さらば愛しき女よ(1975年アメリカ)

Farewell, My Lovely

レイモンド・チャンドラー原作の名作の2度目の映画化。

名探偵フィリップ・マーロウを主人公に、出所後の大男の恋人を捜索する仕事が、
やがては殺人事件へと発展し、マーロウ自身も危険な局面に陥る姿を描いたハードボイルド・ミステリー。

40年代のロサンゼルスの妖しい雰囲気を、見事な風俗描写により表現できている。
個人的にはこのディック・リチャーズというディレクターの手腕には懐疑的なのですが、
本作での彼の仕事は完璧ではないにしろまずまずだと思うし、本作は秀作と言っていいと思いますね。
確かにマーロウを演じたロバート・ミッチャムが賛否両論に陥り易い難役だったとは思いますが、
往年の名作でマーロウ像を造形したハンフリー・ボガートにも匹敵すると思います。

73年にロバート・アルトマンがレイモンド・チャンドラー原作を『ロング・グッドバイ』として発表しましたが、
僕はあの作品が大好きで、エリオット・グールドが演じたマーロウも大好きなのですが、
あれはまるで毛色の異なる、大袈裟に言えば、奇跡的な傑作だと思っていますので、
本作との単純比較はあまり大きな意味を為さないと思いますね。

僕はこの映画を観る前までは、映画史上、最も女性の誘惑の強さを表現できたのは、
『氷の微笑』でシャロン・ストーンが尋問中に、脚を組みかえるシーンだと思っていたのですが、
これは違いましたねぇ。世の中、もっと上がいるもんですねぇ〜(苦笑)。

映画の中盤、マーロウが訪ねた屋敷で出会ったシャーロット・ランプリング演じる人妻が、
マーロウを困らせるためにセックス・アピールを全開にするシーンが凄〜く強烈(笑)。
今まで僕が観た映画の中で、本作でのこのシーンが映画史上No.1のセクシーさですね(笑)。

シャーロット・ランプリングって、個人的にはあんまり好きな女優さんではなかったんだけども、
この映画での彼女を観て一変しました(笑)。セクシーなオトナの女性って感じで、完全にノックアウト!(←単純)

この映画は冒頭のオープニング・クレジットから、ひじょうに良く出来ていて、
ジャジーなミュージック・スコアに気ダルく描かれる人工着色された画面が、
この時代のロサンゼルスの夜の世界を、ひじょうに適確に表現できていたと思いますね。
この映画の風俗描写の大きな特徴の一つとして、夜のシーンが多用されていることがあるのですが、
これだけ昼間と表情の異なる夜の街の表情を、巧みに描けた例は数少ないですね。

ただ、個人的にはどうしてもこの映画を傑作とは呼べない。
それはどうしても映画として、押しが弱いというか、個性が弱いと言わざるをえないからです。
どうせやるなら、やっぱり『ロング・グッドバイ』のように開き直るべきだったと思う。
「撮りたいものを撮る」という映像作家として、本能的なエッセンスを加えた『ロング・グッドバイ』の場合は、
映画の中でマジックを起こしていると言ってもいいと思うけど、残念ながら本作にはそれが感じられない。

言ってしまえば、本作の場合は「雰囲気のいい映画だね」と褒めることはできるけど、
「これは傑作だね」と言うほど、出来の良い、奇跡的な作品というほどでもないということです。

だからこそ僕は原作本のあるシナリオを、映像化するということはとても難しいことだと思うのです。
原作本の面白さを映画に反映させることだけでもイージーではないのに、映画にする以上、
映像化することの意味を映画の中で見い出さなければなりません。それには映画の個性が必要なんです。

監督のディック・リチャーズは雑誌のカメラマン出身ですが、確かに映像センスは悪くない。
けど、残念ながらディレクターとして映画に特徴づけが今一つ上手くいっていない。
だからこそ彼は映画界で評価されず、すぐに映画界から去ってしまったのでしょう。
僕は彼が撮った77年の『外人部隊フォスター少佐の栄光』も観ていますが、どうも魅力を感じませんもの。
本作も傑作に仕上げるには、十分な土台があり、映画としての特徴づけができていれば、
傑作として今も尚、数多くの映画ファンから愛される作品と成り得たと思うのです。

前述したシャーロット・ランプリングのセクシーな存在感や、
脂の乗った中年探偵像をマーロウに投影するかのように演じるロバート・ミッチャム。
いずれも傑出した芝居と言ってもいいし、映画としての土台が揃っているだけにひじょうに勿体ないですね。

まだブレイクする前のシルベスター・スタローンが娼館の女将に雇われる男の役で登場してきますが、
画面に彼が映った瞬間に、一撃で彼と分かりますね。やはりスターはオーラが出ているのかも(笑)。
同じように僕がカメラに映っても、そうそう誰も気づいてくれません(←当たり前やん)。

何はともあれ、映画の雰囲気としては古臭い表現をすれば、実にイカしている。
しかし、これだけの雰囲気作りをしていたのだから、もっと個性的な描き方をして欲しかった。
何となくただ流動的に撮っていただけという印象が強く残り、そこに自身の特徴を乗せられなかったのは残念。

サスペンス好きよりは、ミステリー好きにウケそうな映画と言えるでしょう。
この映画のスタンスは74年の『チャイナタウン』によく似ていますしね。

(上映時間95分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ディック・リチャーズ
製作 ジョージ・パパス
    ジェリー・ピック
    ジェリー・ブラッカイマー
原作 レイモンド・チャンドラー
脚本 デビッド・Z・グッドマン
撮影 ジョン・A・アロンゾ
編集 ウォルター・トンプソン
音楽 デビッド・シャイア
出演 ロバート・ミッチャム
    シャーロット・ランプリング
    ジャック・オハローラン
    シルビア・マイルズ
    ハリー・ディーン・スタントン
    シルベスター・スタローン
    レインボー・スミス

1975年度アカデミー助演女優賞(シルビア・マイルズ) ノミネート