エデンより彼方に(2002年アメリカ)

Far From Heaven

これは観る前に、50年代ハリウッドで少しだけ流行した、
ダグラス・サークらのメロドラマを中心とした映画作りが、どんなものかを知った方が良いですね。

エドワード・ラックマンのカメラも素晴らしく、色使い、音楽、クレジットの表現など、
何から何までトッド・ヘインズは本作の中で50年代クラシック・ハリウッドの模倣を行っている。

でも、一つだけハッキリしているのは、トッド・ヘインズは本作を通して、
ただ単に50年代ハリウッド流メロドラマを再現して満足、というわけではなくって、
本来的な目的は全く別なところにあるだろうということで、これは騙されがちな点だと思う。

キャスティングも素晴らしく、誰もが50年代クラシック・ハリウッドな世界にハマっているのですが、
当時の映画と違うところはいっぱいあって、例えば黒人俳優がかなり大きな役で登場することだ。
当時、明らかにタブー視されていた黒人差別に関するエピソードがあり、かなり真正面から描いている。
それだけでなく、白人女性の黒人男性への淡い恋心がメインテーマとなっており、
こういったタブーは50年代ハリウッドではほぼ間違いなく描かれてこなかったテーマだ。

もう一つ、映画には大きな“軸”があって、
ヒロインの亭主フランクがホモセクシャルに悩み、男色行為に及んでしまうという要素がある。

これもまた、50年代はタブー視されていたファクターの一つであり、
同性愛についても映画の中ではほぼ間違いなく言及しなかったテーマであると言える。
しかしながら、本作はキスシーンを描くなど、映画のベースには異色となる描写を次々と導入し、
トッド・ヘインズはまるで50年代クラシック・ハリウッドというお面を付けたかのように、
当時はほぼ間違いなくタブー視されていたテーマを映画の中で次々とぶつけていきます。

この映画、僕が特に忘れられないシーンがあって、
主人公夫婦がバカンスにと訪れたマイアミのプールで、黒人ウェイターの息子がプールに入った途端、
お客の白人たちがプールから上がり、子供たちも引き上げさせるシーンが秀逸で、
ヒロインは白人たちが次々とプールから上がる異様な光景に違和感を覚えて唖然とした表情を浮かべる。
横のフランクは同じように唖然とした表情を見せているものの、彼の注目の先はプールの向こう側にいた、
同性愛者と思われる若者を見て、唖然とした表情を見せているわけで、2人の溝は決定的になる。

このシーン、おそらく本作の中で一番、皮肉で複雑なシーン演出だったと思うんですよね。

ヒロインのキャシーにしても、絵に描いたような素晴らしい女性像だ。
会社の重役である夫を支え、彼を一途に愛し続け、2児の母親としての役割を果たし、
ご近所付き合いも怠らず、雇った家政婦や庭師にも不当な扱い、振る舞いは絶対に行わず、
黒人差別には明確に反対し、黒人差別撤廃を目指す団体にボランティアを申し出る。

精神的に不安定になった夫が自分を求めずとも、表面的には落ち込むこともなく、
どんなに辛らつな言葉をかけられても夫を励まし、夫に殴られようとも夫に優しい言葉をかけちゃう。
「オイオイ! 殴られても優しい言葉をかけるなんて、どこが素晴らしいんだよ!」とツッコミを受けそうですが、
前後関係を考えると、このキャシーの言動がベストとは思わないけど、この言葉はキャシーの優しさが源。

おそらく傷ついていたであろうキャシーは本音や本心を隠しながら、
必死に何事も無かったように、そして誰もが幸せになれるように前へ進もうとします。
そんな彼女の前向きな姿、強さがスクリーンいっぱいに痛々しいまでに活写されていますね。

演じるジュリアン・ムーア、00年代前半のハリウッドでは超売れっ子女優状態でしたが、
そのネーム・バリューだけでなく、芝居の実力という意味でも申し分の無い素晴らしさです。
できることなら本作か同年の『めぐりあう時間たち』でオスカーをあげたかったですね。
(いつ受賞してもおかしくない上手さなんだけど、未だ受賞経験なしなんですよね・・・)

それからエルマー・バーンスタインの音楽も驚くほど50年代ハリウッドでピッタリ!
彼は04年に82歳で他界しましたので、本作での仕事が生前、最後の仕事ということになりますが、
これがまた見事な出来で、映画の大きな武器の一つとなっていることは間違いないですね。

それから、やはり色使いだ。これは近年の映画界を考えると、出色の出来映えだ。
特にダグラス・サークの映画をモチーフにした、“原色主義”とも言えるカラフルさが眩しいぐらいだ。
ひょっとしたら一部、CGも使っているのかもしれませんが、木々の存在感も際立っている。
一転して、ライティングを使わないブルーな色調に転じる、暗がりでのシーンも素晴らしい。
エドワード・ラックマンが撮影監督に起用できたというのは、ひじょうに大きかっただろう。

日本ではウケないタイプの映画であり、ハッキリ言ってマニア受けするタイプの映画ではあるのですが、
これは映画はひじょうに斬新なアプローチに基づいた内容で、出来はひじょうに良いと思います。

できることならば、観る前に予備知識を付けた方がずっと楽しめるとは思いますが、
欲を言えば映画にもう一つ訴求するテーマがあっても良かったかもしれない。
このままではさすがにメロドラマという点に帰結するだけで、せっかく同性愛や人種差別を取り上げた、
その積極的なアプローチが役立ったとは言い難い点に帰結してしまっている。これはチョット勿体ないと思う。

訴求するテーマが何か一つでもあれば、
映画の味わいも、日本での評価も少しは変わっていたかもしれませんね。

(上映時間107分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 トッド・ヘインズ
製作 ジョディ・パットン
    クリスティーン・ヴェイコン
脚本 トッド・ヘインズ
撮影 エドワード・ラックマン
編集 ジェームズ・ライオンズ
音楽 エルマー・バーンスタイン
出演 ジュリアン・ムーア
    デニス・クエイド
    デニス・ヘイズバート
    パトリシア・クラークソン
    ジェームズ・レブホーン
    ヴィオラ・デイヴィス
    マイケル・ガストン
    セリア・ウェストン

2002年度アカデミー主演女優賞(ジュリアン・ムーア) ノミネート
2002年度アカデミーオリジナル脚本賞(トッド・ヘインズ) ノミネート
2002年度アカデミー撮影賞(エドワード・ラックマン) ノミネート
2002年度アカデミー作曲賞(エルマー・バーンスタイン) ノミネート
2002年度ベネチア国際映画祭主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2002年度ベネチア国際映画祭金獅子・特別功労賞 受賞
2002年度ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2002年度全米映画批評家協会賞助演女優賞(パトリシア・クラークソン) 受賞
2002年度全米映画批評家協会賞撮影賞(エドワード・ラックマン) 受賞
2002年度ニューヨーク映画批評家協会賞作品賞 受賞
2002年度ニューヨーク映画批評家協会賞助演男優賞(デニス・クエイド) 受賞
2002年度ニューヨーク映画批評家協会賞助演女優賞(パトリシア・クラークソン) 受賞
2002年度ニューヨーク映画批評家協会賞監督賞(トッド・ヘインズ) 受賞
2002年度ニューヨーク映画批評家協会賞撮影賞(エドワード・ラックマン) 受賞
2002年度ロサンゼルス映画批評家協会賞主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2002年度ロサンゼルス映画批評家協会賞撮影賞(エドワード・ラックマン) 受賞
2002年度ロサンゼルス映画批評家協会賞音楽賞(エルマー・バーンスタイン) 受賞
2002年度ボストン映画批評家協会賞撮影賞(エドワード・ラックマン) 受賞
2002年度ワシントンD.C.映画批評家協会賞主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2002年度ワシントンD.C.映画批評家協会賞助演男優賞(デニス・ヘイズバート) 受賞
2002年度シカゴ映画批評家協会賞作品賞 受賞
2002年度シカゴ映画批評家協会賞主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2002年度シカゴ映画批評家協会賞助演男優賞(デニス・クエイド) 受賞
2002年度シカゴ映画批評家協会賞監督賞(トッド・ヘインズ) 受賞
2002年度シカゴ映画批評家協会賞撮影賞(エドワード・ラックマン) 受賞
2002年度シカゴ映画批評家協会賞作曲賞(エルマー・バーンスタイン) 受賞
2002年度トロント映画批評家協会賞主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2002年度シアトル映画批評家協会賞作品賞 受賞
2002年度シアトル映画批評家協会賞主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2002年度シアトル映画批評家協会賞監督賞(トッド・ヘインズ) 受賞
2002年度シアトル映画批評家協会賞脚本賞(トッド・ヘインズ) 受賞
2002年度シアトル映画批評家協会賞音楽賞(エルマー・バーンスタイン) 受賞
2002年度シアトル映画批評家協会賞撮影賞(エドワード・ラックマン) 受賞
2002年度サンディエゴ映画批評家協会賞作品賞 受賞
2002年度サンディエゴ映画批評家協会賞主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2002年度カンザス・シティ映画批評家協会賞主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2002年度ダラス・フォートワース映画批評家協会賞主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2002年度ダラス・フォートワース映画批評家協会賞撮影賞(エドワード・ラックマン) 受賞
2002年度フロリダ映画批評家協会賞主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2002年度フロリダ映画批評家協会賞撮影賞(エドワード・ラックマン) 受賞
2002年度サウス・イースタン映画批評家協会賞主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2002年度サウス・イースタン映画批評家協会賞脚本賞(トッド・ヘインズ) 受賞
2002年度フェニックス映画批評家協会賞主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2002年度フェニックス映画批評家協会賞監督賞(トッド・ヘインズ) 受賞
2002年度フェニックス映画批評家協会賞脚本賞(トッド・ヘインズ) 受賞
2002年度フェニックス映画批評家協会賞作曲賞(エルマー・バーンスタイン) 受賞
2002年度バンクーバー映画批評家協会賞主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2002年度インディペンデント・スピリット賞作品賞 受賞
2002年度インディペンデント・スピリット賞主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2002年度インディペンデント・スピリット賞助演男優賞(デニス・クエイド) 受賞
2002年度インディペンデント・スピリット賞監督賞(トッド・ヘインズ) 受賞
2002年度インディペンデント・スピリット賞撮影賞(エドワード・ラックマン) 受賞