フローレス(1999年アメリカ)

Flawless

騒々しいアパートで一人暮らしするベテラン刑事が脳卒中により右半身麻痺となり、
同じアパートに暮らすドラッグ・クイーンのラスティに歌のレッスンを頼むことになる様子を描いたドラマ。

監督は『バットマン フォーエヴァー』のジョエル・シューマカーで、
今回の作品は派手さは一切なく、むしろハッキリ言って、地味な路線の映画なのですが、
これがなかなか面白かった。クライマックスの悪党との対決など、まだまだ甘い部分もあるし、
映画の出来として考えても、荒っぽいところのある内容なのですが、それでも映画は腐っていません。

原題は「完璧な女装」という意味らしいのですが、
その原題が示す通り、本作の中では数人のドラッグ・クイーンが登場してきて、
映画は何故か不思議な空気を持ち始めます。ラスティを演じたフィリップ・シーモア・ホフマンは立派ですね。

あと、今更、大きな驚きではないことは事実だが、
主人公のベテラン刑事ウォルトを演じたロバート・デ・ニーロの右半身麻痺の芝居が、真に迫っている。
喋り方、動作の一つ一つ、どうしても日常生活に於いて生じる不自由な部分など、
彼は1シーンごとの芝居で、実に的確にそれらを表現できていますね。これは凄いことだと思う。

まぁ派手に笑わせてくれるほどギャグの応酬が観られる映画ではないのですが、
一つ一つの言動や仕草の積み重ねが、どことなく「クスッ」と笑わせてくれるイメージだ。

個人的には、映画のラストシーンで遺体として運ばれる死体に向かって、
ラスティの仲間のドラッグ・クイーンたちがテレビカメラそっちのけで、カバンなどを用いて、
軽く襲撃している光景を観て、それまでは我慢できていたのですが、ついに根負けして笑ってしまいましたね。

無駄なエピソードも一切許さず、実にタイトな時間感覚で撮られたという印象は持ちますね。
これはジョエル・シューマカーの仕事としては、極めて優秀な部類に入ることは間違いないと思う。

今までリハビリテーションを一つのテーマとして掲げた映画って、少ないのではないでしょうか?
僕は今まで本作のようなテーマを持った作品に、出会ったことがなく、新鮮に感じましたね。
特に最初はお互いに反目し合いながらも、次第に打ち解けあい、映画の終盤ではバディ・ムービーに
転じていく映画の展開なんかは、凄く上手いものだと感心しましたね。

アイデア勝負の映画という印象も受けますが、
ジョエル・シューマカーの書いたシナリオが凄く良く書けていたのでしょうね。
彼は93年の『フォーリング・ダウン』みたいに、たまに面白い映画を発表してくるもんだから、
意外に侮れない映像作家の一人ですね。02年の『フォーン・ブース』も、思えば彼の仕事でした。

ただ、一つだけ残念なところがあって、
ウォルトがタンゴ好きという設定で、毎夜のごとくダンス・クラブへ通っていたとされていて、
そこにいる2人の黒人女性と恋愛関係になるのですが、この2人の女性があまり活きてこない。

勿論、それなりに持ち場は与えられているのですが、
もう少しウォルトのリハビリに直接的に関わってくるようなエピソードがあっても良かったと思うし、
ドラッグ・クイーンがウォルトに恋愛アドバイスをするぐらいの“おせっかい”さがあっても良かったと思う。
(まぁ・・・これがなくとも、十分に“おせっかい”なキャラクターではあったが。。。)

本作は日本では、何故か拡大公開されず、アッサリと上映終了になってしまったのですが、
これは勿体なかったかなぁ〜。ひょっとしたら、もっとプッシュしたらヒットしたかもしれないのに・・・。

本作が公開された99年は『アメリカン・ビューティー』、『マルコビッチの穴』、『スリー・キングス』、
そして『ハイスクール白書/優等生ギャルに気をつけろ!』など一風変わった作品が数多く公開されたので、
本作なんかも、地味に新鮮な内容なのですが、それらの影に隠れてしまった感じですね。
言ってしまえば、劇場公開された時期が悪かった不運な作品といった感じです。

映画は脳卒中のリハビリでドラッグ・クイーンから、歌のレッスンを受けるエピソードと、
ギャングの元締めの金が何者かに奪われ、その正体をギャングが探すというエピソードを並行して描きます。
今まで、こういった観点の映画が無かったせいか、かなり新鮮に感じられ、優位性があると思います。

歌のレッスンのシーンもリハビリになってるんだか、なってないんだか、
正直言って、よく分からないのですが(笑)...ラスティの台詞一つ一つがなかなか面白い。

残念ながら、今となっては忘れられた感の強い映画ではありますが、
これは思わぬ“拾い物系映画”として、伏兵的存在の映画と言っていいと思いますね。

この映画でフィリップ・シーモア・ホフマンが演じたドラッグ・クイーンは、
あまりに傑出したキャラクターを造詣できているというのに、どうしてもっと賞賛されなかったのでしょうか。
個人的には彼が後に賞賛された『カポーティ』と比べても、明らかに本作の方が良かったと思うのですがねぇ。

それと、この映画はエンド・クレジットまで楽しませようとする姿勢が見えます。
こういう試みは、もっと他のディレクターも参考にして欲しいですね。

(上映時間110分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ジョエル・シューマカー
製作 ジェーン・ローゼンタール
脚本 ジョエル・シューマカー
撮影 デクラン・クイン
編集 マーク・スティーブンス
音楽 ブルース・ロバーツ
出演 ロバート・デ・ニーロ
    フィリップ・シーモア・ホフマン
    バリー・ミラー
    クリス・バウアー
    ウィルソン・ジェレマイン・ヘレディア
    スキップ・サダス