フライト(2012年アメリカ)

Flight

アルコール依存症、薬物中毒を抱えたまま、
機長として搭乗を続ける男が、乱気流の中、上昇を続けた後に制御不能に陥り、
奇跡的な腕を発揮して不時着をさせたことをキッカケに、苦悩のドラマが生まれるミステリー映画。

正直言って、これがあのロバート・ゼメキスの監督作品ということに驚いたのですが、
映画の前半と後半は、まるで違う映画であるかのようで、全体的にどうにもバランスが悪い。

さすがはロバート・ゼメキスの経験が生きたのは、
映画の冒頭約30分にわたって繰り広げられる、アトランタ空港へ向かうアメリカ国内線のフライトで、
大嵐の上に、猛烈な下降気流が入り乱れる乱気流の中、離陸を敢行する大揺れのフライトと、
その後、高度30000フィートで制御不能に陥り、ありとあらゆる手を尽くしながらも急降下に耐え、
住宅密集地域を避け、広大な空き地に旅客機を不時着させるまでのシーンは手に汗握る大迫力。

おそらくこの一連のシーン演出は、ロバート・ゼメキスでなければできなかっただろう。

映画のスケールとしては大きいし、なかなかの迫力のパニック描写だし、
ハリウッドを代表する黒人スターであるデンゼル・ワシントンが主演という映画なのですから、
00年代前半であれば、世界的なヒットとなっていたでしょうけど、日本でも大々的に宣伝していたにも関わらず、
残念ながら日本ではヒットせずに終わってしまいました。そういう意味では、「10年遅れてきた映画」と言えるかも。

結局、映画はロバート・ゼメキスが『失われた週末』や『酒とバラの日々』のような映画を撮ったら、
どうアレンジするのか?ということが主題になっているかのような内容で、あまり目新しさは無いですね。

あまり大きくヒットしなかった理由を探ると、こうして色々とあるのですが、
一番、決定的なのは、前述したように映画のバランスが悪いということだと思う。
主人公が薬物中毒ということもあって、ドラッグ・ディーラーが登場するシーンだけ違うテンションになるし、
今回のロバート・ゼメキスは欲張ったせいか、えらく主体性が無い映画であるように感じられます。

確かに見応えはある映画になっているのですが、
映画のクライマックスにしても、どこか収まりが悪く、どうにも訴求しない。
かつてロバート・ゼメキスが撮った映画の多くは、もっとしっかりドキュメントしている感覚があったのですが、
本作に至っては、どこか主人公の行動・言動のどこにフォーカスしたいのかが定まらず、どこか散漫になっている。

結局、アルコール依存症も薬物中毒も自力で治すことはできないという点だけは
フォーカスしている感はありますけど、本来的に本作はホントにそんなことを主題にしたかったのだろうか?

僕にはどうしても、作り手たちが社会派映画を撮ろうとしていたようには思えないし、
この映画でデンゼル・ワシントンが演じた機長に、強い思い入れがあって描いているようには見えなかった。
これが本作の大きなウィークポイントだと思う。結局、何をどう描きたかったのか、観客に伝わらないのです。

強いて言うなら、本作は上映開始30分ぐらいまでは、十分に観る価値がある。
かつて多くの航空パニック映画が製作されて、さまざまなアプローチがあったけれども、
本作でロバート・ゼメキスは真正面から離陸時の乱気流、そして墜落の危機までは描いているし、
主人公の機長の体調はともかく、墜落の危機に瀕し、乗員・乗客100名強の命を預かった操縦士が
どのような咄嗟の判断を重ねていったのかを、実に克明に描けているし、これだけ観れば傑作だと思う。

しかし、ここからは映画のエンジンがなかなか機能しなかった。
たぶんに主人公には様々な思いが錯綜する心理状態であったことは言うまでもないのですが、
アルコール依存症や薬物中毒との闘いを描きたいのか、不時着事故の検証ドラマとしたいのか、
はたまた薬物中毒に悩む女性との束の間の恋愛を描きたいのか、どうにもハッキリとしないんですね。

どう考えたって、ロバート・ゼメキスはそこまで器用なディレクターではないだけに、
これだけ欲張ってしまうと、どこを描きたいのかフォーカスし切れず、散漫な映画になるべくしてなったのです。

何度も言うように、映画の前半のパニック描写がとっても良かっただけにこれは勿体ない。
勿論、アルコール依存症や薬物中毒との闘いを描いてもいいとは思うんだけど、
あくまでロバート・ゼメキスらしく、不時着事故の検証を中心に描いた方が良かったと思うんですよね。

ロバート・ゼメキスは劇場公開当時のインタビューで、
「この映画の脚本の素晴らしいところは、登場人物が次にどんな行動をするのか、読めないところだ」と
コメントしていたらしいのですが、彼のこのコメントは映画に対して、悪い方向に機能しているようにしか思えない。
彼のコメントは的を得ているとは思いますが、さすがに映画の終盤にある、主人公がホテルの一室で苛まれる
大きな葛藤劇には、シリアスさが希薄でどこか笑えてきてしまうというのが、なんともアンバランスな気がする。

おそらく映画会社からも映画賞レースに絡むことを期待されていた企画だったことは
ほぼ間違いないと思うのですが、結果的に映画賞レースに絡めなかったのは、この辺でしょう。
個々の力はある映画だったのだけれども、どれもまとまらずに決め手に欠ける映画になってしまったことです。

しかし、この手の映画は英雄劇として扱われることが多い中、
アルコール依存症や薬物中毒を絡めて、そうはならない展開には目新しさは確かにあります。
これで映画の中身が充実していれば言うことなしだったのですが、ロバート・ゼメキスには次に期待ですかね。
何せ、僕もあまり意識はしていなかったのだけれども、ロバート・ゼメキスが実写映画を監督するのは、
なんと07年の『ベオウルフ/呪われし勇者』以来、5年ぶりとのことですから、シックリ来ないとこもあったかも。
(と言うか、『ベオウルフ/呪われし勇者』もほとんどCGで作ったような映画でしたね・・・)

出演陣は、ドラッグ・ディーラーとして出演したジョン・グッドマンはほぼチョイ役で、
個人的には狙い過ぎな感じで魅力を感じなかったが、薬物中毒から抜け出したいともがき苦しむ女性、
ニコールを演じたケリー・ライリーは好印象。これから規模の大きな映画で、たくさん活躍することに期待したい。

及第点レヴェルを抜け出ない映画ではあったけれども、
これはあくまで“撤退する勇気”を描いた映画である。まずは、映画の序盤で描かれた離陸シーン。
機長のアルコール依存症が影響していたかどうかはともかく、悪天候の中のフライトの危険性を考慮し、
安全飛行が確約できない条件であれば、「離陸を取り止める、或いは離陸空港に引き返す勇気」である。

ひょっとすると、整備不良があったとしても、
「離陸を取り止める、或いは離陸空港に引き返す勇気」があれば、この事故は起こらなかった可能性がある。
(乱気流によって、尾翼の故障を誘発してしまった可能性だってある)

それと、もう一つは「ウソを止める勇気」だろう。これは、この映画の主題でもある。
この主張をもっとハッキリと描いていれば、本作はきっと良くなっていただろうと思えるだけに、勿体なかった。

(上映時間138分)

私の採点★★★★★★☆☆☆☆〜6点

日本公開時[PG−12]

監督 ロバート・ゼメキス
製作 ウォルター・F・パークス
    ローリー・マクドナルド
    スティーブ・スターキー
    ロバート・ゼメキス
脚本 ジョン・ゲイティンズ
撮影 ドン・バージェス
編集 ジェレマイア・オドリスコル
音楽 アラン・シルベストリ
出演 デンゼル・ワシントン
    ドン・チードル
    ケリー・ライリー
    ジョン・グッドマン
    ブルース・グリーンウッド
    メリッサ・レオ
    ブライアン・ジェラティ
    タラマ・チュニー

2012年度アカデミー主演男優賞(デンゼル・ワシントン) ノミネート
2012年度アカデミーオリジナル脚本賞(ジョン・ゲイティンズ) ノミネート