ヒア アフター(2010年アメリカ)

Hereafter

まぁ、イーストウッドが80歳を目前にして撮った映画としては、
あまりに重過ぎるというか、常人では考えつかぬほど深遠なテーマを持ったヒューマン・ドラマ。

タイトルになっている“ヒア アフター”とは、「死後の世界」と意味する言葉らしく、
映画は主として3つのエピソードがメインとなっている映画であり、マット・デイモン演じる主人公は
幼い頃から直近で近親者を亡くした人と手をつなぐと、死者のメッセージが聞こえるという、
特殊な能力を持ってしまった男の、苦悩に満ちた人生を歩んでいる男で、これがあくまでメインとなる。

2つ目は、フランスの人気女性ジャーナリストが滞在中のリゾート地で、
巨大な津波に襲われて臨死体験をしたことがキッカケで、妙に死後の世界に取りつかれてしまい、
周囲から奇異な視線で見られることを本という形で執筆することになる姿を描くエピソード。

そして3つ目は、ロンドンに暮らす薬物中毒の母親を持つ、一卵性双生児の兄が
不慮の交通事故で他界したことをキッカケに、強いショックを受けた弟が里子に出され、
兄との“交信”を求めて、様々なウェブサイトを調べて、兄の姿を追い求める姿を描くエピソード。

正直言って、僕には本作を通して、イーストウッドが何を訴求したかったのかはよく分からない。
70歳を過ぎて尚、どちらかと言えば、ヘヴィなメッセージ性を訴求する、タフな映画ばかりを撮るようになり、
本作の前には、09年に『インビクタス/負けざる者たち』でアパルトヘイト下の南アフリカのラグビー・チームを描き、
実に高い評価を受けただけに、本作で突如として、死後の世界を扱うという選択には、驚かれました。

本作は東日本大震災の前から日本でも劇場公開されていましたが、震災発生の3日後、
あまりに過酷な被災状況を考慮して上映中止となりました。DVDのパッケージにも記載されている通り、
映画の冒頭でかなり大規模で、ショッキングな臨場感溢れる、リゾート地を巨大津波が襲うシーンがあって、
東日本大震災での東北地方を襲った巨大津波に、大きなショックを受けた方が多いので、
最初の10分強だけとは言え、今後も日本ではあまり受け入れられない部分はあるかもしれませんね。

勿論、津波が襲ってくるシーンはCGで表現されているので、
「あくまでCGの映像である」と割り切って観ることは可能だとは思う。

ただ、やはり僕も東日本大震災で津波に襲われるショッキングな映像を
2011年当時、リアルタイムで見たせいか、大洪水が逃げ惑う人々を無情にも飲み込んでいく映像は
東日本大震災を思い出させるフラッシュ・バックを誘引することは間違いなく、ショック以外の何物でもないだろう。

それぐらい、本作の画面作りは臨場感があって、精巧に作られていると言っていい。
これはアンブリンという、スピルバーグのプロダクションが関わっていることも要因の一つだろう。
おそらく、一連の演出はスマトラ島大地震によって発生した大津波の被害がモデルとなっているのだろう。
こういった自然災害の演出に関しては、やはりスピルバーグのプロダクションには再現力がある。

映画の出来としてはイーストウッドの監督作品として考えれば、なんとも微妙なところだ。
正直、これは解釈に迷う内容だ。イーストウッドが本音のところで、本作で何を描きたかったのかがよく分からない。

決して悪い出来の映画だとは思わないのですが、物静かにストーリーを語ったおかげもあって、
どこか映画の最後の最後まで訴求しないというか、主張を表に敢えて出さない感じがして、どこか物足りない。
特に映画のクライマックスなんかは、もっとやりようがあったと思うし、どこか中途半端な印象が残ります。
おそらく、それが本作の評判の悪さにつながっているのでしょう。この気持ちは、なんとなく分かる気がします。

ただ、言い換えると、そこまで悪い映画でもないように思う。
特に死後の世界について言及する内容なだけに難しさもあったと思うのですが、
そういった特殊能力を持ってしまったがゆえの苦悩をテーマにするというのは、新しい挑戦だったと思います。

劇中、もう一つ衝撃的なシーンがある。それはロンドンのチャーリングクロス駅を出発した地下鉄が
出発直後に爆破テロに遭うというシーンで、これも現実にあった事件なだけに、あまりに生々しい。

イーストウッドは敢えて、こういった現実に起こったこととリンクさせながら描いたのでしょうが、
これが賛否両論となるのは仕方がないことだと思う。しかし、敢えてこういった現実に起こった事件を
想起させるように描くことによって、絵空事だと否定的に捉えられがちな超能力を有してしまったことによって、
苦汁を舐めさせられている人々の存在を、より現実的に観客に捉えさせるという点に於いては評価されるべきだ。

そして、相変わらずのイーストウッドの女好きな側面が表れているのも嬉しい(笑)。

映画の中盤で、主人公が通う料理教室で知り合うサンフランシスコに引っ越してきたばかりの女性という設定で、
ロン・ハワードの実の娘であるブライス・ダラス・ハワード演じるメラニーを登場させているのですが、
彼女の描き方がまた、どこか男性的な下心が出ている(笑)。80歳になっても、やはりイーストウッドだった(笑)。

何故か目隠しされて、コンビを組んだ相方から、スプーンで食材を口に入れられて、
それを思った言葉で表現するという、料理教室からは想像もつかないレッスンがあるのですが、
ここでの彼女の描かれ方が、実にネットリとした濃密な時間が経過するように描かれ、男の下心が見え見え(笑)。

もう一つ言えば、それはクライマックスでの主人公の“妄想”にしても同様だ。
この“妄想”は敢えて映像として挿入した意味が、僕には分かるようで、その意図が理解できなかった。

こういう言い方は好きではありませんが、
イーストウッドが映画監督として考えていることは、一般人よりもかなり先を行っているのかもしれません。
いずれにしても、本作のイーストウッドは他の監督作品と違います。これをどう評価するかは、意見が分かれるかな。

しかし、どうあっても21世紀に入ってからのイーストウッドは酷い出来の映画にはしませんね。
これは実に立派なことです。経験値は積み上がっているとは思いますが、それでも尚、失敗を恐れず、
本作のような今まであまり手を付けてこなかったジャンルの映画をも、積極果敢にチャレンジする気概は凄いです。

残念なのは、映画の序盤のインパクトと比べると、徐々に失速してしまい、
映画の中盤で中ダルみしてしまっていることなのですが、それでも本作でも及第点レヴェルは軽〜く到達している。
本作を観る限り、80歳代に突入してからのイーストウッドもまだまだ大丈夫そうだと安心させられます。

(上映時間129分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 クリント・イーストウッド
製作 クリント・イーストウッド
    キャスリン・ケネディ
    ロバート・ロレンツ
脚本 ピーター・モーガン
撮影 トム・スターン
編集 ジョエル・コックス
    ゲイリー・ローチ
音楽 クリント・イーストウッド
出演 マット・デイモン
    セシル・ドゥ・フランス
    フランキー・マクラレン
    ジョージ・マクラレン
    ジェイ・モーア
    ブライス・ダラス・ハワード
    マルト・ケラー
    ティエリー・ヌーヴィック
    デレク・ジャコビ
    ミレーヌ・ジャンパノイ

2010年度アカデミー視覚効果賞 ノミネート