ものすごくうるさくて、ありえないほど近い(2011年アメリカ)

Extremely Loud & Incredibly Close

「9・11」で大好きな父親を失ったアスペルガー症候群を抱える少年の姿を描いたドラマ。

『リトル・ダンサー』や『めぐりあう時間たち』で評価されたスティーブン・ダルドリーが描く、
とてもデリケートな部分に触れるドラマなのですが、これは喪失を描いた作品としては少し物足りなかったなぁ。

正直言って、スティーブン・ダルドリーの映画って相性が悪いというか、あんまりシックリ来ないことが多いんだけど、
本作も作り手が何をどう描きたかったのかが分かりづらい構成のせいか、もっとシンプルに描いた方が良かったかも。

たまたま商談に訪れていた世界貿易センタービルで、そのタイミングで「9・11」と呼ばれる同時多発テロに遭い、
ビルに旅客機が突っ込んだ事故の影響でビルは倒壊。有名なツイン・タワーの2棟にそれぞれ1機ずつ、
旅客機が突っ込むという凄惨なテロに見舞われたわけですが、両棟合わせて2000人以上の死者を発生させ、
救助に向かった消防士や警察官も400人以上が犠牲となりました。僕も当時、たまたま観ていたニュース番組で
速報として北棟に1機が衝突したという報の生中継を観ていて、小さくなったテレビ画面の生中継映像にて、
南棟にもう1機が突っ込んだと見られる瞬間の映像を観ていた。未だにあの映像の衝撃は忘れられないですね。

あの時は、ここまでの多発テロだとは報じられていなかったので、世界貿易センタービルに2機が
突っ込んだことが確定した途端に、まだ数機の旅客機と交信ができずにハイジャックされた可能性があるとか、
未確認情報が飛び交っていたせいか、情報が錯綜していて、世界中が混乱していた記憶が強く残っていますね。

事実として、世界貿易センタービルだけではなく、アメリカン航空の旅客機がペンタゴンに激突した他にも、
ユナイテッド航空の旅客機がハイジャックされ、ピッツバーグの郊外に墜落するなど多発的なテロ事件でした。

事件の被害者家族という当事者でなくとも、これはショッキングなことで忘れられない歴史である。
それと同時に、もう二度と繰り返してはならないことであり、どのような理由があってもテロは許されることではない。
本テロも、イスラム過激派アルカイダの犯行と特定され、アメリカはイスラム過激派に報復をすることになります。
長い時間をかけて掃討作戦なども展開され、2011年には指導者とされるビン=ラディンが殺害されるなど、
終止符が打たれるトピックスはありながらも、未だに中東情勢は不安定で、新たな問題も生まれています。

それくらい、衝撃的で忘れられない事件だからこそ、被害に遭った方々には様々な事情があったでしょう。
本作で描かれたことはノンフィクションというわけではないだろうが、アスペルガー症候群を抱える息子に
冒険の“課題”を与え全身全霊、一生懸命に愛する息子に接し続けた父だったからこそ、そんな父の喪失は
息子にとっては大きな出来事であったはず。ましてや、最後のメッセージに触れてしまったからショックは大きいはずだ。

父としては、家族に自分の声を聞かせて安心させたかったはずであり、
話すことで絶体絶命の窮地にある自分自身も落ち着かせたかったはずだ。半ば死を覚悟しなければならない
絶望的な状況で、自宅の留守電にメッセージを録音するということ自体、どんなにツラいことだろうかと想像を絶する。

そして、思いもよらず父のラスト・メッセージを聞き、強いショックを受けてしまい、
更に心を閉ざすかのように母親にツラく当たり、亡き父の姿を追い求めるように父が残した遺品に含まれた、
謎のカギの正体を探りに、ニューヨーク市に暮らす大勢の“ブラックさん”を訪ねて、父の足跡を辿っていきます。

この父は当然、息子にとってはかけがえのない存在であり、数々の“冒険”をさせてくれていた。
もっとも、息子はアスペルガー症候群(自閉スペクトラム症)を抱えていると把握しつつも、可能な限り色々な世界を
息子に見せ、外の世界からの刺激を与えたいと思っていたからで、息子を愛する気持ちはもの凄く強かったでしょう。

そうなだけに、ワールド・トレード・センターで突然の旅客機の衝突に遭遇し、
ビルの途中の階が燃え盛る中、避難路を失い、何が起こっているかも分からず、ただ待機を強いられてしまい、
やっとの機会を得た電話で家族に無事を伝えた父親が、どんな想いでビル内で倒壊までの時間を過ごしたかと思うと、
胸を締め付けられます。自分の死が近い存在に感じられる焦りの中で、どんなメッセージを送るべきか考えたのだろう。

それを直接的に留守電に録音される父親のメッセージを聞くことになった主人公の心情も、想像を絶する残酷さだ。

そんな少年の“冒険”を、言葉を発することができない祖母のアパートの“間借り人”を演じた、
ベテラン俳優のマックス・フォン・シドーが優しく見守る姿が良い。この“間借り人”の存在は、本作のオアシスだ。
そういう表現になってしまうほど、僕には本作がとても心のデリケートな部分に触れる作品だと感じてしまった。
正直言って、プライベートなどで傷心状態のときに本作のような映画と触れない方がいいような気がしています。

決して後ろ向きな映画ではないし、あくまで心の傷をどう癒していくのか、という点がメインテーマなんだけど、
本作で本来的に描きたかったことは、唯一の友人と言っても過言ではないくらい近い存在であったはずの
父親の喪失という、あまりに主人公の少年にとって重た過ぎる出来事であるために、前向きになることが難しいから。

「9・11」だけではないにしろ、こういった無差別テロというのは、こういった悲劇を数多く生んでいます。

特にこの映画の主人公を取り巻く環境を思うと、父親の突然の喪失はとても大きかったのだろうと思う。
心の準備をする期間を与えられても、肉親の死を受け入れることは容易ではないのに、突然の死であれば尚更だ。
本作でのスティーブン・ダルドリーは、こういったドラマティックな描き方をできるエピソードも実に淡々と落ち着いた、
静かなシーン演出を心掛けていて、いつもの調子ではあるのですが、これは良いアプローチだったと思います。

彼が描きたかったことはよく分かるし、なかなか収拾のつかない気持ちの整理を少しずつつけながら、
次へと向かっていく姿を描きたかったのだろうけど、本作の中で明確な答えを描こうともしない。これは賛否あるだろう。

前向きになれる答えを描こうとはせず、あくまで現在進行形で自然体なラストなのですが、
それは悪くないとは言え、本作の場合は僕にとっては微妙なラストだった。もっと前向きなメッセージでもいいし、
もっと訴求するメッセージでもいい。何か一つでいいから、観客の心を揺さぶる“仕掛け”があっても良かったと思う。
ありのままの自然体なラストを意識するあまり、どこか平坦で起伏のない映画に見えてしまったのは僕だけだろうか?

そこそこクオリティの高い作品だと思うし、難しいテーマに挑んだ野心的な部分のある作品だからこそ、
個人的にはもっと評価されても良かったと思うし、「9・11」だけではなく親の死という人生で小さくはない喪失に
特化して描いた作品として、意義深い作品と思えるからこそ、もっと直接的に心揺さぶるシーンが欲しかったなぁ。
これが僕の中での本作の物足りなさにつながったのかもしれない。決して悪い映画ではないだけに、少し勿体ない。

主人公の少年を演じたトーマス・ホーンはよく頑張っています。インパクトの強い好演ですね。
いろんなことが押し寄せてきて、ややパニックを起こしそうになって心に蓋をする表現であったり、
行き場のない苛立ちを抑えられないなど、実に難しい表現を求められる役どころでしたが、見事に演じ切っている。

そんな彼を温かく見守る大人たちが、時に優しく、時に突き放すような感じで、丁度良い塩梅ですが、
やっぱり主人公の母との葛藤含めたやり取りが素晴らしい。少年が出掛ける時に、夫の死に悲しみに暮れつつも、
息子のことを心配していながらも、上手くコミュニケーションがとれず、玄関越しに息子と無言のコミュニケーションをとる。

派手さはないけれども、実に良いシーンだ。これくらいの力を持ったシーンが、終盤にも欲しかったなぁ。
決して観客の“お涙頂戴”である必要はないのですが、そういうシーンがあれば、本作の決定打となったはずだ。

日本では「9・11」のようなテロではありませんが、2011年に起きた東日本大震災で
突如として家族の命が奪われてしまった事例が、数多くありました。亡くなった多くの方々は当然のこと、
残された方々にとっても、この上なくツラく大変な日々を強いられたのでしょう。気力を失った方もいたことでしょう。

そういう意味では本作のテーマって、「9・11」に特化した映画というわけではないと思いますね。

ただ、ツラいことがあった後には本作はより重たい映画に感じるかもしれません。
最終的に描かれることは再生ではあるのですが、明るくスッキリという感じではなく、あくまで少しずつという感じなので。
それは勿論、父の足跡を追うかのように、鍵の謎を解いたからといって、全てが晴れるわけではないですからね。

シンプルに構成した方が良かったかも・・・と偉そうに講釈たれましたが、
スティーブン・ダルドリーが狙っていたのは、むしろこういった経験から置かれる境遇の複雑さだったのかもしれない。
なので、観客の視点によっては印象の良し悪しが大きく左右されてしまうタイプの作品なのかもしれません。

(上映時間129分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 スティーブン・ダルドリー
製作 スコット・ルーディン
原作 ジョナサン・サフラン・フォア
脚本 エリック・ロス
撮影 クリス・メンゲス
編集 クレア・シンプソン
音楽 アレクサンドル・デプラ
出演 トーマス・ホーン
   トム・ハンクス
   サンドラ・ブロック
   マックス・フォン・シドー
   ヴァイオラ・デイヴィス
   ジョン・グッドマン
   ジェフリー・ライト

2011年度アカデミー作品賞 ノミネート
2011年度アカデミー助演男優賞(マックス・フォン・シドー) ノミネート