HANA−BI(1997年日本)

同僚の刑事が殉職した現場に居合わせ、
犯人を射殺したことがキッカケで刑事の職を辞していた男が、
末期ガンに苦しむ妻を抱え、ヤクザから借金を重ねるも、何とかして妻と旅行しようとする姿を描いたドラマ。

北野 武は本作で初めてヴェネツィア国際映画祭でグランプリを獲得し、
日本を代表する映画監督として一気に評価を高めた作品であり、おそらく最も注目された作品だろう。

結論から言いますと...
良い映画だとは思う。けど、これならば僕は『キッズ・リターン』の方がずっと良い出来だと思う。

それは何故かと言われると、答えに困るのですが...
映画が持つエネルギーという意味でも、『キッズ・リターン』に負けているように感じるし、
示唆的に物語を語るという意味では、『あの夏、いちばん静かな海。』の方がよっぽど優れている。

それは映画のクライマックスに他ならないのですが、
僕はまるで血液のように絵画に点在する赤い絵の具で、映画のクライマックスを示唆する言葉が
書かれていて、思わず「どうして、こんな無神経なシーン処理をしてしまったのだろうか?」と憤慨しました。

何故、この映画でいきなり北野 武の映画が国際的に評価されたのかと考えると、
やはり特有のバイオレンス描写と静かなドラマ描写が、初めて映画の中で共存したからではないだろうか。

例えば93年の『ソナチネ』みたいな一方的な映画ではウケにくいことは否定できないだろう。
前述した『あの夏、いちばん静かな海。』を観れば分かりますが、北野 武は元々ドラマ描写に長けていました。
この2つの良い部分を、映画の中で初めて融合できた作品が本作であったと解釈できるかと思います。

そんなトータル的な面が本作が国際的に評価されたのかもしれませんね。

唐突に訪れるバイオレンス描写は相変わらずショッキングで、
特に主人公の同僚の刑事が殉職するシーンなんかは、実に素晴らしいカットなのですが、
主人公の妻を演じた岸本 加世子がほとんど言葉を発しないのも、また映画に深みを与える要因になっている。

映画はもうラストシーン、オープニングから1時間40分近く経って、
ようやっと彼女は主人公と並んでスクリーンで台詞を発します。「ありがとう、ごめんね」と。
これは北野 武の美学なのかもしれませんが、これは如何なる台詞よりも効果的な台詞であり、
尚且つ、頑として登場人物に多くを語らせなかった、北野 武の一貫したスタイルが功を奏した結果だ。

まぁやっぱり、こういう一貫性がある映画ってのは強いんですよね。
ヴェネツィア国際映画祭の審査員たちも、こういった“静”の部分をよく評価したのかもしれません。

ただ、敢えて一つだけハッキリとさせておきたい。
『あの夏、いちばん静かな海。』、『ソナチネ』、『キッズ・リターン』がある以上、
僕の中では本作が北野 武監督作の最高傑作であるとは、口が裂けても言い難い。

やはり本作を観ていて、強く感じるのは...
「暴力」をキーワードとして映画を撮るにあたって、本作はひじょうに大きなムラを感じるということ。
迷いがあったのではないかとまでは言わないけど、映画にエネルギーを宿すという意味では
本作以前の作品と比べると、やや積極的なアプローチが無かったのではないかと思えてならないのです。
(少なくとも『キッズ・リターン』までは、映画に猛烈なエネルギーを吹き込むことができていたのだが・・・)

それと、個人的には借金取りのヤクザとの駆け引きが物足りなかったなぁ。
主人公の腕っぷしが強いのはよく分かったが、映画の最後の最後までしつこく迫るような、
主人公にとって大きなストレスとなる存在があった方が、映画のクライマックスは盛り上がったと思う。

特に白竜演じるヤクザの一人が、とっても良い面構えをしていただけに勿体ない(笑)。

劇中、幾度となく北野 武が描いた絵画が映されるのですが、
特に大杉 漣演じる下半身不随になった元刑事が絵画から想を得ていくシーンで、
長々と絵画がアップショットで連続的に映されるのですが、これはおそらく賛否両論だろう。
確かにこのシークエンスだけ、映画の流れを阻害するかのようなペースダウンを感じることは否定できない。

が、僕はこのシーン処理、ギリギリのところで退屈なシーンになる寸前で救ったと評したい。
映画を最後まで観通して感じたのですが、やっぱりこのシーン、最後で活きてくると思うんだなぁ。

あのイメージが無ければ、そもそも大杉 漣演じる元刑事の生きる糧(かて)が無くなってしまいますよね。
敢えて劇中、彼を登場させ、最後まで並行して彼が絵に没頭していく様子を映したのは、
あくまでビート たけし演じる主人公の行き詰った感覚を強調させたいがためだと僕は思うのです。
そのためには、大杉 漣演じる元刑事がまるで何かに突き動かされたように絵画に没頭することを
表現するt必要があるわけで、できる限り、エモーショナルに表現する必要があったと思います。

生きる糧(かて)を見つけた男と、何をやっても生きる糧(かて)が見つからない男。
解釈によっては、妻との生活を生きる糧(かて)にすることもできるのだけれども、
そんな生活はそう長くはないことを悟った瞬間、男は大きな決断を下すわけです。

そういう意味では、随分と破滅的な作品なのですが、
最後に僕がもう一つ不満に感じるのは、そんな破滅的な内容の割りに、映画に訴求力が無いところ。

(上映時間103分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 北野 武
製作 森 昌行
    鍋島 寿夫
    吉田 多喜男
脚本 北野 武
    佐藤 哲康
撮影 山本 英夫
美術 磯田 典宏
衣裳 斎藤 昌美
編集 北野 武
    太田 義則
音楽 久石 譲
出演 ビート たけし
    岸本 加世子
    大杉 漣
    寺島 進
    白竜
    薬師寺 保栄
    逸見 太郎
    矢島 健一
    大家 由祐子

1997年ヴェネツィア国際映画祭グランプリ 受賞