グリーンブック(2018年アメリカ)

Green Book

人種差別が色濃く残る62年に、レコード会社と契約したアメリカ南部のツアーに出る
黒人ジャズ・ピアニストのドン・ドクター・シャーリーと、彼の用心棒を兼ねた運転手のトニーとの
紆余曲折を経た心の交流を、コメディ映画を中心に活動してきたピーター・ファレリーが描いたヒューマン・ドラマ。

本作が2018年度アカデミー賞で、作品賞をはじめとして主要3部門を獲得したことには、
当時、賛否両論が渦巻いておりましたが、僕は映画の出来は上手い具合にウェルメイドで悪くはないと思います。
ただ、確かにいわゆるアカデミー作品賞を受賞した作品としての風格があるかと聞かれると・・・という感じではある。

確かに黒人に対する人種偏見や差別待遇の歴史というのは根深いものがあり、
未だにその歴史を引きずり、闘っている。その流れは50年代後半あたりから変わり始めたけれども、
やはり白人優越主義的な考えは残っていると聞くし、「差別ではなく、区別しているだけ」という論理を聞くと、
こういった差別というのは、いろんな形で残り続ける、白人の方々にとっての宿命なのかもしれません。

ハリウッドというか、全米がこういう題材の映画に食傷気味なのかもしれませんね。
黒人差別に苦しむ中で、白人の救世主が現れて、価値観を変えていくというテーマ自体、映画になり易いですからね。
それもあって、本作がオスカー作品になったことに対して、否定的な意見というのが多く出てきたのかもしれません。

それから、ドン・ドクター・シャーリーの家族が事実と違うと主張したり、
いろいろな意見が出てきたということもあったのでしょうが、僕はあくまで事実を“モデル”に脚色したと理解してます。
本人たちが共に故人であるがゆえに、完全に実話という物語をシナリオにするのは、どだい無理な話しでしょう。

この映画、僕が気になったのはヴィゴ・モーテンセン演じる白人ドライバーのトニーのキャラクターで
彼は映画の序盤でも描かれていましたが、人種偏見を持っている差別主義者であったことは否定できず、
例えば家の修理で訪れた黒人男性に、妻が飲み物をもてなし、そのガラスのグラスを指でつまみゴミ箱へ捨てる。
トニーの周囲の連中も、人種差別の意識を前面に出していて、明らかに黒人たちを虐げている存在に見える。

そんなトニーが、確かにドン・ドクター・シャーリーのピアノの腕に感銘を受けることはるだろうが、
あれだけの人種差別主義者が、突如として黒人に親切にするなんて、そんな主従関係を受け入れるとは、
まるで信じ難い。この辺はもっと丁寧に描き込むべきで、この映画はしっかりと描けていないから説得力が弱い。

映画のタイトルになっている“グリーンブック”とは、60年代当時は実在していたとされる、
黒人たちが宿泊することができるモーテルを紹介するガイドブックで、今では考えられない本ですよね。

そういった“グリーンブック”に掲載されるモーテルにトニーも宿泊するなんて、
彼のようなプライドの高い男からすると、屈辱的ですらあったとされても、僕はあまり不思議ではないくらいだ。
そんな男でも、ドン・ドクター・シャーリーとの交流の中で柔和になっていき、差別意識を悔い改めるという
プロセスが描かれて、こういった結末へと結び付く映画だというのなら納得できるのですが、そんな描写は皆無である。

個人的にはアカデミー作品賞受賞作品なのだから、その辺はしっかり描かれているものだと思っていたけど、
結構この映画はラフなところがあって、この辺りは良くも悪くもピーター・ファレリーの監督作といったところかも。
僕はこの部分だけ切り取ってしまうと、確かにこの映画を酷評する意見があったというのも、なんとなく理解できる。

ドン・ドクター・シャーリー演じるマハーシャラ・アリが素晴らしい存在感を示していて、
劇中のピアノの演奏シーンにしても、スゴく神がかったプレイを見せるのだと説得力があっただけに、
こういう基本的なところで弱点を抱えてしまうのは、とっても勿体ない話しで、僕の中では盛り上がり切れない印象だ。

正直言って、どこまでが実際のドン・ドクター・シャーリーに近づいたのかは、判断がつかない。
おそらく、フィクションも含まれているのではないかと思う。いかんせん、本人は既に他界されているし。
但し、黒人として生を受け、ピアノの才能を幼い頃から見い出されクラシック・ピアノの英才教育を受けるものの、
常に彼の人生には人種差別との闘いがあって、自らは裕福になっていくにつれて、困窮する生活に苦しむ黒人たちとも
自分の生活にギャップがあって、少々浮いた存在として見られることにも葛藤はあっただろう。そして、映画で描かれる
ドン・ドクター・シャーリーは同性愛者でもある。現代以上に彼のセクシャリティは理解を得るのが難しい時代だったし、
やはりマイノリティとして差別を受けることは明らかであり、彼自身も「見られたくはなかった・・・」と言っている。

敢えて、人種差別が色濃く残るアメリカ南部でツアーを行うことを選択したのは、
ドン・ドクター・シャーリーなりに白人たちに、黒人に対する差別を止めるよう変容をもたらすことを
期待していたようですが、だからこそ、例えば掘っ立て小屋のようなトイレを案内されたり、ゲスト・ミュージシャンとして
迎えられたというのに、会場のレストランでは食事ができないなどの差別を受けることは、これ以上ない屈辱だろう。

しかも、同僚のミュージシャンたちはおろか、運転士のトニーまでもが食事を許されているのに・・・。

そして、抗議を受けても「これが(アメリカ南部の)決まりなんで・・・」と押し通す白人たちの
ある種の開き直りがまかり通っていた時代の異様さが際立つところですが、こういう部分も映画はアッサリ描いている。
おそらくピーター・ファレリーは、こういった部分を掘り下げる気はなかったのでしょうが、少しここは勿体ないかなぁ。
あくまでロード・ムービーに徹したかったのだろうけど、社会的なテーマに関しては、やや中途半端な印象ですね。

とまぁ、欲を言えば・・・というところは多々あるのですが、映画全体の構成はとても良いですからね。
こうして、結果的にそこそこの出来のものに仕上げてしまう能力というのは、やっぱりハリウッドは高いんだなぁ。

カナダ出身のミュージシャン、ニール・ヤングは70年に Southern Man(サザン・マン)という曲や
72年に Alabama(アラバマ)といった曲で、かなり過激にアメリカ南部の人種差別を糾弾する曲を書きました。
クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング≠ニしても Ohio(オハイオ)という曲で、トラブルになりかけていました。

まぁ、ニール・ヤングは好きなミュージシャンではあるのだけれども、
若い頃から政治的なメッセージが強いシンガソングライターであり、後々にロック界でも孤高の存在になっていく。
見方によっては、そういった声を上げ、社会運動を惹起しなければ、何も変わらないくらい深刻だったということ。
アメリカ北部は北部で、人種偏見が全く無いわけではないけれども、60年代には時代が変わろうとしていたのに
アメリカ南部では一向に変わろうとせず、当時のアメリカ北部から見ても、南北格差は明らかだったということです。

そんな中で、ドン・ドクター・シャーリーは南部をツアーで回るというのだから、
それは腕っぷしの強い用心棒であって、多少はグレーなことでも力技で解決するトニーのような存在が必要でした。

映画の中はトニーはそれなりの報酬を得る約束を取りつけていたし、
ドン・ドクター・シャーリーとはまるで知らない仲であったにも関わらず、マネージャーに抜擢されることになります。
それだけトニーの用心棒としての信頼は厚かったということでしょう。しかし、トニーは差別主義者のようだったけど・・・。

そう、この映画は劇場公開当時、ドクター・ドン・シャーリーの遺族が「事実と大きく異なる」と
映画製作に加わった、トニーの息子のニック・ヴァレロンガらを訴えて、大きな波紋を呼びました。
今となっては、僕には何が事実であるのか判断をつけられる材料がありませんが、生前のドン・ドクター・シャーリーと
生前のトニーはそこまで仲が良かったわけではなく、一緒に写った写真すら存在していないという主張なのです。

ニック・ヴァレロンガはノンフィクションの映画化として考えているようですが、
そういった背景もあるので、僕の中では本作はあくまでフィクションの映画化として考えることにしています。

そう思って観ると、もっとキチッと描いて欲しかったなぁと、
少しずつ食い足りない部分があるなと感じるのです。ノンフィクションとしても、もっと入念に調べ上げていれば、
トニーの変容などはキチッと描けただろうし、フィクションとしても、もっと大胆に脚色できたはず。
映画賞はあくまで結果ではありますが、その年を代表する作品なのですから、この辺は軽々クリアして欲しい。

決してつまらない映画だとは思わないし、手堅い映画でハリウッドの力を感じる作品ではありますが、
その年を代表するアカデミー賞受賞作品であるならば、もっと掘り下げて訴求するものが欲しかった。
及第点レヴェルの映画という域は超えているが、僕には残念ながら本作のことを傑作だとは思えない。

(上映時間130分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ピーター・ファレリー
製作 ジム・バーク
   チャールズ・B・ウェスラー
   ブライアン・カリー
   ピーター・ファレリー
   ニック・ヴァレロンガ
脚本 ニック・ヴァレロンガ
   ブライアン・カリー
   ピーター・ファレリー
撮影 ジョン・ポーター
編集 パトリック・J・ドン・ヴィト
音楽 クリス・バワーズ
出演 ヴィゴ・モーテンセン
   マハーシャラ・アリ
   リンダ・カーデリーニ
   ディミテル・D・マリノフ
   マイク・ハットン
   イクバル・テバ

2018年度アカデミー作品賞 受賞
2018年度アカデミー主演男優賞(ヴィゴ・モーテンセン) ノミネート
2018年度アカデミー助演男優賞(マハーシャラ・アリ) 受賞
2018年度アカデミーオリジナル脚本賞(ニック・ヴァレロンガ、ブライアン・カリー、ピーター・ファレリー) 受賞
2018年度アカデミー編集賞(パトリック・J・ドン・ヴィト) ノミネート
2018年度全米映画俳優組合賞助演男優賞(マハーシャラ・アリ) 受賞
2018年度イギリス・アカデミー賞助演男優賞(マハーシャラ・アリ) 受賞
2018年度ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞作品賞 受賞
2018年度ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞主演男優賞(ヴィゴ・モーテンセン) 受賞
2018年度ワシントンDC映画批評家協会賞助演男優賞(マハーシャラ・アリ) 受賞
2018年度デトロイト映画批評家協会賞脚本賞(ニック・ヴァレロンガ、ブライアン・カリー、ピーター・ファレリー) 受賞
2018年度ダラス・フォートワース映画批評家協会賞助演男優賞(マハーシャラ・アリ) 受賞
2018年度ノース・テキサス映画批評家協会賞作品賞 受賞
2018年度ノース・テキサス映画批評家協会賞助演男優賞(マハーシャラ・アリ) 受賞
2018年度フェニックス映画批評家協会賞作品賞 受賞
2018年度フェニックス映画批評家協会賞主演男優賞(ヴィゴ・モーテンセン) 受賞
2018年度フェニックス映画批評家協会賞助演男優賞(マハーシャラ・アリ) 受賞
2018年度フェニックス映画批評家協会賞脚本賞(ニック・ヴァレロンガ、ブライアン・カリー、ピーター・ファレリー) 受賞
2018年度ネバダ映画批評家協会賞作品賞 受賞
2018年度アイオワ映画批評家協会賞助演男優賞(マハーシャラ・アリ) 受賞
2018年度ヒューストン映画批評家協会賞助演男優賞(マハーシャラ・アリ) 受賞
2018年度デンバー映画批評家協会賞助演男優賞(マハーシャラ・アリ) 受賞
2018年度ゴールデン・グローブ賞作品賞<ミュージカル・コメディ部門> 受賞
2018年度ゴールデン・グローブ賞助演男優賞(マハーシャラ・アリ) 受賞
2018年度ゴールデン・グローブ賞脚本賞(ニック・ヴァレロンガ、ブライアン・カリー、、ピーター・ファレリー) 受賞