摩天楼を夢みて(1992年アメリカ)

Glengarry Glen Ross

これは何度観ても、実にシビれるカッコ良い傑作だと思う。

圧倒的なまでの演技合戦で構成された作品ではありますが、
それだけでなく夜のシーンのみで描かれる映画の前半から、映画のドライブ感がスゴい。
実力派俳優ばかり集めたキャスティングだったとは言え、どうしても演技合戦に目が行く映画で
特に目立った移動があるわけでもないのに、よくも、これだけのドライブ感を出せたものだと、何度観ても感心する。

文句なしにジェームズ・フォーリーのベストワークでしょう。
どれだけ作り手が意図して作られた映画なのかは分かりませんが、この徹底した一貫性が素晴らしい。
映画は終始、ハッキリ言って“ただの怒鳴り合い”。でも、その“ただの怒鳴り合い”だけで映画にするからスゴい。

物語の主軸としては、不動産投資の勧誘をメインとする会社に勤務する4人のベテラン、セールスマン。
何も出来ないが、管理することだけに長けた事業所の支社長と毎日のように怒鳴り合いをしながらも、
なんとかギリギリのところでやって来たものの、営業成績は良くない。そこで本社からテコ入れをするように
若手の経営層の一人が事務所にやって来て、セールスマン相手に檄を飛ばしに来るところから映画が始まる。

まるで「本作はこういう映画だから」と作り手が前提するかのように、
いきなりレストランで電話で話しをするジャック・レモンとエド・ハリスを映して映画が始まりますが、
このオープニングが抜群にカッコ良く、どこがエッジの利いた内容であることを予期させる素晴らしいスタート。

病床に伏した娘の治療入院費も払えず、ベテランであるがゆえのジレンマから営業成績が低迷する、
ジャック・レモン演じるレヴィーンを中心に映画を展開しますが、やはりこのジャック・レモンは名演ですねぇ。

昔ながらのセールス理論と方法でやり切ろうとするものの、なかなか成約を取れない。
何故上手くいかないのかと悩み、一方でそれまでそうやってきたことと、セールスマンとはこうでなければならない
というようなプライドの高さが結果として彼を邪魔して、答えが出ないことに延々と同じ方法でトライし続ける。
これが映画の終盤で仇となってくるわけですが、誰しも陥り易い真っ直ぐな人ほど陥り易い“落とし穴”でしょう。

現実社会でも、そんなことはいっぱいあると思いますけど、
昔から言う言葉の「押してもダメなら、引いてみな」です。要は、ダメな材料、ダメな方法でやり続けても、
良い結果が出るわけがないという原理原則で、そうであるならやり方、考え方を変えてみたら?ということです。

しかし、レヴィーンの性格が災いしてか、上手くいっていない理由をしっかりと反省できていない。
それは長年、それでやってきたという自負があるからで、私生活での経済的問題が後押しするかのように、
レヴィーンは精神的に追い詰められてしまいます。こうなってしまうと、冷静に見ることができなくなっているんですね。

個人的には、そういうときはあまり深く考えずにやってみることもオススメなんですが、
レヴィーンの場合は長年の経験と勘に頼っていたせいか、方法論もアップデートしていませんね。
独創的な方法をどちらかと言えば否定し、営業成績が良い者を「運が良かった」と表現することで終わってしまう。
でも、そこにはきっと差があるはずで、物事の準備から含めて、足りないことがその差につながっているのです。

そんなレヴィーンにかつて教えを乞い、独自の方法を見い出して、
事務所で一番の営業成績を叩き出したリッキーは、たまたま事務所の向かいのレストランで席が隣り合った、
男性に時間をかけて不動産投資へと導き、1晩で大きな成約を取りつけるが、彼もまた支社長のことを信用していない。

演じるアル・パチーノは本作と同じ年に出演した『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』で
念願のオスカーを獲得したわけですが、本作では相変わらずの中年男性のギラギラしたものを体現。
いつものアル・パチーノお得意の大演説があるわけでもありませんが、本作でも手堅い仕事ぶりだ。
特に強引に契約を取りつけたクライアントを何とかして“引き延ばす”ために、レヴィーンと小芝居うつシーンは印象的。

その他にも個性的なセールスマンが集まっているが、本社の幹部がチラつかせた
個人情報(ネタ)を支社長が更に出し渋り、自分のデスクに隠して帰宅したものの、翌朝、ネタは盗まれていました。
そこから事務所に警察が立ち入り、窃盗事件の捜査としてセールスマンたちは、捜査対象となり憤慨します。

映画の構図としては、管理者である支社長ウィリアムソンを演じたケビン・スペイシーと、
4人のセールスマンの対決だ。一見すると、4人のセールスマンが団結しているようにも聞こえるが、
しかし、別に彼らはお互いに信頼し合っているわけではなくって、それぞれが全く異なるベクトルを向いている。
共通しているのは、彼ら全員がウィリアムソンの指図に従いたいとは思っておらず、大きな不満を抱いていること。

本作はデビッド・マメットがピュリッツァー賞で文学賞を受賞した戯曲で、
日本でも何度か舞台劇化していたはずで、やはり本作はデビッド・マメットの代表作なのでしょうね。

まぁ、そういった題材の良さもあるとは思うのですが、
ただ単にデビッド・マメットの原作の良さだけではなく、キャスティングの適材適所な良さ、
ジェームズ・フォーリーのキレ味の良いストーリーテリングに演出、光と影を上手く使ったカメラなど
上手い具合に色々なことが絡み合って機能したことから、映画の出来は実に素晴らしいものになりましたね。

師匠のジャック・レモンと渡り合うことになったケビン・スペイシーは、
以前、インタビュー番組で本作での共演を懐かしく語っているのを観たことがありますが、
本作はケビン・スペイシーにとっても出世作となったことは間違いないですね。無感情てきな冷徹さが印象的ですね。

それから、出演時間は映画の序盤だけですので長くはないのですが、
本社から檄を飛ばしに来た幹部ブレイクとして、アレック・ボールドウィンが出演していますが、
僅か5分ほどの独演状態ですが、彼もまた、予想外なほどにインパクトの強い大熱演で、良い仕事しています。

ブレイクが言い放ったような営業成績が2位までに入らないとクビにするという、
リストラがアメリカでは当たり前に横行しているのか分かりませんが、今の日本ではまず出来ないことですね。
正社員をクビにすることができないことを否定的に論じる向きもありますが、いずれにしても急速な少子高齢化で
労働者人口が減っている日本ですからね、「上手くいかないならクビ」という感覚は馴染まないのかもしれません。
(まぁ・・・より転職しやすい社会にすることで、労働者の選択肢を広げる...という見方も理解できますけどね)

ハッキリ言って、ウィリアムソンはダメな営業所のリストラのために雇われたようなものだろう。
確かにセールスマンが言うように、何度も使い古されたダメなネタを回されて、まともな営業活動ができるわけがない。

本社の指示なのかは分からないが、おそらくウィリアムソンもそれを分かっていて、
ワザと脈がないと分かっているネタばかりを、部下に流し続けている。持っている案件も、ほぼ詐欺みたいな案件。
見栄えの良いパンフレットは結構だが、大都会ニューヨークに暮らす人々が投資対象にする土地ではないでしょう。
それも含めて、彼らは“分かって”やっているのです。そういう意味で、とってもキワどい小さな会社なのです。

この映画はそう簡単に出来るものではない、高みに到達した作品だと思います。
スラングばかり並ぶ、言葉が汚い映画と観られるかもしれませんが、これはこれで大人のエンターテイメントです。

映画の終盤で見せるジャック・レモンの何とも言えぬ悲哀に満ちた表情は、
本来はもっと称賛に値する表現力だ。これを観れるだけでも、本作には十分に価値がある。
こういう映画を観ると、ジェームズ・フォーリーって、もっとビッグな映画監督になると思っていたのだがなぁ・・・。

(上映時間100分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 ジェームズ・フォーリー
製作 ジョゼフ・カラチオーラJr
原作 デビッド・マメット
脚本 デビッド・マメット
撮影 ファン・ルイス・アンシア
音楽 ジェームズ・ニュートン・ハワード
出演 アル・パチーノ
   ジャック・レモン
   ケビン・スペイシー
   エド・ハリス
   アラン・アーキン
   アレック・ボールドウィン
   ジョナサン・プライス
   ブルース・アルトマン
   ジュード・チコレッラ

1992年度アカデミー助演男優賞(アル・パチーノ) ノミネート
1992年度ヴェネチア国際映画祭主演男優賞(ジャック・レモン) 受賞