未知への飛行(1964年アメリカ)

Fail − Safe

これはお見事な秀作だ。
社会派監督シドニー・ルメットが描く、水爆投下をめぐる攻防を描いたサスペンス・スリラー。

57年に『十二人の怒れる男』で高く評価されたシドニー・ルメットでしたが、
60年代の彼の監督作はあまり注目されておりませんでしたが、本作は十分に注目に値します。

けたたましい喧騒の中で描かれる闘牛のイメージ・シーンに始まり、
緊迫感ある司令室や大統領とソ連首相の電話会談が繰り返され、衝撃のラストに帰結します。
米ソ冷戦が表面化し、一時的な緊張が高まっていたためか、本作はえらく暗い。

あくまで本作は極端な例ではありますが、
現実世界ではあり得ない政治的決断を大真面目に描いており、これはこれで一興だと思う。

完全に機械制御になった空軍のシステムからエラーが発生し、誤指令を受けた編隊。
彼らは搭載した水爆をモスクワをターゲットに投下するよう指令を受けたと解釈し、
当初から取り決められた外部からの口頭指令を一切、受け付けなくなってしまいます。
それが指令本部は誤指令であると把握していますので、映画の焦点は如何にして
彼らの行動を止めるか、或いは如何にして被害を最小限に食い止めるかになってきます。

敵軍からの妨害工作を防ぐために、一切の外部から口頭指令を受け付けないというシステムがネックで、
第二・第三の通信手段を残してこなかった施策が、大きな抜け道となってしまいます。

こういう最悪な状況になっても、
しっかりとした回避手段をとれるために“フェイル・セーフ”という概念が存在するのですが、
本作で描かれた合衆国には敵軍に対抗するための“フェイル・セーフ”はあっても、
自国内のミスを表面化させない、言わば自爆を防止する“フェイル・セーフ”がないんですよね。

この“フェイル・セーフ”という概念は今となってはスタンダードとなっており、
安全工学はもとより、経済学の分野においても応用されるようになってきました。
そりゃそうなんですよね。人間がコントロールする世界は特に、摂理で全てが構成されているわけではないので、
必ずと言っていいほど、“フェイル・セーフ”の概念がないと、万が一の事態に対応できなくなってしまいます。

本作と同じ年にスタンリー・キューブリックが、
『博士の異常な愛情』を発表しておりますが、本作も双璧を成す秀作と言っていいと思いますね。

特に本作の場合は、クライマックスのストップ・モーションの連続カットが
正に地球史に残る決定的瞬間を捉えるかのように観客を煽り、文字通り衝撃的なラストシーンになっている。
(勿論、『博士の異常な愛情』のラストシーンも十分に衝撃的で、お見事な傑作だったけど・・・)

ただ、僕は意外だったんですよね。シドニー・ルメットがこういうアプローチをしていることが。
もう少し恣意的な視点から映画を撮り続けている印象が強かったのですが、
少し突き放したかのように各登場人物を描き、究極の状況を作っていく上手さが光っていますね。
本作の場合は、ヘンリー・フォンダ演じる合衆国大統領でさえも、かなり突き放して描いている。

まぁ映画としては良く出来ているから、同じシドニー・ルメットの監督作としては、
75年の『狼たちの午後』なんかの方がずっと好きなんだけれども、それでも一連の作品群を観ていくと、
まるでシドニー・ルメットが「どう? これって良い映画だろ?」と自慢げに問いかけているようで、
こういう...言わばクドい彼特有のスタンスが、どうしても好きになれない人もいるだろうと思う。

ところが本作からは、そういった嫌味な部分というのは、大きく削がれているんですよね。

ただ個人的にはタカ派な政治学者を描いたウォルター・マッソーの扱いが好きじゃないなぁ。
どうせなら、彼をもっとメイン舞台で発言力がある役割にして欲しかったし、
いちいち横槍を入れているだけのような扱いで、映画の流れを阻害しているだけにしか見えなかった。
(まだ売れてない頃のウォルター・マッソーだから仕方ない扱いなのかもしれないけど・・・)

第二次世界大戦の負の遺産として残り続けるのは数多くありますが、
その中でも我が国日本が抱える最も大きな傷跡と言えるのは、やはり広島・長崎の原爆投下だと思います。

今尚、真珠湾攻撃も含めて多くの議論を呼んでいる事実はありますが、
僕はどんな背景があったとしても、数多くの市民が無差別的に巻き込まれ犠牲となった原爆投下という
凄惨な攻撃行為は許容されるものではないと考えております。そして二度と繰り返してはならないのです。

キューバ危機も含め、米ソ冷戦において救いだったのは核戦争に突入しなかった点です。
勿論、水面下では我々も知りえない政治的攻防があったのでしょうが、都市への原爆投下が無かったことは、
多大な波紋を呼んだ米ソ冷戦において、唯一、良かった点として考えても良いのではないでしょうか?
これは少なくとも、広島・長崎という大きな教訓があったからこそ、成し得たのかもしれません。

そういう意味で僕は、本作のようなフィクションの中でも、
広島・長崎の事例について触れられるというのは、とても良いことだと思うのです。

ありふれた意見と言われるかもしれませんが...
やはりこういう映画を観ると、原爆投下という歴史を風化させてはならないと強く思いますね。

(上映時間112分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 シドニー・ルメット
製作 マックス・E・ヤングスタイン
原作 ユージン・バーディック
    ハーベイ・ホイラー
脚本 ウォルター・バーンスタイン
撮影 ジェラルド・ハーシュフェルド
出演 ヘンリー・フォンダ
    ダン・オハイリー
    ウォルター・マッソー
    ラリー・ハグマン
    ソレル・ブーク
    ドム・デルイーズ