遥かなる大地へ(1992年アメリカ)

Far And Away

私生活では、90年の『デイズ・オブ・サンダー』で共演して、秒速で結婚した、
トム・クルーズとニコール・キッドマンが、夫婦として初共演したアドベンチャー・ロマン大作。

あまり語られてはいないのですが、既に映画監督として名を上げていた、
ロン・ハワードがメガホンを取っており、地味に豪華な布陣で映画化された作品だ。

で、映画の出来はと言うと...あんまり良いとは思えないのですが、見方によってはスゴい映画だと思う。
まぁ、祖国アイルランドを捨てたかのように、フロンティア・スピリッツ丸出しで大西洋を渡り、
いざ夢見たアメリカの土地へとたどり着いたものの、ボストンでの暮らしは想像以上に苦しく、
町の顔役のような男に、酒場のボクサーとして雇われるものの、金儲けのダシに使われる始末。

紆余曲折を経て、新たな土地を求めてオクラホマへ赴き、
新たな土地を求める人々に混ざって、土地の争奪戦に参加することになります。

ベースにあるのは、アイルランドで土地を奪われた貧しい暮らしをしていた青年ジョセフと、
彼の土地を奪った大地主クリスティ家の娘シャノンとの、ある意味で“許されぬ恋”があるわけですが、
ロン・ハワードはコテコテの恋愛映画にならないように、上手い具合に歴史ロマンのエッセンスをブレンドしている。

恋愛の部分よりも、ドラマとしての方が楽しめる。この辺はロン・ハワードらしい手堅い仕事である。
こういう手堅い仕事を悪く言う人もいるけれども、ロン・ハワードの良さ・強みとは、こういう部分にあると思う。
言葉は悪いけど、作家性とか挑戦意識とか、そういうものに意識を強めたロン・ハワードには、僕は魅力を感じない。
彼はオーソドックスなフォーマットでありながらも、しっかりと見せる部分は見せることに徹底した仕事で魅力を放つ。

だからこそ、日常を描いた内容に、チョットばかりのコミカルさや、緊張感を与えた作品が魅力的で、
94年の『ザ・ペーパー』は大傑作だと思うし、世評で高く評価された01年の『ビューティフル・マインド』は集大成だろう。

そういう意味で、本作は確かにまだ色々なものが結実したとは言い難い。
ジョセフとシャノンの恋愛にしても、拳闘シーンにしても少しずつ甘さがあるし、映画も全体として起伏に乏しい。
もっともっとクライマックスの競争のシーンは、迫力と臨場感をもって描いて欲しかったところですね。

そうすれば、映画はもっと盛り上がったと思います。基本、そこに至るまでに時間をかけ過ぎです。

ヒロインのシャノンは「アタシはモダンなオンナなのよ!」と言い放っていますが、
根はやっぱりお嬢様。粗野なジョセフとの出会いで刺激を受けたようですが、もっとシャノンが進歩的で
野生児のような元気さがあるという設定の方が、この映画のシャノンのキャラクターとしては説得力がありますね。
正直言って、当時のニコール・キッドマンが演じるには、ジョセフと惹かれ合うということ自体が、説得力に欠ける。

オマケに映画の冒頭で、怪我をしたジョセフを何故か邸宅で治療してあげるというシーンで、
ジョセフを刺した張本人であるはずのシャノンが、突如としてジョセフに興味津々でベッドルームに現れ、
何故か全裸のジョセフの股間を隠すように置かれた桶を、なんとかしてズラして、“中”を見ようとするなんて、
これはこれでまるでギャグのようで笑うところなのかと思いましたが、作り手はいたって真面目に描いているようで
そのギャップが僕の中ではどうしても違和感としか思えず、映画の冒頭からどこか噛み合っていない印象です。

そんな調子で、「アタシの使用人としてついてきなさい!」とジョセフを鼓舞するのも、
なんだか突然の心変わりで、シャノンの本音がよく見えないのが、この映画にとってはマイナスに働いた気がする。

挙句の果てに、ボストンの売春宿で暮らすことになって、
ある夜に突然、「アタシ、キレイ?」と真顔でジョセフに聞くのも、なんだか変な展開だとは思ったが、
ジョセフはジョセフで真剣な表情で「世界中の誰よりもキレイだよ」なんて、そんなア●な・・・と呆れてしまった(笑)。

というわけで、この映画、僕はジョセフとシャノンの恋愛描写については、まったくダメだと思う。
これはこれで映画の核になる部分なわけですから、ロン・ハワードとしても大きさ反省材料だったのではないでしょうか。
ドラマ部分に注力すれば良かったのにとも思うが、確かにこの内容ではジョセフとシャノンの恋愛も重要な位置づけ。
だからこそ、映画の中で実生活の夫婦がイチャイチャしているだけのような印象を与えたのは、完全な失敗でしょう。

それでも、悪い出来の映画に陥らなかったあたりは、流石のロン・ハワード。
当時から既に、ポイントを押さえた映画に仕上げる能力に関しては、秀でたものがあったのでしょうね。

酒場でのボクシング・シーンも大事は大事だったのでしょうけど、
映画はここに特に時間をかけ過ぎて、特に嫌悪感を覚えるほどの暴力シーンでもないのに、
どこか中途半端な感じでボストンでの貧しい生活を描いてしまった。それで、突然、8ヶ月もスッ飛ばして、
オクラホマでの競争シーンの前夜に突入するのですから、構成も見直した方が良かったかなぁと思います。

しかし、それでも相応の見応えを作って、充実感ある仕上がりにしたのだからスゴい。
ロン・ハワードにどういう狙いがあって、本作を撮ったのかは分かりませんが、少なくともトム・クルーズは
89年の『7月4日に生まれて』など、当時はアメリカの歴史を振り返ることに興味があったようですので、
こういう開拓時代を描いた作品というのは、当時のトム・クルーズのやりたいことにマッチしたのでしょう。

これはトム・クルーズに好き放題やらせる映画にしないで、
最終的にロン・ハワードがまとめ上げたからこそ、そこそこの出来の映画になったと、僕は勝手に思っています(笑)。

トム・クルーズとニコール・キッドマンの夫婦共演作であるというのに、
劇場公開当時、あまりヒットすることなく、その後も半分、忘れられた作品のようになっている。
つまり、映画ファンの心にはあまり残らなかったというわけだ。ロン・ハワードの手堅い仕事ぶりではあるが、
やはり映画としてのインパクトに欠けるというところだろう。映画のラストシーンも心揺さぶる力強さはないですしね。

そういう意味では、シャノンの父が大地主であって、ジョセフの父親を脅していたわけで、
それでジョセフは恨んでいたわけですから、例えばロバート・プロスキー演じるクリスティは少々善人過ぎるし、
シャノンの許婚相手を思われるスティーブンにしても、もっと執拗に嫌な奴として描かないと、映画は面白くならない。

それどころか、映画の中盤ではジョセフとシャノンの貧しいボストンでの日々に
物語の焦点が移ってしまったので、実質的に退場状態で観客にとってストレスのかかる存在になり得なかった。

そんな穴だらけの映画ではあったと思うのですが、前述したようにそれなりの出来になったのは
ロン・ハワードの総合力そのものである。一つ一つのシーンを丁寧に描き、ギリギリのところで破綻させなかった。
物足りないところ、ああれば良かった、こうすれば良かったということはたくさんあるのですが、映画は破綻していない。
これはとてもスゴいことだと思う。映画監督としての“嗅覚”と、バランス感覚が飛び抜けて、優れている証明でしょう。

並みのディレクターだったら、こういう仕上がりにはなっていないでしょうね。
軽いハーレクイン・ロマンスみたいなテイストを交えながら、フロンティア・スピリッツを描いた歴史劇と思えば、
如何にもアメリカの方々が好きそうな題材で、破綻しないギリギリのところで踏ん張り、トータル的に上手くまとめた。

少々、ビジネスライクな言い方かもしれませんが、
当時のプロダクションもロン・ハワードには、こういう手堅さを期待して、安心して仕事を任せていたのでしょう。
80年代の監督作品からもヒット作が生まれましたが、90年代に入って映画監督として成熟しましたね。

そういう意味で、僕は本作の出来は良くはものの、
ロン・ハワードがイマイチな企画であっても、それなりの出来に収める能力があることを示した、
見方によっては優秀な作品なのだろうと思いました。ただ、それが興行的に成功だったら、良かったのだけど。。。

(上映時間139分)

私の採点★★★★★★☆☆☆☆〜6点

監督 ロン・ハワード
製作 ブライアン・グレイザー
   ロン・ハワード
原案 ロン・ハワード
   ボブ・ドルマン
脚本 ボブ・ドルマン
撮影 ミカエル・サロモン
音楽 ジョン・ウィリアムズ
出演 トム・クルーズ
   ニコール・キッドマン
   トーマス・ギブソン
   ロバート・プロスキー
   バーバラ・バブコック
   コルム・ミーニイ
   ブレンダン・グリーソン
   シリル・キューザック
   クリント・ハワード

1992年度ゴールデン・ラズベリー賞ワースト音楽賞 ノミネート