あなたへ(2012年日本)

日本映画界を代表する名優、高倉 健の遺作。

それを自覚して観ると、なんだか素直に観れない作品でもある。
そら、撮影当時、既に81歳にもなっていた高倉 健だし、定年間近の現役刑務官という設定も
どこか無理を感じると言っても過言ではなく、ましてや数年前の回想シーンを演じるなんて、かなり無理がある。

でも、そこは上手くカバーしている。これは演じる高倉 健だけではなく、スタッフのおかげでもあるでしょう。
監督の降旗 康男もさすがにベテラン監督ですし、高倉 健の撮り方をよく分かっている感じで、
良い意味で、高倉 健の魅力を引き出して、撮影当時81歳という年齢を感じさせませんね。

一つ気になるのは、今になって思えば・・・という意味ですが、
この映画を観る限り、高倉 健は撮影当時もかなり体調が悪かったのではないかということ。
心なしか表情にも出ている感じがあって、寡黙な性格というより、表情を作りにくいというように見えました。

そういう意味で、ひょっとすると高倉 健としても満身創痍の映画だったのかもしれません。

映画は富山の刑務所で長年、刑務官として働いていた主人公が
10数年連れ添った、元歌い手の妻を病気で失ったことで、彼女の遺書をもとに
彼女の故郷である長崎の海に散骨しに、長期休暇をとって車で富山から長崎へ向かう姿を描いています。

道中、様々な人々と出会い、これまで経験の無かった出来事が主人公は経験していきます。
刑務所の刑務官とて公務員ですから、主人公は寡黙な性格ということもあり、
民間企業で働く人が持つ感覚や日常が、逆に新鮮に映るようで、通常であれありえないことも受け入れてしまいます。

と言うのも、いくら助けたいという気持ちになったからと言って、
北海道からイカめしを全国のデパートの物産展で売るために、単身で関西から九州へ行脚しに来た、
青年の意気投合したからと言って、デパートの物産展の店の準備だけでなく、イカめしの事前調理に始まり、
実際の販売まで手伝うなんて、通常の感覚であれば、明らかな“タダ働き”で受け入れられるものではない。
でも、この映画の主人公にとっては、そんな過酷な現場でさえも、ある意味では新鮮な気持ちになれたのでしょう。

長崎で漁師を営む家族の年寄りを演じたのが大滝 秀治。彼もまた、遺作となりました。

高倉 健も、大滝 秀治も共に遺作となったことも凄い“運命”を感じさせますが、
彼ら2人は生前、本作を含めて複数の映画で共演しており、大滝 秀治が亡くなる直前まで、
私生活でも手紙のやり取りをしていたらしく、奇しくも御二方とも晩年を迎え、通じるものがあったのかもしれません。

そんな縁をつないだ降旗 康男、なかなか味わい深い映画に上手く仕上げました。
高倉 健というキャスティングが大きかったと言えばそれまでですが、日本映画の良さが確実に息づいていますね。

旅する映画というのは、とっても魅力的に映るのですが、
欲を言えば、この映画はもっと立ち寄る街並みを愛着を持って描いて欲しかったかなぁ。
全体的に風景化しているというか、地域に根差す映画という感じではなく、経由地として映っていない感じで、
どこか突き放したような視点になってしまっているのが、どこか残念で主人公の旅情も盛り上がりませんでしたね。
そういう意味でも、ビート たけし演じる退職したばかりの自称国語教員の存在も生かしたかったのだろうけど、
主人公にしつこく絡んでくる理由も分からないし、どこか中途半端な存在に終わってしまったのが、実に勿体ない。

まぁ・・・ビート たけしも、かつては高倉 健との共演歴もあるし、
実際にも仲が良かったようですから、高倉 健自身も共演できたこと自体が嬉しかったようですが、
どうせなら、もっとお互いの持ち味を生かした、良い意味でインパクトのある存在であって欲しかったですね。

映画は富山に始まり、飛騨、大阪、下関、長崎へと旅するように続いていきます。

本来であれば、クライマックスの長崎の平戸地区でのシーンが推したいところだとは思うのですが、
本作で一番印象に残ったのは、ダントツで兵庫県の竹田城跡の雲海で、これは素晴らしいロケーションだ。
かつて宝塚から山陰本線に乗って、豊岡や城崎温泉を経由して、鳥取まで行ったことがあるのですが、
城崎温泉から先の日本海を横目に夕暮れを迎えたのが感動的で、また行きたいと思っていただけに、
竹田城跡の雲海があれだけの素晴らしいロケーション、眺望を見せられると、ホントに行きたくなりますねぇ(笑)。

どうやら、安全上の問題から数年前から閉鎖して、天守台などを修繕していたようで、
今は完全に入場できるようになっているようですので、本作は良いアピールになったのではないかと思います。

このシーンにしてもそうなのですが、主人公の亡くなった妻を演じた田中 裕子は表情が良い。
基本、高倉 健が引っ張っている映画ではありますが、田中 裕子は見事なサポート。
高倉 健と夫婦というには、少々、田中 裕子が若すぎるような気もしますが、そこは敢えて不問にしたい(笑)。

あくまでゲスト出演に近い形だとは思いますが、
デパートの物産展のいかめし屋の販売員の一人を演じた、佐藤 浩市は個人的にはミスキャストだと思った。
彼ぐらいのネームバリューのある役者が演じるにしては、あまりに役が小さ過ぎるし、
自分よりも若い年齢の上司に使われる中年男性というには、どうしても違和感が拭えない個性を感じさせる。

そういう意味で、降旗 康男が事前に計算していた部分もあれば、
計算できていなかった部分もあるのだろうが、キャスティング面では若干のミスマッチがあるのは事実だと思う。

いずれにしても、日本映画界を代表するスターの遺作となってしまった作品です。
個人的には、それに相応しい作品だと思いますし、決して否定的に捉えたくはない作品だ。
「ああした方がいい・・・」、「こうした方がいい・・・」ということはあるにはありますが、
そこに囚われず、高倉 健が自身のキャリアを賭けて、全身全霊で演じた素晴らしい最後の仕事だと思います。

しかし、現実問題として散骨は大変ですよね。
常識の範囲内であれば、というのはあるらしいですが、費用的にも法令的にも色々と障害はあるので、
本当に散骨を希望するのであれば、生前に遺族と相談しておくことが大切なことなのでしょうね。

(上映時間110分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 降旗 康男
製作 市川 南
   平城 隆司
   服部 洋
   見城 徹
   山本 晋也
   岩本 孝一
   冨木田 道臣
   宮坂 学
   吉川 英作
   笹栗 哲郎
   樋泉 実
   中井 靖治
企画 市古 聖智
   林 淳一郎
脚本 青島 武
撮影 林 淳一郎
美術 矢内 京子
編集 菊池 純一
音楽 林 祐介
照明 中村 裕樹
出演 高倉 健
   田中 裕子
   佐藤 浩市
   草なぎ 剛
   余 貴美子
   綾瀬 はるか
   三浦 貴大
   ビート たけし
   大滝 秀治
   長塚 京三
   原田 美枝子
   浅野 忠信