フランティック(1988年アメリカ)

Frantic

サンフランシスコから学会発表のためにパリに訪れた、
外科医の夫婦が長時間フライトから解放され、やっとパリに到着したというところから、
パリの空港で手荷物を取り違えてしまったことから、妻が何者かに誘拐されてしまい、
言葉が通じない異国の地パリで、右往左往しながら妻を捜す姿を描いたサスペンス映画。

ハリウッドを追放されてしまった問題児(笑)、ロマン・ポランスキーの監督作品というつもりで
本作を冷静な目で見ると、どうしても...良い印象にはならないかもしれませんが、
個人的にはあと少しのところで、優れた作品になり損ねた、惜しい映画という気もします。

本作のどこがいけなかったかというと、最終的にはスパイ合戦に落とし込んでしまったところだ。

個人的には、どうせロマン・ポランスキーなのですから、
ミステリーの色合いを強く残しながら、最後の最後までミステリアスに映画を構成して欲しかった。
ある意味で、ヒッチコックの映画のようなテイストを目指したのではないかと思える節もあるのですが、
さすがにロマン・ポランスキーにそんな仕事は似合わないような気がするし、本作でも僅かに描かれた、
どこか異国の地でトラブルに巻き込まれ、いかがわしい雰囲気に支配されていくという展開が、
映画を大きくかき乱すはずだったのですが、本作はクライマックスに“普通の映画”になってしまう。

せっかくのハリソン・フォードを主演に据えたというのに、この出来は正直、勿体ない。
映画は平均点レヴェルは超えた出来と言ってもいいとは思うが一方で、これは誰でも撮れる映画だ。
どうして、そんなに辛らつなことを言うのかというと、やはりそれだけ期待値が高いディレクターだと思うから。

そういう意味で、妻の誘拐事件を解き明かす過程で、
起爆装置にフォーカスが当たったあたりから、僕の中でのテンションが落ちてしまいました(笑)。

しかし、一つだけ面白い部分があると言えば、
どうやらロマン・ポランスキーは87年にパリの市民権を得て、暮らしていたそうなのですが、
さすがに住み慣れた土地なだけあって、パリを美化して描いていないところが実に興味深い。

こういうところは、如何にもロマン・ポランスキーらしい気がするのですが、
通常なら、パリって、どこか世界中の人々が憧れる美しい都市というイメージがあるのですが、
ロマン・ポランスキーはそういう観光客向けに描いたパリを映すのではなくって、
むしろパリの下町を中心的に描いて、どこかダークな印象を持たせているあたりが面白い。

映画の冒頭から不穏な空気感丸出しで、タクシーの運転手の言葉が分からない不安感と、
高速道路を走っていて突然のパンクに見舞われるという、映画の本筋とは一切関係ないトラブルを
ロマン・ポランスキーは敢えて描き、パリという街の空気を「どこか嫌だな・・・」という感じで、敢えて描いている。

そうやって、少しずつ観客にストレスを与えるような描き方をして、
どこか居心地が悪い映画にして、通常の映像作家が考えるようなことと正反対のことをやる、
ロマン・ポランスキーって、ホントに性根の悪い映画監督で(笑)、如何にも彼らしい発想でニヤリとさせられる。

それは主人公が泊まっているホテルにしても同様なのですが、
映画の序盤から繰り返し描かれているのを観る限り、パリの都心部にある、
かなりアッパーなクラスのホテルで、贅沢なホテルだとは思うのですが、それでもやはり言葉が通じないという、
異国の地では当たり前な不足なところが切羽詰った状況で積み重なると、どれほど嫌なものかということを、
本作でロマン・ポランスキーはとっても上手く利用していて、映画の空気感を実に巧みに演出できている。

そして、主人公が現地で、事件の鍵を握る謎の美女として登場させたのが、
ロマン・ポランスキーの当時の私生活でのパートナーだったエマニュエル・セニエというのも凄い(笑)。
やっぱりロマン・ポランスキーって、どこか公私混同というか、こういうことをしたがるんですよね(笑)。

主演のハリソン・フォードも徹底して、トラブルに巻き込まれ、
次から次へと命の危険までも迫る状況に追い込まれる、アメリカから旅行で訪れた、
職業は医師でありながらも、ごくごくありふれた平凡な市民の一人という設定が合っており、
言ってしまえば、93年に彼が主演して世界的にヒットとなった『逃亡者』の原型と言ってもいいぐらいだ。
(まぁ・・・元々、『逃亡者』自体がかつてのテレビドラマの映画化という企画ではあるのですが・・・)

おそらくハリソン・フォードもロマン・ポランスキーとの仕事だったから、本作に出演したのでしょう。
でなければ、ハリウッドを代表するタフガイであった彼が、この手の映画に出演することが貴重だった気がします。

映画に対するアプローチは悪くないと思うし、
さすがはロマン・ポランスキーの演出というところもあるにはあるのですが、
どうにも最後は平凡なスパイ合戦に陥ってしまったところは、あまりに勿体なかった気がします。

劇場公開当時も本作はそれなりに話題になっていたようですが、
おそらく当時の映画ファンからしても、ロマン・ポランスキーに期待していたレヴェルはこんなもんじゃないと思う。
そういう意味でやはり本作の出来は、彼の手腕に期待していた人にとっては、肩透かしだったのではないだろうか。

どうでもいい話しではあるのですが...
どこか本作では、パリ市警のいい加減さを積極的に描いているのが気になりますね(苦笑)。

ひょっとしたら、当時、ロマン・ポランスキーはフランスの警察にも
良くないイメージを抱いていたのかもしれませんが、ある意味でそれは自業自得ですからねぇ・・・。
既に事実上のハリウッド追放となり、アメリカへ入国した途端に逮捕されてしまう身分でしたからねぇ。
どこの国にしても、ロマン・ポランスキーは警察に対するイメージは良くないのでしょうね。

あまり過度な期待をするといけませんが、
異国で犯罪に巻き込まれる恐ろしさと、そういう状況下では一気に不条理な状況に陥りやすいという現実、
そして精神的に追い込まれていくフラストレーションが充満した映画という意味では、そこそこの出来だと思う。

よく晩年のヒッチコックの映画と本作を比較する記事を見かけますが、実体のないストレスを、
微弱に与え続けるのが本作というイメージで、僕にはそんな感じはしなかったんだけどなぁ・・・。

(上映時間119分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 ロマン・ポランスキー
製作 トム・マウント
    ティム・ハンプトン
脚本 ロマン・ポランスキー
    ジェラール・ブラッシュ
撮影 ヴィトルド・ソボチンスキー
音楽 エンニオ・モリコーネ
出演 ハリソン・フォード
    エマニュエル・セニエ
    ベティ・バックリー
    ジョン・マホーニー
    アレクサンドラ・スチュワルト