アルカトラズからの脱出(1979年アメリカ)
Escape From Alcatraz
1962年に実際に起きた、脱獄不可能と言われたアルカトラズ島刑務所から脱獄した、
囚人フランク・モリスの実話を名匠ドン・シーゲルとイーストウッドのコンビで映画化したサスペンス。
あまり派手に盛り上がる映画ではありませんが、これはドン・シーゲルの職人芸の塊のような作品だ。
まず、映画の冒頭から良い雰囲気だ。ブルース・サーティースが映す、大都市サンフランシスコの夜景から
ゴールデン・ゲート・ブリッジへとカメラは移動し、不気味に君臨するアルカトラズ刑務所を映したかと思いきや、
ワンカットでアルカトラズ島への船に乗せられるイーストウッドのカットになだれ込む。この冒頭から最高なカットだ。
実在のフランク・モリスは収監されてから2年間かけて、脱獄の準備を行っていたようで、
映画で体感的に流れる時間軸とは、大違いだったようなので、この辺は多少なりとも脚色するなりして、
もう少し工夫しても良かったと思うのですが、ただ淡々とフランクと彼の仲間たちが脱獄の準備を行うのが興味深い。
ただ、問題は映画の後半の脱獄のシーンがあまりに上手くいき過ぎたという印象はありますね。
派手なアクション・シーンがあるわけでも、もっともらしいピンチがあるわけでもないので、トントン拍子で進んでいく、
そもそも刑務所に入れられるようなことをやったので、フランクも脱獄するのを賛美するのは
どうかと思うのですが、それでも普通に考えて、脱獄するってことはとてつもなくプレッシャーがかかることだと思う。
だって、失敗は許されないことですし、入念に計画しないとほぼほぼ確実に成功しないということですからね。
それはとてつもないプレッシャーですよ。そのプレッシャーが本作の中で表現できていたかと言うと、そこは弱いと思う。
強いて言えば、通気口を破壊することに成功して、屋根裏から屋上への脱出を目論むものの、
屋上への穴が高いところにあるということで作業しづらいことはピンチと言えば、ピンチかもしれませんが、
たいしたピンチではなく、緊張感が高揚しない。この緊張感はドン・シーゲルなら、もっと上手く演出できたはずだ。
惜しかったのは、あれだけ脱獄に同行したがっていた隣の囚人が、いざというときに怖気づいたことで
それでも途中から思い直して、ただ一人でかなり遅れて点検口から屋根裏に侵入し、追いつこうとするも
フランクらは先に行ってしまうというシークエンスで、もっとこの遅れた囚人がフランクの計画の足を引っ張って、
観客にとってストレスとなるような存在として、映画をかき乱す存在にして欲しかったなぁということですね。
それでも、本作で象徴的なのは強権的な振る舞いをする刑務所長の存在だろう。
他の刑務所で脱獄を繰り返していたフランクの入所には目を付けていて、所長はフランクに警告します。
映画の中盤にあるのですが、絵を描くことを許されていた一人の年老いた囚人が、コッソリと刑務所長の肖像画を
描いていたことを、抜き打ち検査でバレたことで刑務所長の反感をかい、彼は許されていた絵画を禁じられます。
失望と怒りに似た感情を持った、この年老いた囚人は突如として作業場で刃を持ってきて、
いきなり作業台の上に自分の指をぶった切るシーンが強いインパクトを残す。このシーンだけがスゴいインパクトだ。
実際にこんなことがあったのかは知りませんが、フランクにとっては大きな出来事であり、脱獄を決意させるものでした。
もう一人、フランクがアルカトラズ島刑務所に入所して最初に知り合ったリトマスという
ネズミを飼ってるオッサンが刑務所長に腹をたてて心臓発作を起こすものの、それを目の当たりにした所長は
菊の花を握り潰して、心無い捨て台詞を吐いて立ち去ることもフランクが脱獄へ向けて、突き動かされるのです。
リトマスからは刑務所内の構造を教えてもらったからこそ、フランクにとっては大きな存在だったのでしょう。
だからこそ、フランクは自分のためではなく他の囚人のためという、妙な使命感を持っていたニュアンスもある。
事実として、フランクの脱獄がキッカケでおそらく強権的な刑務所長は解任されただろうし、フランクの脱獄の数年後に
アルカトラズ島刑務所は閉鎖され、収容されていた囚人たちは違う刑務所へ移動させられることになったようだ。
まぁ、前述したように僕個人の意見としては、罪を犯して罰として収監されているのだから、
そんな妙な使命感も含めて、フランクの行動自体が誇れるものではないと思っているのですが、これはあくまで映画。
常識的な意見ではないかもしれませんが、あまりそういう倫理的な部分に囚われると、本作は成り立ちませんね。
なので、シンプルにフランクの脱獄への準備と、実行を楽しむことに注力した方が賢明だと思いますね。
用意周到に作業場から少しずつ物品を盗んできて、コツコツと脱獄に使う道具を作って、
思いのほか手作り感いっぱいに脱獄を進めていくフランクですが、アルカトラズ島から近くの別な島へ行くのに
レインコートをツギハギして救命胴衣のようにしていくのですが、あれで溺れずに逃げ切れるとは何気にスゴい(笑)。
実際、アルカトラズ島自体がサンフランシスコから2.4km離れた小島だったというから、
ここから船などを使わずに自力で着衣遊泳で逃げるというのは、この上なく過酷なことなのは明白です。
結局、脱獄を試みたフランクらが刑務所から出ることには成功しましたが、この後の消息は全く不明とのことですから、
ひょっとしたら、海を渡り切れなかったのかもしれない。この環境からの脱獄なので、相当な覚悟が必要だったはずだ。
現実にフランクは工作活動をする時間を捻出するために、自分のベッドに人形を置いて、
刑務官の目を欺くということやったらしいのですが、映画の中で登場した人形の完成度はチョット低いですよね(笑)。
実際にフランクが使った人形の写真を見ましたけど、その人形はかなり完成度が高いように見えた。
それでもよく見れば、正体が分かるような気もするのですが、警戒心の薄い刑務官であれば騙されたのかも。
脱獄不可能と言われたアルカトラズ島からの脱獄のポイントが、このような古典的手法だったというのが面白い。
こうして実際に脱獄に成功したフランクの消息は、ここで途絶えてしまっているがために
未だに脱獄後のフランクについては諸説ある。本作はあくまで脱獄がテーマなので、“その後”は一切描かれません。
この辺もドン・シーゲルの職人気質なところで、変に色気を出さずに脱獄に注力したことは賢かったなぁと思った。
そして、どうでもいい話しですが...全裸で独房に入っていくイーストウッドを撮れたのも、彼だからだろう(笑)。
本作撮影当時のイーストウッドは、50歳になる手前というところだったのですが、肉体が若いですね。
特段、本作の撮影にあたって鍛えたわけではなさそうですが、中年太りしていた腹周りは見えず、引き締まっている。
まぁ、映画の焦点をフランクの脱獄だけに絞ったことは賢かったとは思います。
ドン・シーゲルはアクション映画を撮ることに定評があるのですが、本作ではあくまで脱獄だけにフォーカスしている。
気味の悪い囚人“ウルフ”との絡みはほどほどにしたのも賢く、物語の焦点がブレないように気を配っている。
おそらく、もっと周辺エピソードで描きたいことはあったのではないかと思いますが、これくらいが丁度良いですね。
どうでもいい話しですけど、映画の序盤で何故、刑務所長が自分のオフィスに
フランクを呼び寄せてアルカトラズ島刑務所の要塞性を説明して、脱獄に釘を刺したのかが謎ですね(笑)。
他の刑務所で幾度となく脱獄を試みて、アルカトラズへ送られてきたために所長も警戒していたからこそ、
敢えてフランク本人に直接、警告したかったのだろうけど、わざわざフランクを自分のオフィスに連れて来させるなんて、
刑務所の中の構造を説明しているようなもので、脱獄のヒントにしてしまうようなもので、全くの謎なんですよね・・・。
そういう意味では、冷酷な性格で囚人たちからも疎まれている存在である所長だったはずなのに、
あんまりこの所長も、世界にその名を轟かせる脱獄不能で知られるアルカトラズ島刑務所の所長とは思えぬほど、
管理が杜撰な感じで、フランクらがいとも簡単に脱獄を成功させてしまうという結果に、真実味はあるかもしれない。
この辺は、もっと難攻不落で隙の無い刑務所として描いて、難関であるからこそ成功したときが
痛快であるという基本的なセオリーに基づいて描いて欲しかったなぁ。ドン・シーゲルの演出は良いだけに勿体ない。
(まぁ、こんな調子だから、あの不気味な人形という程度の身代わりにも騙されてしまったのだろうが・・・)
所々で残念な部分はあるのですが、それでも本作は脱獄をテーマにした映画の基本であり、
後年の映画界に与えた影響力も強く、ドン・シーゲルの職人芸のような演出が見られる、最後の作品かもしれない。
それにしても・・・映画の序盤にフランクが最初に食堂で食事するシーンがあって、
そこで初めてリトマスと出会って向かい合って食事をして、“ウルフ”から好奇の目に晒されることに気付くのですが、
このシーンで彼らが食べているパスタがあまりに美味しくなさそうで印象的。食事を映した映画というのは多いが、
これだけ食事がホントに美味しくなさそうに映した作品というのも、おそらく珍しいものではないかと思いました。
(上映時間111分)
私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点
監督 ドン・シーゲル
製作 ドン・シーゲル
原作 J・キャンベル・ブルース
脚本 リチャード・タッグル
撮影 ブルース・サーティース
音楽 ジェリー・フィールディング
出演 クリント・イーストウッド
パトリック・マクグーハン
ロバーツ・ブロッサム
ジャック・チボー
フレッド・ウォード
ポール・ベンジャミン
ラリー・ハンキン
ブルース・M・フィッシャー
フランク・ロンジオ
ダニー・グローバー