フルメタル・ジャケット(1987年アメリカ)

Full Metal Jacket

ベトナム戦争へ赴くために、8週間海兵隊養成施設でシゴかれた若者たちが、
凄惨なベトナムの戦地で、過酷な現実を目の当たりにするまでを描いた戦争映画。

巨匠スタンリー・キューブリックが80年の『シャイニング』以来に監督した作品であり、
異様なまでの緊張感を基調に、独特な世界観を演出した個性的な戦争映画として、
未だ根強い人気を誇る作品ではあるのですが、これは確かに一度観たら、忘れられない作品だと思う。

よく言われる話しではあるのですが、
この映画、前半の45分にわたる養成施設でのハートマン軍曹による執拗なシゴきが、
あまりに強烈で忘れられないんですよね。そのおかげで、映画の後半が完全に霞んでしまいます(笑)。

さすがは巨匠キューブリック!って感じで、
何度も何度も繰り返される兵士の卵たちの苛酷な扱いに、あまりにヒドい罵倒・怒号・中傷の雨荒し。
「よくまぁ・・・ここまでの語彙があるな...」と絶句させられるぐらいの卑猥な言葉のオンパレードで、
キューブリックが今までの映画界には無かった視点から、戦争の狂気をあぶり出します。

このハートマン軍曹を演じたR・リー・アーメイは好演で、
この前半45分だけの登場なのですが、この45分だけで十分に強烈なインパクトを持っています。

この強烈なまでの教育により、ビンセント・ドノフリオ演じる“デブ”が常軌を逸してしまい、
ライフルを愛するようになって、スナイパーとしての腕を上げていくという皮肉な構図になり、
最終的にはトンデモない結末へと導かれてしまう様子が、あまりに強烈ですね。

本作の中でキューブリックは、教育という環境的要素が、
人間を形成するのに如何に大きな要素になるかを冷徹に説いており、
この突き放したかのように、少し斜に構えて撮り続けるキューブリックの厳しさが圧巻ですね。
おそらく彼のフィルモグラフィーの中で、一際異彩を放つ厳しい作品と言っていいでしょう。

正直言って、この映画には「反戦」や「平和」といったイデオロギー的なものはないと思います。
おそらくキューブリックはそういった概念を持ち込むことを嫌っていたのでしょうから、
戦争の空気をスクリーンに吹き込んだ作品という評が、最も的を得ているように感じますね。

その証拠にあたかもシューティング・ゲームのようにベトコンのスナイパーが
海兵隊を殺害していくシーン演出があって、これは米軍側、ベトナム軍側の双方から均等に描き、
敢えて戦争の構図を中立的に描くことにより、イデオロギーの議論になることを避けた気がしますね。
しかし、別に戦争を茶化すわけでも、過剰に描くわけでもなく、ただただ常軌を逸した場所として
映しているだけの映画になっているんですね。そこには強いメッセージなども皆無であり、
だからこそ映画は前半の方が強いインパクトを持ち、前半に勝てないんですね。

でも、僕は別にこれで良かったと思うんですよね。
さすがに前半の養成施設だけの2時間では息が詰まるし(笑)、後半の戦地だけのシーンでは
さすがに戦争映画としては物足りない(苦笑)。僕はキューブリックがホントに描きたかったことは、
戦争そのものの否定ではなく、環境によって人間が大きく変えられてしまうこと、ただそれだけだと思いますね。

しかし、そんな映画の後半の戦地のシーンにあっても、
クライマックスのスナイパーだったベトナム人少女を映したラストシーンはあまりに強烈だ。

主人公の“ジョーカー”にしても、当初は曖昧な動機でベトナムへ赴いたはずだったのですが、
養成訓練や過酷な戦地での現実を目の当たりにして、すっかり人間が変わってしまったかのようで、
以前の彼からは考えられない行動に出るまでの、凄まじい緊張感が観客を圧倒しますね。

80年代中盤は『バーディ』、『プラトーン』、『グッドモーニング、ベトナム』など、
実に数多くのベトナム戦争を題材にした映画が発表されましたが、その中でも本作はズバ抜けていますね。
それまではイデオロギー的な側面があったり、露骨な反戦メッセージがあったりしましたが、
本作はそういった一連のアプローチとは、まるで違う観点から映画を構成していますから、これは強烈です。

原作はグスタフ・ハスフォードが79年に発表した小説で、
発表当時は「ベトナム戦争を題材にした最高のフィクション!」と絶賛されたらしく、
本作でもシナリオの執筆に加わっており、これは結果的に映画に良い影響を与えましたね。

たぶんにグスタフ・ハスフォードの作為も、戦争そのものを文書化することにあったらしく、
これはキューブリックの映像作家としての姿勢と一致するものだったのでしょうね。

環境が人間を変えてしまうことの恐ろしさと言えば、
“ジョーカー”と共にカメラマンとして志願同行した男にしても、当初は口では「戦場に行きたい」と言いながらも、
ヘリからライフルを逃げまどうベトナム市民に乱射していた兵士を見て閉口しながら、
ヘリに酔ってしまい、いつ吐くか本人にも分からないような“爆弾”を抱えていた男が、
最後はライフルを乱射して「やった! オレやったぜ!」と狂喜してしまう変貌ぶりも印象的ですね。

僕はかつてキューブリックを人間主義者だと思って考えたことはなかったのですが、
強いて言えば、本作が彼が最もヒューマニストとして評価するに値する仕事をしたと言ってもいいと思う。

意外に建設的に環境に影響されて、人間性が変化していく過程を描いており、
これは戦争だけに特化した話しではなく、いろんな環境因子に当てはめて考えることができると思いますね。
(意外にキューブリックって、心理学者だったのかな?)

まぁ・・・本作は前半の45分だけでも、十分に観る価値はあります。
但し、あまりにタフで濃密な時間なので、そうとうに覚悟する必要はありますがねぇ。。。

(上映時間116分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 スタンリー・キューブリック
製作 スタンリー・キューブリック
原作 グスタフ・ハスフォード
脚本 スタンリー・キューブリック
    マイケル・ハー
    グスタフ・ハスフォード
撮影 ダグラス・ミルサム
美術 キース・ペイン
    ロッド・ストラットフォード
    レス・トムキンス
編集 マーティン・ハンター
音楽 アビゲイル・ミード
出演 マシュー・モディン
    アダム・ボールドウィン
    ビンセント・ドノフリオ
    R・リー・アーメイ
    ドリアン・ヘアウッド
    アーリス・ハワード
    ケビン・メイジャー・ハワード
    エド・オロス
    ジョン・テリー
    キーロン・ジェッキニス
    カーク・テイラー

1987年度アカデミー脚色賞(スタンリー・キューブリック、マイケル・ハー、グスタフ・ハスフォード) ノミネート