イナフ(2002年アメリカ)

Enough

もう...あれだねぇ...家庭内暴力癖のある男って、なかなか直らないもんだよなぁ。。。

トンデモないDV男と結婚し、更に家庭の平穏や娘を心配して告訴を嫌ったがために、
法に訴えるタイミングを逸してしまい、陰湿な手を使ってでも執拗に追ってくる夫の魔の手から、
必死に逃げ回り、反撃の機会をうかがう妻の姿を描いたサスペンス・スリラー。

まぁ映画では詳しく夫ミッチの素性が描かれていませんでしたから、
そもそも彼がどんな生い立ちで、どんな家庭環境に育ち、どんな学歴があって、
どんな職業に就いていて、どんな交友関係があるのかよく分からない。

オマケに妻スリムとの出会いのキッカケは描かれるけれども、
どうやって彼女と結婚にまで至り、どうやって娘が幼稚園に入園するぐらいまで、
表面的には円満な家庭を築いていたのかも、よく分からない。この辺は全て、大幅に端折っています。
これは映画としてマイナスかな。僕は全てとは言わずとも、描くべきところは、もっとあったと思う。

そう、この映画、僕には大きな疑問があって、
どうして娘がある程度、成長するまでミッチの家庭内暴力癖が表面化しなかったかということだ。
僕が観る限り、(あまり真剣に議論する必要のない映画ではあるが...)ミッチはトンデモないDV男だ。
妻スリムに暴力を振るってしまったことを反省もせず、挙句の果てには命の危険をも示唆する始末。
彼女を保護しようと立ち上がった人々までをも脅し、警察も抱き込み犯罪行為も躊躇しない。

どうやら両親も金持ちらしいから、甘やかされて育ってきたのだろう。
一見、ミッチの母親もスリムに味方するようだけど、実はミッチの後ろ盾となっているのは事実。

もうこんな男だから、チョットでも気に入らないこと、計画や予定と違うことが起こると、
すぐに発狂して怒り出し、スリムに暴力を振るっていたに違いない。
ところが、娘が成長し、初めて妻にしつこく浮気を叱責されたことに腹を立て、暴力を振るったのです。
なかなか直らないDV癖ですが、よくもまぁ・・・このミッチという男はそんな性格を数年間も隠したもんです。
そんな衝動を数年間も押さえ付けるぐらい、スリムという女性には何かがあったのだろうとしか思えないのです。

僕はその何かを、キチッと映画の中で示唆すべきだったと思う。
「それは愛かな...」みたいな曖昧なことを言っていましたが、僕にはそれは信じられません。
いや、別に映画ですから、その言葉が真実であっても構わないのですが、要は説得力が感じられないのです。

要点を言えば、ミッチにとってスリムが如何に大切な存在であるかを、
映画の中で力強く主張し切れていないと思うんですよね。これって、本作にとっては凄く大切なことだと思います。

映画は前半と後半でえらく調子が異なって、少しギャップを感じます。
単一で観れば悪くないのですが、映画の後半でミッチに直接、戦いを挑むシーンはチョット飛躍し過ぎたかな。
まぁあれだけ執拗な男ですから、道義的には制裁が必要なのですが、結果としては過剰防衛になってしまう。
どんな事情であれ、このラストを受け入れられない人も少なくはないでしょう。
(まぁ70年代の映画なら、似たようなラストにする映画は多かったでしょうがね...)

僕は映画の前半から中盤にかけての展開はまずまず悪くなかったと思う。
特にミッチが仕事に行っている間に逃亡すればいいのに、無理して深夜に出て行こうとするのが良い(笑)。

そこからどんな手を使ってでも妻と娘を取り戻そうとするミッチの凶行に脅えながら、
次から次へと手を尽くし、各地を転々としながら娘との生活を取り戻そうとするシークエンスは良い。
サスペンス描写の基本的なところはできているので、画面にまずまず緊張感があり、映画が安定している。

映画のオープニング・タイトルからシェリル・クロウの『All I Wanna Do』(オール・アイ・ウォナ・ドゥ)を流し、
テンポ良く映画がスタートするものだから、映画の前半はサクサク観れちゃう印象は残っています。
まぁ後半の展開も、これはこれで好きな人がいるでしょうが、僕は後半はイマイチだと感じましたね。
まるでメガホンを取っている人が変わったのではないかと心配になるぐらい、映画のトーンが様変わりします。

主演のジェニファー・ロペスは本作製作当時、映画女優としてブレイクしていた真っ最中でしたが、
本作は彼女のようなタイプの女優さんが出演するような類いの作品にしては、かなり野心的な内容だと思う。

そしてトンデモないDV男ミッチを演じたのがビリー・キャンベル。
「誰だ、この最低最悪な男を演じたのは。ホントに憎たらしいなぁ〜」と思っていたら、
彼は91年の『ロケッティア』に主人公の青年を演じていた役者だったんだと知って、何故か二度ビックリ(笑)。
『ロケッティア』以降、あまり目立った活躍がなかったものですから、久しぶりの表舞台に思えます。

本作を観て思い出したのは、何故かチャールズ・ブロンソンの『狼よさらば』。
法や警察が自分たちを守ってくれないと悟った以上、自警団の考え方から自らが処刑人となるイメージ。
本作のスリムは自らトレーニングを受け、見事、問題に対処することに成功しましたが、
これはあくまで映画の話しであって、現実的にDV問題は警察の介入を受けるべきです。

残念ながら今や女性にもDV癖がある人がいるみたいですが...
DV癖のある人は黙っていても、それが改善されるわけではないし、DVが当たり前だと思っています。
最初は軽い暴力だったとしても、それが瞬く間にエスカレートし、やがては外傷が残るようになります。
勿論、その間、心の傷は蓄積されていくばかりで、周囲のヘルプも必要になってくるでしょう。
DV癖のある人はズルいもので、いろんな言い訳を付けてきますから、ハッキリとした証拠を押さえて、
勇気を持って警察や司法の介入をできるだけ早い段階で受け入れるべきなのです。

とは言え、そう簡単に警察に相談できる状況にある人が全てではないでしょうから、
やはり親類や友人、近隣の住民のヘルプがどうしたって必要な状況って、あると思うんですよね。

現に本作のスリムも対応を誤ったために、命を狙われるハメとなり、
司法に訴えるタイミングを逸して手詰まりとなり、自らミッチに立ち向かわざるをえなくなります。
色々な考えがあって、隠したい、我慢しなきゃという願望があるのは分かりますが、いち早い決断が望まれます。

とまぁ・・・DV問題について改めて考えるには、良い教訓になる映画ですね。

(上映時間115分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 マイケル・アプテッド
製作 ロブ・コーワン
    アーウィン・ウィンクラー
脚本 ニコラス・カザン
撮影 ロジェ・ストファーズ
音楽 デビッド・アーノルド
出演 ジェニファー・ロペス
    ビリー・キャンベル
    ジュリエット・ルイス
    テッサ・アレン
    ノア・ワイリー
    ダン・ファターマン
    フレッド・ウォード

2002年度ゴールデン・ラズベリー賞ワースト主演女優賞(ジェニファー・ロペス) ノミネート