ハメット(1982年アメリカ)

Hammett

ヴィム・ベンダースが好きな映画ファンが、この作品のことをどう評価するかは知りませんが、
僕個人としては、この作品の出来自体にはそこそこ満足しています。

サンフランシスコに居を構えたミステリー作家ダシール・ハメットが、
チャイナタウンで発生した中国人女性失踪事件に首を突っ込み、幾多の危険にさらされる姿を描いた、
ハードボイルド・タッチのミステリー・サスペンス。ヴィム・ベンダースがハリウッド資本で撮った作品だ。

もっとも、この作品は当初、フランシス・フォード・コッポラとの共同製作だったのですが、
いざ撮影が始まったらヴィム・ベンダースとコッポラは衝突を繰り返し、挙句、大喧嘩へと発展。
結果的にはコッポラが本作のプロダクションから外れ、幾度となく相次いだ撮影中断を経て、
完成へとこぎ着けたといういわく付きの作品だ。まぁ僕にはそれが結果として、良かったと思えますね。

ストーリーとしては、たいしたことのない他愛のないお話しなのですが、
映画の雰囲気としては最高で、指折りのハードボイルド映画になっていると思いますね。

僕は73年の『ロング・グッドバイ』が大好きなのですが、
あの作品が何とも言えないぐらい大好きなんですよねぇ〜。あれだけ雰囲気作りに成功した作品って貴重です。
本作も『ロング・グッドバイ』と似たところがあって、映画の世界観を構築する雰囲気作りがとっても上手い。
さすがヴィム・ベンダースの映画作りが、ロバート・アルトマンに共通するなんて思いませんが、
本作はヴィム・ベンダースの代表作と言っても、いいぐらいだと思いますねぇ。

『ロング・グッドバイ』はチェーン・スモーカーの私立探偵フィリップ・マーロウが主人公でしたが、
本作は究極の飲んだくれのミステリー作家ダシール・ハメットが主人公。
お世辞にも、見てくれはカッコ良いとは言えない両者ですが、何とも言えないカッコ良さがあります(←矛盾?)。

本作でハメットを演じるフレデリック・フォレストだって、二枚目俳優ではない。
私生活は荒れ放題、四六時中飲みまくり酒臭く、経済的に裕福なわけではないし、前述の通り二枚目ではない。
その上、女ったらしで服装のセンスもイマイチ。しかし、この映画で描かれるハメットはこの上なくカッコ良い。

それは何故だろうか?

過去に、77年の『ジュリア』という素晴らしい名画でも語られていましたが、
本作の主人公であるダシール・ハメットとは実在の小説家。実際のハメットが本作で描かれたような
人物像だったかどうかまでは分かりませんが、立ち振る舞いや仕草などその全てに愛嬌があります。
ヴィム・ベンダースもハメットの造詣には苦慮したと思いますが、これはヴィム・ベンダースも彼なりに惚れ込み、
ハメットという実在の人物を更に超越した最高にカッコいいキャラクターに昇華させています。

この映画は全てのシーンが夜のシーンで構成されている。
おそらくシーンの多くがセット撮影によるものだと思うのですが、これは実に精巧で悪くない。
いや、精巧と表現すると勘違いされそうで気になるのですが、決してリアルというわけではない。
かなり大掛かりなセット撮影を施していて、屋外という設定では敢えて夜のシーンだけに固執し、
サンフランシスコという大都市の闇の顔を上手く象徴させていますね。これはとっても機能的です。

こういうセット撮影が主体の作品って、映画の世界観を構築する上で、とても重要なのですが、
一方で70年代以降の作品では、そのほとんどが上手く機能していない。
ひょっとしたら70年代以降に作られたセット撮影主体の映画としては、本作が最高の出来かもしれませんね。

まぁ本作と言えば、前述のヴィム・ベンダースとコッポラの衝突が有名なのですが、
構想から約7年もの歳月を経て完成したというほどの作品だ。結果、失敗作の烙印を押されてしまうわけですが、
ひょっとしたらヴィム・ベンダースは今でも本作の出来に不満を感じているのかもしれません。

そもそも本作の企画がコッポラ主導のもとに製作されることが決定し、
ヴィム・ベンダースが監督に抜擢された時、ヴィム・ベンダースはハリウッドでは無名のドイツ人映画監督でした。
であるがゆえ、コッポラは映画作りのありとあらゆるところに口を挟んだということなのですが、
本来的にこの作品は、ハードボイルドな方向性に落ち着く予定ではなかったのかもしれません。
つまり、僕は完成した作品が悪い出来だとは思わないけれども、
それが意図してできた産物ではないかもしれないということ。

もっと言えば、本作がヴィム・ベンダースの撮りたかった作品ではないということなんです。

と言うのも、ヴィム・ベンダースの映画作りに対するスタンスを考えれば、
本作があからさまに彼の映画のカラーではないということ。これはどうしても否定できません。
まぁもっと評価されて良いとは思いますけどね。これだけカッコいい映画ってのは、滅多にありませんから。

そして劇中、登場してくるクリスタル・リンなる中国人女性のラストが実に印象的。
ハメットも心が揺らぐほどに危険な香りがする異国情緒溢れる女性なのですが、
そんなファム・ファタールがハメットの小説の登場人物の一人と重なるという“くだり”が面白い。
そう、普通はクリスタル・リンが小説の登場人物のモデルになるという展開が常なのに、
この映画はその逆なのである。この辺の危うい感覚が、本作を象徴していますが、
僕はまんざら失敗作という烙印を押されるに相応しいだなんて思いません。

十分に魅力ある大人の色気たっぷりのハードボイルド・ミステリーだ。

(上映時間97分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ヴィム・ベンダース
製作 フレッド・ルース
    ロナルド・コルビー
    ドン・ゲスト
原作 ジョー・ゴアズ
脚本 ロス・トーマス
    デニス・オフラハティ
撮影 ジョセフ・バイロック
    フィリップ・H・ラスロップ
音楽 ジョン・バリー
出演 フレデリック・フォレスト
    マリル・ヘナー
    ピーター・ボイル
    ジャック・ナンス
    シルビア・シドニー
    R・G・アームストロング