ハリーとトント(1974年アメリカ)
Harry And Tonto
これはこれでアメリカン・ニューシネマ期ならでは、と言える作品だったと思います。
確かに若者を描いた作品ではないので、ニューシネマに対極する作品かもしれませんが、視点は新しい作品だ。
かなり早い段階で高齢化社会を見据えていたのではないかと邪推してしまうのですが、
そうでなくっとも、当時の若者にスポットライトを当てた映画に食傷気味だった時代の中で、老人から見たアメリカを
実にコンパクトに描いた作品に仕上がっていて、ポール・マザースキーらしいユーモアとペーソスに溢れる内容だ。
ひょっとすると、本作がポール・マザースキーの最高傑作かもとすら思える出来だと思うのですが、
撮影当時56歳という年齢だったアート・カーニーが老け役に挑戦していて、70代の老人を演じたのが最高に上手い。
(実際にアート・カーニーは本作で初めてアカデミー主演男優賞にノミネートされ、受賞もしました)
本作はニューヨークのマンハッタンにあるアパートに妻に先立たれて、独居老人として暮らしていたものの
立ち退きを要求されて、長年飼い続けてきた猫のトントと一緒に息子の家に二世帯で暮らすことを提案されて、
一旦は息子の家に引っ越すものの、二世帯で暮らすことが重荷であることを隠さない義理の娘と難しい孫との暮らしに
限界を感じた主人公のハリーは、自身の子どもたちを訪ねて西へ向けて旅に出ることになる姿を描いています。
映画はロード・ムービーではあるのですが、悪い意味でノンビリした映画というわけでもなく、
次々と起伏あるエピソードを挿し込んできて、映画全体を見据えた上手い構成になっていて中ダルみしません。
何故か夕食時に何故か苛立ってドラッグ自慢を始める孫(兄)に、無言を貫く孫(弟)。
明確なジェネレーション・ギャップを感じ、もう孫を可愛がるという感じではなくなり、息子の家には居場所がないハリー。
そんなハリーにとって癒しになるのは、長年の相棒である猫のトント。常に行動を共にして、寝る時も一緒に眠っている。
だからこそ旅に出る時も一緒なのですが、息子が気を使ってシカゴまで飛行機移動するようにチケットを取っても、
手荷物検査で猫のカゴを検査員に渡すことにハリーが警戒して搭乗を断念し、バス移動に転じても猫のトイレを求めて、
運転士に強引にバスを停車させるも、トイレに行かせるつもりでカゴを開けて飛び出したトントは、遠くへ走っていく。
やはりバス移動も諦めたハリーは、今度は車を買ってシカゴを目指すことにします。
途中で謎のカップルがヒッチハイクしてきて乗せてあげたハリーでしたが、男はいなくなり、女の子とのふたり旅。
そんな様子でやってきたら、待っていたシカゴの娘からしたら、そりゃ「大丈夫か!?」と心配になりますよねぇ(笑)。
シカゴに行く前に、ハリーは人生の思い残しの一つとして、かつての恋人の女性に会いに行きますが、
その女性は老人ホームに入所していて、痴呆症であらゆることを忘れてしまっていて、ハリーのことも覚えていない。
しかし、そんな現実を受け止めながらも、ハリーとこの女性がダンスを踊るシーンがあって、これは素晴らしいシーンだ。
こういうシーンを観てしまうと、やはり人生の最期を悟ることの切なさを感じずにはいられません。
しかし、そんなハリーのダンスをジェネレーション・ギャップを感じていたであろう、若者も思わず暖かな視線を送る。
そんな思わずホッコリさせられるシーンではあるのですが、これはポール・マザースキーの視点と同期していると思う。
ハリーにも頑固なところがあるにはあるのですが、決して周囲を拒絶するタイプの頑固老人というわけではない。
だからこそ、抵抗感少なく観れるところは本作の特徴かな。確かに猫のカゴの件でワガママ言ったりするけど、
無言を貫く孫をなんとか理解しようと歩み寄ったり、ヒッチハイクする新世代である若者を車に乗せてあげたりと、
決して性格的に曲がった卑屈な老人というわけではない。それどころか、性格的には決して悪い人間ではないと思う。
それでもいきずりの売春婦の車に乗せてもらって良い想いをしたり、酔っ払っちゃって立ちションして、
警察のお世話になったり年老いても尚、やらかしてしまうハリーの困ったところ。それも含めて、温かく見守る作品だ。
ニューシネマの一環と言っておきながらもアレですが...そういった作品群と違うところは、
老い先長くはなことは明白なハリーですが、それでも明日への希望を感じさせる終わり方をさせている点も特徴だ。
これはポール・マザースキーなりの問題提起でもあるような気がするのですが、人生の終わりを悟るということは
どうしても暗くて湿っぽい雰囲気の映画になりがちなところを、敢えて前向きでポジティヴな終わり方を見せている。
これは作り手からの強烈なメッセージでもあり、こうでなければ・・・というポール・マザースキーのメッセージである。
やはりベトナム戦争が泥沼化して、当時のアメリカ社会も劇的に変化しつつも暗い陰を落としていた中で
明るいメッセージを持った映画が、ニューシネマと対極する存在として必要とされていたのかもしれませんね。
それにはポール・マザースキーのポジティヴなスタイルで映画を撮るのは、丁度良いバランスだったのかもしれません。
しかし、そのような映画であってもトントとの別れが描かれていたり、若干、悲しいエピソードもあります。
シリアスになり過ぎないように配慮されていたとは思いますが、ハリーもまるで達観したようにトントに別れを告げます。
今の時代、伴侶動物(ペット)は家族以上の存在になっていて別れは悲しいものですが、ハリーは淡々としている。
僕にはそんなトントを見つめるハリーの目線には、まるで自分の最期を重ねて見ているようにも感じられましたね。
とは言え、ハリーにとっては老境に差し掛かって妻に先立たれて一人になっていただけに、
「一人の方がラクだ」という想いも無くはないのだろうけど、相応の寂しさがあるということも否定はできないだろう。
そのような中で、アパートを追い出されて、普段は行かない土地を目指して旅に出ようと行動する勇気はスゴいと思う。
今は先進国の多くが高齢化社会に陥っていて、現実に多死社会を向かえていますから、
本作で取り上げられたテーマ、内容というのは正しくピンポイントであって、先進的な映画であったと思いますね。
年老いても、前向きに生きることの尊さをしっかりと描きながらも、老人と若者の接点を描くというのも斬新だ。
そしてハリーが旅する先にはシカゴにいる娘、ラスベガスにいる次男が登場してきて、それぞれ出番は僅かでした。
印象的なのはハリーの子どもたちもそれぞれに私生活に問題を抱えているという、シリアスさも描いていることだ。
特に次男については、見せかけ上は悠々自適な生活を送っていて、久しぶりに会った父親に「ここに住んだら?」と
言ったりして経済的に裕福に見えていたものの、実は困窮していて大変な状況だったというのが、印象に残ったなぁ。
とは言え、ハリーも年老いていて決して金持ちというわけではないので、
多少の経済支援はできたとしても、次男が抱えているような経済事情を解消するような支援はできないだろう。
いい年こいた子どもの経済問題とは言え、親からしたら幾つになっても子どもは子どもという意識は消えないだろう。
そういう意味では、ハリーの立場からすれば人生の最期にそういった心配を残したくはないというのが本音でしょうね。
かつて、リチャード・ドレイファスが「ポール・マザースキーは自分の考えたギャグで、最も笑ってる男だ」と
コメントしていたのを見ましたが、基本はコメディをフィールドにしているのでしょうけど、本作では自分のベースを
生かしながらも、こういったシリアスなテーマは少しずつブレンドしていて、そのバランスが丁度良いなぁと感じた。
ややもすると、映画をブチ壊してしまいかねないアプローチではあるのですが、
ポール・マザースキーってこういうところが上手いディレクターで、ギリギリのところで絶妙なバランスを保っている。
そして、絶妙なまでに視点が作り手の主観ではなくって、客観性を持たせたような撮り方になっているのも印象的。
基本的にこの映画は主人公ハリーを演じたアート・カーニーの一人芝居がメインとなっています。
シカゴに暮らす娘役としてエレン・バースティン、痴呆症になった元恋人としてジェラルディン・フィッツジェラルド、
立ちションをした罪で一晩牢屋に入れられますが、その際に一緒になる長老風の男としてチーフ・ダン・ジョージと
ビッグネームが出演してはいますが、全員ほぼほぼチョイ役扱いとなっているので、出番は僅かなものです。
そう考えると、映画俳優としてはほぼ無名に近い状態だったアート・カーニーが主演の一人芝居って、
本作自体はかなり冒険したスゴい企画だったんですね。そんな企画を監督したポール・マザースキーも凄いですね。
自身で書いたシナリオの映画化でプロデューサーも兼任とは言え、この企画自体は結構な冒険だったと思います。
正直、ポール・マザースキーはそこまで監督作品が多いわけではなく、日本での知名度も高くはない。
個人的には出来・不出来の差は大きいタイプのディレクターだとは思うけど、唯一無二の作品を撮る人だなぁと思う。
84年の『ハドソン河のモスコー』なんかも不思議な魅力に満ち溢れていて、実に優れた作品でしたからね。
猫の扱いという点では、不評な作品のようではありますが...僕は映画としては、とても力のある傑作だと思います。
(上映時間116分)
私の採点★★★★★★★★★★〜10点
監督 ポール・マザースキー
製作 ポール・マザースキー
脚本 ポール・マザースキー
ジョシュ・グリーンフェルド
撮影 マイケル・C・バトラー
音楽 ビル・コンティ
出演 アート・カーニー
エレン・バースティン
チーフ・ダン・ジョージ
ラリー・ハグマン
ジェラルディン・フィッツジェラルド
メラニー・メイロン
ハーバート・バーコフ
1974年度アカデミー主演男優賞(アート・カーニー) 受賞
1974年度アカデミーオリジナル脚本賞(ポール・マザースキー、ジョシュ・グリーンフェルド) ノミネート
1974年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ミュージカル・コメディ部門>(アート・カーニー) 受賞