招かれざる客(1967年アメリカ)

Guess Who's Coming To Dinner

ハワイで出会った高名な黒人医師と、サンフランシスコの良家の白人女性が恋に落ち、
すぐに結婚を決め、挨拶のためにサンフランシスコの娘の実家へ帰省する姿を描いたヒューマン・ドラマ。

時代はアメリカン・ニューシネマ期に突入しようとしていた頃であり、
本作はアメリカン・ニューシネマには含まれることはありませんが、映画の題材的にはニューシネマにとって
一つのテーマであったことは間違いないと思います。人種差別は撤廃の動きが明確になった頃であり、
実際に本作の主演であるシドニー・ポワチエは黒人俳優としてスターダムを駆け上がった時代です。

この映画の中でも、徐々にそれまでの映画界の潮流から大きく変わろうとしている痕跡がうかがえます。
例えば、台詞の中でビートルズ≠フことが出てくるし、スペンサー・トレイシー演じる父が妻を外出に誘い、
「前に寄った、ここのアイスクリームが旨かった」と言って、若者ばかりが集まるアイスクリーム屋に車をつけ、
謎の色のアイスクリームを食べて、その味にビックリするなんてシーンもあったりする。60年代前半までだったら、
名優スペンサー・トレイシーにこんな芝居をさえるなんて、ハリウッドでも考えられないことだったでしょう。

とは言え、未だにそういうところがあるかもしれませんが、
白人と黒人の結婚となると、幾多の困難が予想される時代であり、反対する家族が今よりも多かったでしょう。

かつて、『手錠のまゝの脱獄』でシドニー・ポワチエを起用して、強烈なメッセージを発した、
スタンリー・クレイマーらしい社会性のあるテーマではありますが、押しつけがましいメッセージ性が強い映画ではなく、
とある家庭の決断として、実に丁寧に異人種間の結婚という壁を乗り越えていくかを描けていると思います。

僕の中では、広い意味で本作はアメリカン・ニューシネマの派生的作品というイメージがあって、
確かに過激な描写があるわけでも、衝撃的なラストを迎えるわけでもないが、それでもこの内容・テーマ性は
ニューシネマ期に差し掛かった67年という時期でなければ映画で描けなかったことだったのではないかと思います。

個人的には、シドニー・ポワチエが演じた新郎候補となるプレンティス医師は
あまりに完璧過ぎるキャラクターや経歴で、非の打ち所がないエリートであるという点がやり過ぎだとは思う。
これでは白人男性でもなかなか見つからないくらいのエリートであり、“引く手あまた”な状態でしょう。

ある意味で、そんな“引く手あまた”な黒人男性でも、白人女性と結婚するのは容易ではないという
現実の厳しさ、根強くはびこる白人優越主義、黒人差別の現実を描く意図があったのかもしれないが、
僕は同じくらいステータスの白人男性とフラットに“比較”しても、プレンティスと結婚したいと決断するという
ストーリー展開の方が、本作が描くべきベクトルとマッチして、合っていたのではないかと思うのですがねぇ。

そもそも州によっては、異人種間の結婚が法律違反だったというから驚きの歴史ですが、
映画は冒頭から、どことなく明るく未来の希望を感じさせるポップな雰囲気に包まれており、
確かに劇中、娘の母親や神父が「彼らを見ているだけで明るく元気になる」と言っていた通りの様相で
とてもじゃないが、異人種間の結婚がご法度であるという雰囲気は感じられない。映画は終始、深刻になることなく、
最後の最後まで前向きで、表向きは暗くならずに描き通します。これは好感の持てるアプローチだと思います。

花嫁の両親を演じたスペンサー・トレイシーとキャサリン・ヘップバーンは双方、名優ですが、
41年の『女性No.1』での共演がキッカケで不倫関係になり、時代性もあってかその後は何本も映画共演しました。
まるで“おしどり夫婦”のような空気感だったようですが、残念ながら本作が最後の共演作品となりました。

それもそのはず、スペンサー・トレイシーは本作撮影完了の半月後に、
心臓発作で急死してしまったのですから、スペンサー・トレイシーにとって本作は遺作となってしまいました。

まぁ、異人種間の結婚という当時のタブーに切り込んだ作品ではありますが、
実際問題として、出会って2週間で結婚したいと宣言されて、いきなり帰省してきたときに結婚相手と対面させられ、
今すぐに認めてと娘から迫られ、誠実な結婚相手からは親が認めないなら結婚しないと言われるなんて、
あんまりに酷な状況ではある。しかもこの娘さんは、結構な自分勝手さを発揮して、友達にそそのかされて、
プレンティス医師が赴任する予定のジュネーブについて行くので、この日の夜には出発すると決心してしまう。

さすがにこれが白人同士の結婚であっても、親としては困惑するだろうし、
人種の壁が無くとも、この結婚は物議を呼びそうだ。大手新聞社を経営する父に、サンフランシスコの市街地で
店を経営する実業家の母。リベラルかつ、人種の壁も取り払いフラットに娘を育ててきた両親ではあるが、
いざ、それが現実になると、本音と建前があると言わんばかりにうろたえる姿が、なんとも親として苦しいところだろう。
(その割りに、自宅では黒人女性をメイドとして雇っているのは気になるところですが・・・)

それを察してか、プレンティスも両親に無理矢理、結論を迫るという雰囲気は出しませんが、
どちらかと言えば、結婚に前のめりになっているのは娘の方だというのが、なんとも興味深いところだ。

そして更に興味深いのは、異人種間の結婚が呼ぶ困難さを予想しているのは
白人家庭だけではなく、黒人家庭も同様であり、プレンティスの父親も全く同じことを危惧していて、
強く反対しているという点だ。それともう一つ、娘の実家で雇われている黒人メイドはプレンティスに終始、
疑いの目を向けており、プレンティスに厳しい言葉を投げかけ、誰よりも強く反対を声高に叫んでいるという点も。

やはり、この時代の感覚はこういうものが普通だったのでしょうね。
たとえ今は道義的に正しくなかったとしても、こういう軋轢を今になって全否定するものでもないと僕は思う。
しかし、時代の流れもあり、徐々に異人種間の結婚が多くなってきているし、またこの先も変わっていくでしょう。

撮影当時、シドニー・ポワチエは既にオスカー俳優でしたし、40歳という年齢になっていました。
今になって思えば、本作は異人種間の結婚というのもありますけど、結構な年齢差ある結婚なんですね。
シドニー・ポワチエって、この頃はまだ若々しく見えるので、正直言って、年齢不詳な感じなんですよね。
本作でもスペンサー・トレイシー、キャサリン・ヘップバーンという2大名優を相手にしても存在感を発揮して、
同年に出演した『夜の大捜査線』と並んで、本作の仕事は彼のキャリアにとって大きな意味のある出演作となりました。

映画のラストは、なんともテレビドラマのエンディングのような雰囲気ではありますが、
やっと準備していた食事をとろうかという気分になるというのが印象的で、ここでタイトル(原題)に帰結する。
ほぼ娘の実家の邸宅の中でのシーンなので、まるで密室劇のようですが、このラストは労をねぎらっているかのようだ。

前述したように、この撮影の半月後にスペンサー・トレイシーが他界したために、
このラストで彼がプレンティスの父親を歓待するかのように、優しく諭しているかのような姿が妙に印象的だ。

自分なら、結婚はやはり大きなことなので、何かのキッカケに前に動き出すことはあるだろうが、
ここまで性急な決断を求めることはせずに、日本人らしく“根回し”するけど(笑)、ここまで思い切って結婚しようと
することがアメリカ的なのかもしれません。どうすれば波風立てずに結婚できるか、考える良いキッカケになるかも(笑)。

原題とは全く違う意味になっていますが、この邦題も良いですねぇ。
ある意味で、白人家庭の本音を反映した邦題なのかもしれません。感動作とは違うような気がしますが、
いろいろな障壁を如何に取り払うかに肉薄した作品なだけに、観終わった後に多様な解釈ができる作品であり、
いろいろなことを考えさせられる社会派映画のお手本です。スタンリー・クレイマーって、やっぱり凄い監督ですよね。

皆、“立派な人物”に育てたいと願うばかりに、親の哲学を子に伝えがちですが、
映画の中でスペンサー・トレイシー演じる父が本音を吐露しているシーンが、妙に印象に残っています。
「それが現実に起こることかと思っていたか?」...正しく本音と建前とは、このことかと思いますが、
親としては、やはり本音を伝えるべきなのでしょう。建前を全否定はしませんが、それだけでは生きていけないですから。

果たしてこのカップル、幾多の困難を乗り越え、結婚生活を長く続けられたのでしょうか?

(上映時間108分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 スタンリー・クレイマー
製作 スタンリー・クレイマー
脚本 ウィリアム・ローズ
撮影 サム・リーヴィット
音楽 フランク・デ・ヴォール
出演 スペンサー・トレイシー
   キャサリン・ヘップバーン
   シドニー・ポワチエ
   キャサリン・ホートン
   セシル・ケラウェイ
   ビア・リチャーズ

1967年度アカデミー作品賞 ノミネート
1967年度アカデミー主演男優賞(スペンサー・トレイシー) ノミネート
1967年度アカデミー主演女優賞(キャサリン・ヘップバーン) 受賞
1967年度アカデミー助演男優賞(セシル・ケラウェイ) ノミネート
1967年度アカデミー助演女優賞(ビア・リチャーズ) ノミネート
1967年度アカデミー監督賞(スタンリー・クレイマー) ノミネート
1967年度アカデミーオリジナル脚本賞(ウィリアム・ローズ) 受賞
1967年度アカデミー音楽(編曲)賞 ノミネート
1967年度アカデミー美術監督・装置賞 ノミネート
1967年度アカデミー編集賞 ノミネート
1968年度イギリス・アカデミー賞主演男優賞(スペンサー・トレイシー) 受賞
1968年度イギリス・アカデミー賞主演女優賞(キャサリン・ヘップバーン) 受賞