ミツバチのささやき(1973年スペイン)

El Espiritu De La Colmena

いやいや、これは凄い映画ですねぇ。
何と言っても、強烈なまでのヴィクトル・エリセの本能的な才能に圧倒されてしまう。

正直言って、この映画でのヴィクトル・エリセはどこまで計算して、
この映画を撮っているのかが分からない。ただハッキリしているのは、多くを語らず、
子供たちの世界を、少し突き放したかのように描き通したということですね。

おそらく仰々しい内容の映画は、当時のスペインがフランシス・スランコによる独裁政治だったため、
厳しい検閲もあっただろうし、撮れなかっただろうと察するのですが、これが良かったのかもしれませんね。

何事も「必要最小限」、「一事が万事」、これらの合言葉が常に意識されているようで、
やはり当時のスペイン映画の事情として、強いメッセージ性を露骨に持った映画を回避する傾向があったため、
ほとんどの映像作家が暗喩的な表現を磨いたりしており、また、資金的に多額な資金を投入できなったことから、
自然光をそのままライティング代わりに利用するなど、華美な映画にならない要素が普通にあったわけですね。

皮肉にも、これが恐怖政治が生み出した副産物なのかもしれませんね。

よく、この映画のことを詩的な映画と形容する論調がありますが、
僕はこの映画に詩的なニュアンスがあったかどうかは、断言できません。
多くの映画ファンが色々な観点から評価し、色々と議論する中で多くの方々が解釈を広げていったのかも。

映画は1940年代のスペインの小さな田舎町が舞台。
この田舎町に映画『フランケンシュタイン』を上映するため、映画業者がやって来て、
この田舎町に暮らす少女アナは可哀想な怪物フランケンシュタインに同情してしまい、
姉のイザベルに色々と聞きますが、イザベルは「あれは映画の出来事。実際にはこの村に精霊がいるの」と
ウソをつき、アナはすっかりそれを信じ込んでしまい、近くにある廃墟を遊び場にして、脱走兵と出会います。

この脱走兵を不思議な存在として捉えたアナは兵士に林檎を与え、
廃墟に行くのが楽しみになり、自分を可哀想な怪物フランケンシュタインに手を差し伸べた、
映画『フランケンシュタイン』に登場した少女と重ね合わせ、脱走兵の救世主となる気満々です。

この映画はアナやイザベルを通して、“子供たちの自然”を描きます。
例えば、アナが好奇心に溢れた表情で、実に真剣に『フランケンシュタイン』に見入って、
後でイザベルに質問攻めにするというのは、これは純真無垢さの裏返しである。

イザベルにしても、猫に噛まれた指から出血し、
その血液を本能的に唇に塗って、まるで口紅のようにするシーンが強烈なインパクトが残る。

そしてイザベルがイタズラ心から、死んだフリをして、
アナを騙そうとするシーンにしても、『フランケンシュタイン』で少女が抱きかかえられるシーンとシンクロし、
観客側から観ても、思わずドキッとさせられるシーン演出が、子供たちの恐ろしさの一つだろう。
これは本作でヴィクトル・エリセが意図した演出として行った中で、最も傑出したシーン演出だろう。

今尚、日本でも人気のある一本ではありますが、万人ウケするとは言い難い内容です。
但し、必要最小限の描写で示唆的に語る映画が好きな人には強くオススメしたい作品です。

ヴィクトル・エリセはおおむね10年に1作ぐらいしか映画を撮らないディレクターですから、
正しく“幻の映像作家”なのですが、もっと積極的に映画を撮れば良いのに・・・と思えど、
はたして敢えて10年に1本しか映画を“撮らない”のか、10年に1本しか映画が“撮れない”のか、
どちらが実のところなのか、よく分からないところが妙で、そろそろ新作が発表される時期なはずなのですが、
そもそも次の新作を製作する気があるのかないのかも微妙というのが、実にミステリアスですね(笑)。

個人的には「もっと映画を撮ってもらいたい!」とは思うけど、
これまで発表した5作が例外なく高い評価を得ていることから、多作になるとダメなのかもしれませんね。

まぁしっかりと子供たちの様子を事細かに描いた作品にはなっており、
とにかくアナが好奇心旺盛で、何でも知りたいとする姿勢を持った結果、脱走兵に同情するのですが、
結果的に心を痛める結果になってしまうという、ある種の現実の残酷さを象徴させているかのようです。

そこからこの映画が投影するのは、子供たちが妙に強く意識してしまいがちな「死」という概念です。
前述した、イザベルが出血した血液を唇に塗るシーンなんかも、正に「死」を暗喩したシーンであり、
動乱の時代性のせいなのか、ヴィクトル・エリセは実に静かに丁寧に描いております。

確かにエンターテイメントとして考えたとき、本作に優位性はないかもしれませんが、
当時、大きな制約がある中で映画を撮影しなければならない環境であったことが功を奏し、
映画の本質を見事に的確に捉えた作品に仕上がったと言っても過言ではないと思いますね。
ヴィクトル・エリセが僕と同じ感覚であるかどうかはともかく、原理主義に基づいた作品と言えます。

ひょっとすると、偶然で本作のような作品が仕上がっているのかもしれませんが、
数々の制約があったからこそ、こういうタイプの映画が成立しえたわけで、ヴィクトル・エリセが寡作なのは
一連の制約が無くなってしまったことに起因しているのかもしれません。これはこれで複雑なんですよね。

ちなみにアナを演じたアナ・トレントって、今も女優としてスペイン映画界で活躍しているそうです。

(上映時間98分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 ヴィクトル・エリセ
製作 エリアス・クェレヘタ
原案 ビクトル・エリセ
脚本 アンヘル・フェルナンデス=サントス
    ヴィクトル・エリセ
撮影 ルイス・クアドラド
音楽 ルイス・デ・パブロ
出演 アナ・トレント
    イザベル・テリェリア
    フェルナンド・フェルナン・ゴメス