ファイヤーフォックス(1982年アメリカ)

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クリント・イーストウッドにとっては大きなチャレンジであったスパイ映画。

劇場公開当時、賛否両論であったと聞きましたけど、いやはやこれは僕は面白かったですよ。
それまでは西部劇か刑事映画というイメージの強かったイーストウッドなだけに、
当時の映画ファンからすると、埋められないギャップが大きかったところもあったのだろうと思いますけど、
映画の中盤までは緊張感溢れるモスクワへの潜入劇、映画の終盤は大迫力のスカイ・アクションで、
当時のイーストウッドの監督作品としては異例なぐらい、力のこもった展開でビックリさせられました。

特に21世紀に入ってからはイーストウッドの監督作品の出来が凄すぎて、
巨匠感溢れる存在になっていったのですが、本作みたいな映画をサクッと撮れてしまうという、
これくらいの感覚のときのイーストウッドも、僕は好きだなぁ。71年の『恐怖のメロディ』で監督デビューして、
丁度10年くらい経って、幾つかの監督作で経験を積んだ良い時期で、チャレンジ精神も旺盛だったのでしょうね。

本作の撮影にあたって、当時のイーストウッドは約1年半くらいヨーロッパ各地を
周ったらしく、そうして決まったモスクワを模したロケ地としてウィーンが選ばれ、アメリカでの撮影は勿論のこと、
自称“気象観測隊”との合流シーンはグリーンランドのチューレ空軍基地で撮影を敢行したようだ。

おそらく当時はイーストウッドの監督作品の潮流からチョット外れた作品だっただけに、
正当な評価が下らなかったような気がします。僕は逆にイーストウッドが撮ったスパイは新鮮に映りましたがね。

但し、時代性を考えると仕方ないにしろ、特撮シーンの出来映えはそこまで良くはないかな。
82年当時の技術力を考えても、個人的にはもっと上手く出来たのではないかと思います。
映画の終盤のスカイ・アクションにしても、主人公がモスクワの雑踏を歩くシーンの一部などでも
特撮を使っているのですが、もう少し工夫は必要だったかもしれません。どうにも違和感あるシーンが多かったですね。

そもそも、映画で描かれるソ連の最新兵器である“ミグ31”の機能を発揮されると、
世界の勢力図が変わるかもしれないので、ソ連の戦闘機に精通したベトナム戦争のPTSDに
悩む空軍兵士が招集されて、単身でモスクワに潜入させて、現地で軍人のフロをして“ミグ31”の格納庫に潜入し、
“ミグ31”を奪って、ソ連軍の追跡をかわしてアメリカへ自分で操縦して帰ってくるという設定がスゴい。

それだけではなく、“ミグ31”の航続距離がソ連の空域から脱出するには足りないので、
途中で給油するという任務まであって、これは76年に実際に発生した“ミグ25”を操縦して発生した、
ベレンコ中尉亡命事件をモデルにした原作らしいのですが、単純な亡命からかなり飛躍した物語だ。

言わば、この映画の前半はどうやって国に密入国するか?というテーマがあって、
映画の後半は一転してどうやって国から脱出するか?というテーマがあるわけで、一粒で二度美味しい(笑)。

個人的には主人公がモスクワに潜入して、現地の協力者と合流するエピソードが面白かったですね。
そもそもモスクワの空港で厳しい入国審査にあい、モスクワ市内の地下鉄に乗っては現地警察に追われ、
KGBに疑われ旅券に不備があると指摘され、下車駅での検問シーンの緊張感は特筆に値する。
これら一連のシーン演出は、イーストウッドのディレクターとしての能力の高さが為せるワザでしょう。

主人公がベトナム戦争でのフラッシュ・バックに襲われ、精神を病んでいるというのもキー・ポイントだ。
主人公は現代で言う、PTSDを患っており、潜入した先のシャワールームでもフラッシュ・バックに襲われる。
この心理状態から常に体調が悪そうに見えるのですが、KGBに聞かれた「体調が悪いのか? 怯えているのか?」
という質問が本質を捉えていて、こういった仕掛けにイーストウッドらしいエッセンスが感じられて嬉しいですね。

どちらの理由で汗をかいているのかが、よく分からないというのが面白いですね。

そんな精神状態でも、主人公はいざ戦闘機の操縦桿を握れば、冷静な顔つきに変わり、
次から次へと戦闘機の能力を試すように縦横無尽に操縦して、ソ連軍の追跡をかわすというのも痛快だ。
映画の前半と比較すると、インパクトは弱い気がするのですが、それでも終盤のドックファイトも上手く撮れています。

特撮はイマイチとしても、スピード感満点の迫力はあって、
雪に覆われた山間の地帯を“ミグ31”が低空飛行するシーンで、大量の雪を巻き上げる演出も良いですね。

まぁ・・・あんなゆっくり格納庫から出ていくというのに、
目の前にソ連の大佐たちが駆け付けも“ミグ31”の動きを止められないというのも不思議でしたけど、
やっぱり余裕の表情でコクピットを閉めて“ミグ31”を発信させるシーンは、ナンダカンダでカッコ良い。
この頃のイーストウッドはまだ若々しいルックスで、この役柄にピッタリだったと思いますね。

映画が少々、冗長な傾向にあるというのはイーストウッド自身も感じていたことなのか、
約10分強を編集し直してカットしたヴァージョンをアメリカ国内向けに作り直したものを製作しています。

おそらくイーストウッド自身、映画全体のバランスをとるのに悩んでいたのではないかと思います。
確かにオリジナル版の136分に及ぶヴァージョンは、やや説明を補足するかのようなシーンが多く、
特に主人公のアメリカでの訓練シーンなど、カットしても差し支えないシーンは多かったかもしれません。
この辺は編集段階でどう判断するかですが、この映画の一つの難点はやや冗長な傾向にあったことでしょうね。
しかし、これはイーストウッド自身も自覚していたのではないかと思いますし、編集でも悩んでいたのではないかと思う。

おりしも米ソ冷戦下に製作された作品であり、当時の話題性としては
ピンポイントだったのでしょうけど、約40年が経過した今になって観てみると、少々古臭い映画ではありますが、
少なくとも映画の中盤までのスパイぶりを描いた一連のシーンについては、再評価を促したいですね。
当時、良い興行成績をあげながらも、映画賞レースでは見向きもされなかったようで、なんだが不遇の作品です。

欲を言えば、悪役キャラクターというか...ソ連側の描き方が甘いんだよなぁ。
1人でもいいので、もう少しソ連側で目立つキャラクターを立てていれば、グッと米ソの攻防が引き締まって、
お互いに見どころの多い映画にできたと思うのですが、ソ連側のキャラクターを掘り下げなかったのはいただけない。

まぁ・・・イーストウッドがロシア人であるという設定で、潜入させるという発想自体に
無理があったとは思いますが、徐々に映画の中で政治を描くことにも興味が出てきたのか、
イーストウッドにとっては野心的な作品であったため、手探りで演出して、後悔のある部分もあるのかもしれない。

それでも、実に堂々たる作品の出来栄えです。
『カプリコン・1』が既に製作されていたので、ドッグファイトのシーンは『カプリコン・1』に負けますけど、
一方で“飛ぶ”ということにこだわりを持った作品として、『スペース カウボーイ』の前身にあたるものとして興味深い。

個人的には前述したコクピットに座って、制止しに来たソ連軍兵士を払いのけて、
悠然と格納庫から“ミグ31”を前へ進めていくイーストウッドのカッコ良さは、『ライトスタッフ』でサム・シェパードが
演じた名キャラクター、チャック・イエーガーに匹敵するカッコ良さだったと思います。これだけで十分に価値ある作品だ。

(上映時間136分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 クリント・イーストウッド
製作 クリント・イーストウッド
原作 クレイグ・トーマス
脚本 アレックス・ラスカー
   ウェンデル・ウェルマン
撮影 ブルース・サーティース
特撮 ジョン・ダイクストラ
音楽 モーリス・ジャール
出演 クリント・イーストウッド
   デビッド・ハフマン
   ウォーレン・クラーク
   フレディ・ジョーンズ
   ロナルド・レイシー
   ステファン・シュナベル
   ディミトラ・アーリス