ミツバチのささやき(1973年スペイン)

El Espiritu De La Colmena

第二次世界大戦中の独裁政権が続くスペインの田舎町を舞台に、
町の映画館に『フランケンシュタイン』のフィルムが届き、上映されたものを鑑賞した幼い姉妹が
映画の内容に触発されて、様々な感情に触れながらも、一人の脱走兵と交流する姿を描いた静かなドラマ。

本作製作当時も、まだスペインは政権に批判的な視点を持った映画が許されていなかったとのことで、
映画の内容が抽象的な部分もあるのですが、これは確かに奇跡的なほど驚くべき傑作ではないかと思いますね。

末娘を描いたアナ・トレントがカワイイですけど、この映画がスゴいところは言葉で表現しないところである。
それが出来たのは、彼女たちの感情表現の一つ一つがとても豊かなものであったからこそではあるのですが、
台詞は必要最小限しかなく、登場人物の全員が多くを語ろうとせず、子供も含めて全員の口数が少ない(笑)。

映画の雰囲気として、静寂に包まれている感じで作り手のスタンスも一貫しているのがよく分かる。
監督のヴィクトル・エリゼはスペインを代表する名匠ですが、今まで監督作品が本作含めて数本しかない寡作な人だ。
特に83年の『エル・スール』が有名ではありますが、監督デビュー作であった本作こそが最高傑作なのかもしれない。
これほどまでに衝撃的でスマートな映画は観たことがありません。もっと積極的に撮って欲しいところですけどね。

映画の序盤の焦点は、世界的に衝撃を与えていたホラー映画の『フランケンシュタイン』を観た、
幼い姉妹が生命の儚さ、人の命を殺めること、そして死に対する意識をどう持つのかという点に置かれます。

「どうして死んでしまったのか?」、そして報復的に殺してしまうという大衆意識の恐ろしさ、
特に末娘は疑問を持ち、姉に聞いたりしますが、彼女の納得がいく答えはなかなか得ることができません。
そんな中で、姉はイタズラ心からチョットした残酷な“仕掛け”をしたりして、大人が観てもギョッ!とする瞬間がある。
特に姉が死んだフリをするというシーンがあって、あまりに無反応なせいか末娘もホントに何が起きたのかと動揺する。

しかし、彼女たちの死に対する意識、興味というものが全てを超越している感じで、
姉が見せる「騙してやったぜ」みたいな、何とも言えない笑みを含んだ表情が強烈なインパクトを持っている。
ヴィクトル・エリゼは撮影当時、33歳という年齢で低予算の作品ではありましたが、よくその若さで撮ったなと感心する。

そういう意味では、ヴィクトル・エリゼは“子どもの世界”というものを少し突き放したように描いていて、
大人の視点から描けば、残酷に感じられたり、不条理に見えたりすることを俯瞰した視点から描いていますね。
これらはヴィクトル・エリゼがどこまで計算して演出していたかは分かりませんが、本作の大きな特徴と言えますね。

それは姉が猫をやや乱暴に扱ったことで指を噛まれてしまうシーンがあるのですが、
噛まれたことで出血した自分の血液を、まるで口紅のように鮮血で赤く唇を塗るシーンに象徴されていますね。

そして、末娘は自宅の農地の一角にある小屋に脱走兵が逃げ込んできたことを知り、
飢えに苦しむ脱走兵を助けます。ところがアッサリと追ってきた軍の兵士たちによって見つかってしまうことで、
実は小屋に脱走兵が逃げ込んできたことを知った父親ですが、末娘のアナが勝手に食料を与えていることに怒ります。

思えずアナを叱責しようとしてしまう父親ですが、その前に過酷な現実を受け入れられないアナは
家から逃げ出してしまうわけで、そこで『フランケンシュタイン』のイメージが重なるという構成は、なんとも絶妙な上手さ。

この一連の流れの素晴らしさというのは、唯一無二と言っても過言ではなく、
やっぱりヴィクトル・エリゼの神懸り的な作品だったと思います。これを越える作品を撮るのは難しいということでしょう。
それくらい映画全体が実に簡潔でスマート。どこか幻想的にすら見えるカメラも含めて、奇跡の一作と言えますね。
本作製作当時は、まだスペインも難しい内政だったためか、日本での劇場公開も10年以上遅れてしまいましたが、
未だに数多くの映画ファンが本作のことを、映画史に残る大傑作であると絶賛する理由がよく分かりますね。

どうやら、本作ではヴィクトル・エリゼが政治的なメッセージを込めると検閲の対象になってしまうことを恐れ、
あまりメッセージ性の強い、直接的な描写を避けることで政府機関の検閲でカットされることを出来たようですね。
確かに直接的な描写は勿論のこと、台詞で多く語ることがないのも、ヴィクトル・エリゼの作戦だったのかもしれません。
これら政治的な事情も相まって、様々な事情が融合された結果、これだけの出来になったということなのでしょう。

1970年代には緩和されていたとは言え、やはり検閲は厳しかったようですから、
皮肉な言い方ではありますが、これが検閲によって大幅に(勝手に)編集されてしまうことへの対策なのであれば、
恐怖政治が生み出した産物なのかもしれません。ある一定の制約があったからこそ、採用したアプローチでしょうしね。

第二次世界大戦下のスペインの田舎町とあっては、町の娯楽と言えば、映画ぐらいだったのかもしれない。
そんな唯一の娯楽である映画で、それまでとは異なる趣向の映画『フランケンシュタイン』は衝撃的なものだっただろう。

そんな衝撃的な内容の映画に様々な想いを抱きながらも、映画館に詰めかけた人々は夢中になって観る。
それぞれの感想は、その表情や視線を見て感じるしかないけれども、少なくとも末娘のアナにとっては不思議な映画。
いろいろと分からない部分があっただけに、アナは姉にいろいろと質問しますが、姉は「なんでも分かってる」調に
返事しながらも、アナからの質問にはハッキリと答えをくれません。これがより、アナの好奇心をくすぐるようになります。

そんなアナの瑞々しいまでの感性に圧倒されますが、ヴィクトル・エリゼはアナの行動を追っていきます。
子どもの底無し旺盛な好奇心とは反対に、彼女たちの両親はどことなく暗い影を落とすかのように塞ぎ込んでいる。
これは戦禍の社会情勢を反映しているのでしょうけど、大人たちがほぼ全員、暗い雰囲気なのが妙に印象に残る。

そんな中でアナがたまたま出会った脱走兵。持ち合わせていた林檎をあげて心を許したかのように見えた。
そこでアナが重ね合わせたのは、映画『フランケンシュタイン』で怪物を助けた女の子であって、すっかりその気になる。
しかし、現実は甘くなかったというのが本作描かれたことではありますが、自分自身が救世主になる気マンマンなのに、
覆されたと悟ったときのショックは、アナにとってはあまりに大き過ぎた。それがアナの成長でもあったのかもしれない。

しかし、アナの心の傷は深く、父への不信感を強めることにつながり、思わず彼女は家を飛び出してしまいます。
言ってしまえば、幼いアナにとってはあまりに重たい出来事であり、受け入れ難いものであるほど衝撃的でした。

若い頃は「死」を現実のものとして考えることが難しいとは思いますが、
一方で親戚や知人などの「死」を成長と共に体験することが一般的であり、徐々に「死」について考えるようになります。
僕は結構小さいときから、「死」について考えていたような気がしますが、できるだけ深く考えないようにもしてきました。
あまり深く考え過ぎると、自分が生まれる前は(自分の魂は)何だっただろう?とか思っちゃって、怖くなるからだ。
死後の世界についても、よく議論されることではありますが、誰にでも「死」が平等に訪れるとは言え、死後の世界が
有るのか無いのか、有るとしたらそれはどんな世界なのか?なんてことは、生きているうちに分かるものではない。

分からないからこその恐怖を感じる。アナは成長の過程で、そういった「死」を知ることになって、
数多くの疑問が湧いてくるような年代なわけで、心を通わせつつあった脱走兵との出来事は余計にショックなことだろう。

僕にはこれを神秘的な映画と形容していいのかは分かりませんが、これは絵画のような映画だなぁと感じました。
ヴィジュアル的にもどこかピントが合っていないようなカメラでありつつも、そのボカし具合が絶妙に何かを示唆する。
ラストシーンの崇高さも最高の突き抜け方だと思う。これも言葉では表現せず、ただ映る被写体のみで語るわけだ。

これだけの映画はスタッフ、キャストに相当な意思統一がないと達成し得ないものだったと思います。
確かに後に生きる人々が、過大に言い過ぎている面もあるのかもしれないが、その価値ある大傑作だと思います。

個人的にスゴく印象に残っているシーンではあるのですが・・・
映画の前半にお転婆な女の子たちが、焚火を走ってまたぐ遊びを繰り返すシーンがある。延々とグルグル回って、
その遊びを繰り返すのは子供らしいが、ミニスカートを履いた女の子がその遊び参加者の大半を占めている。
しかし、どこからどう見ても、走り抜けて火をまたぐスピードによっては、スカートに燃え移りそうで怖い遊びだ(笑)。

これも何かの暗喩なのかもしれませんが、何気に昔はこういうことをやっていたのも事実だろうから、
そうであるがゆえに、この時代の暗さと危うさを強く感じさせられますね。でも、これが「普通」だったのでしょう。
こういう光景をどちらかと言えば、無感情的カメラを回すという選択をしたヴィクトル・エリゼは、やっぱりスゴい!

ちなみにアナ役のアナ・トレント、2025年現在もスペイン映画界ではベテラン女優として活躍中のようです。

(上映時間98分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 ヴィクトル・エリセ
製作 エリアス・クェレヘタ
原案 ビクトル・エリセ
脚本 アンヘル・フェルナンデス=サントス
   ヴィクトル・エリセ
撮影 ルイス・クアドラド
音楽 ルイス・デ・パブロ
出演 アナ・トレント
   イザベル・テリェリア
   フェルナンド・フェルナン・ゴメス