ハリーとトント(1974年アメリカ)

Harry And Tonto

ヒネクレ老人がニューヨークを飛び出してアメリカ全土に及ぶ旅に出る姿を描いたロード・ムービー。
ポール・マザースキーらしいユーモアと、適度なセンチメンタリズムが充満した傑作と言えよう。

結論から言うと、この映画はひじょうに良く出来ていると思うし、個人的にも大好きな一本だ。

かつてリチャード・ドレイファスが
「ポール・マザースキーは自分のギャグで一番笑っていられる、最高の男だ」とコメントしてましたが、
彼らしいユーモアを交えながらも、コメディ的なニュアンスは極力抑えて、見事な作品に仕上げましたね。
これは彼の長いキャリアの中でも、ほぼ間違いなく有数の出来の名画と言っていいでしょう。

僕はかなり昔に84年の彼の監督作『ハドソン河のモスコー』も観たことがありますが、
僕はかなり悩みますけど、本作の方が優れた作品だと思います。
それは主人公の人生をスクリーンに実に適確に反映させることができたか否か、この一点だけです。

ちなみに『ハドソン河のモスコー』、つまらない理由で日本劇場未公開作となってしまったのですが、
未だにビデオでしかリリースされておらず、ほとんど観ることができない貴重な作品です。
今、僕は何とかして観れないものかと探し続けている一本なのですが、未だに観れていません。

映画の前半で、主人公のハリーは区画整理という一方的な理由からアパートを追い出されてしまいます。
懇意を寄せてきた長男夫婦の家でお世話になりますが、長男の嫁と折り合いが合わず、
成長した孫たちはヒッピー・カルチャー真っ盛り。ドラッグを公然と使用し、彼らを理解するには難しい。
そこでハリーは決心します、「ニューヨークを出てみよう」と。そこで彼は猫のトントを連れ、
娘のいるシカゴへ向かって、第二、いや第三の人生へ向けて旅立とうとします・・・。

この映画で描かれる旅は決してイージーなものではない。
そう、先は長くないと予想されるハリーの人生。愛妻を失い、子供たちは自分の手から離れ、久しい。
彼が愛情を注ぎ込む対象は、既に猫のトントしかいないのです。彼はトントに一方的に話しかけます。
旅の道中でハリーは様々な人々と出会い、交流を重ねますが、本質的に彼の心を満たすものはありません。

しかしポール・マザースキーの上手かったところは、この映画の中で無理に結論を導き出そうとしないところ。
彼は敢えて、深刻になりがちな人間の晩年の旅行というテーマをユーモアを交え楽観的に描きます。

日本もこれから“超高齢化社会”に突入していくことが予想されますが、
少子化問題・雇用不安・経済不況・食糧問題など、ひじょうに深刻な社会問題と近接した状態にあります。
長寿社会が浸透していくと、あながちハリーのような悩みは他人事ではなくなってきているのではないでしょうか。
よくよく考えてみれば、愛情を注ぎ込む対象を喪失してしまうというのは、ひじょうに恐ろしいことです。

一旦、狂ってしまった歯車を元に戻すのは、かなり大変なことだと思うのですが、
主人公のハリーは愛妻を失い、子供たちを失い、次の人生を探しに行くことを決心します。
これはとても勇気のいることだと思うし、ハリーのそういった前向きな姿には素直に感動する。

主演のアート・カーニーは撮影当時、56歳という年齢だったので本作のハリーは老け役なのですが、
見事に老境の悩みを体現している。映画出演が彼は本作が三作目だったのですが、
見事に74年度のアカデミー主演男優賞を獲得しました。その価値ある、素晴らしい名演です。

優れたエピソードの数々があるから、確かにシナリオの時点で良く書けているとは思うが、
それ以上にこの映画の根底を支えているのは、ポール・マザースキーの視点そのものでしょう。
見事にカメラと彼の視点が同期しており、時に時代を投影するかのような鋭さを画面に持たせるのは、
ポール・マザースキーの鋭い考察力と洞察力、そして観察力があるからだろう。

ドラッグ問題やヒッピー・カルチャーをクロスオーヴァーさせるあたりは、
如何にもニューシネマ育ちのポール・マザースキーらしい尖ったスタンスですが、
この映画は決して老人の晩年を平然と描いた作品というわけではないと思います。
僕は本作をかなり進歩的な映画と解釈しておりますので、高齢化社会を迎えた昨今、
高齢者たちが目指すべき新たな方向性として、良いスタンダードとなる内容だと思いますね。

ハリーのように72歳になって、変化を受け入れ、停滞しつつあった人生を変えようと前へ進む姿には、
僕は強い感銘を受けましたね。自分が同じ立場だったらと考えると、ここまで進歩的に生きれませんもの。

確かに本作は若者を映した作品とは言えませんが、
これはこれで当時の映画界が描いてこなかった題材を敢えて扱った作品であり、言わばニューシネマだ。

最近、本作のような進歩的な映画が少なくなってきていますが、
世界経済が停滞し、社会に希望が持てなくなってきている昨今だからこそ、
本作のようなタイプの映画は必要不可欠だと思う。限りある人生だからこそ、希望は常に持ち続けたいものだ。

ポール・マザースキーは映画の中にそんな人生の希望を導き出している。
しかしこの希望は人生の結論ではない。人生の結論に向かうための動機こそが、希望だと僕は思うのです。

文句なしに、素晴らしい名画です。是非、多くの方々に感じていただきたい傑作だ。

(上映時間116分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 ポール・マザースキー
製作 ポール・マザースキー
脚本 ポール・マザースキー
    ジョシュ・グリーンフェルド
撮影 マイケル・C・バトラー
音楽 ビル・コンティ
出演 アート・カーニー
    エレン・バースティン
    チーフ・ダン・ジョージ
    ラリー・ハグマン
    ジェラルディン・フィッツジェラルド
    メラニー・メイロン
    ハーバート・バーコフ

1974年度アカデミー主演男優賞(アート・カーニー) 受賞
1974年度アカデミーオリジナル脚本賞(ポール・マザースキー、ジョシュ・グリーンフェルド) ノミネート
1974年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ミュージカル・コメディ部門>(アート・カーニー) 受賞