォーカスしたのは正解だったかもしれません。
おそらく、かつてハリウッドでも幾度となくヒッチの生涯を映画化しようとする流れはあったと思うのですが、
結局どれも具現化させることができずに終わっていて、それは“絞り込み”ができていないことの裏返しだと思います。

ヒッチが好きな人には、そこそこオススメできるが、
返す返すも事前勉強が必要な映画になってしまっていることが、個人的には残念でならない一作。

(上映時間98分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 サーシャ・カヴァシ
製作 アイバン・ライトマン
   トム・ポロック
   ジョー・メジャック
   トム・セイヤー
   アラン・バーネット
原作 スティーブン・レベロ
脚本 ジョン・J・マクロクリン
撮影 ジェフ・クローネンウェス
編集 パメラ・マーティン
音楽 ダニー・エルフマン
出演 アンソニー・ホプキンス
   ヘレン・ミレン
   スカーレット・ヨハンソン
   トニ・コレット
   ダニー・ヒューストン
   ジェシカ・ビール
   マイケル・スタールバーグ
   ジェームズ・ダーシー
   マイケル・ウィンコット
   ラルフ・マッチオ

2012年度アカデミーメイクアップ&ヘアスタイリング賞 ノミネート