デュプリシティ 〜スパイは、スパイに嘘をつく〜(2009年アメリカ)

Duplicity

うーーーーーん...これは予告編を観ると、面白そうな映画に観えたんだけどなぁ・・・。

残念ながら、その期待には応えてくれなかったという印象になってしまいました。
07年に『フィクサー』で評価された脚本家出身のトニー・ギルロイの第2回監督作品だったのですが、
正直言って、これは凝り過ぎたような気がします。トニー・ギルロイ自身が脚本を書いているので
自分が演出する上で、描きたいことを明白だったのだろうけど、シナリオを読んだ方が面白かったのかもしれない。

ハッキリ言って、映画としてはそれではダメ。頑固な意見かもしれませんが、映画化する意義がないと。
本作もスゴい出来が悪いとまでは思わないけれども、結局はストーリーありきの映画になってしまっていて、
映画の醍醐味を味わえるとか、そういう感じではないところがツラい。キャスティングもそれなりなのに、勿体ない。

映画は要するに、産業スパイを描いた作品なのですが、何が凝り過ぎたって、
まずはストーリーテリングの問題が大きくて、映画の序盤から何度も時間軸を変えながら進めるので、
とても分かりにくい。しかも何度も同じようなやり取りが続いて、これらは伏線になっているのだろうけど、
さすがにこれでは作り手たちが楽しんでいるだけのように見えて、観客は完全に置いてけぼりという構図になる。

ひょっとしたら、登場人物や時間軸を表にしながら観た方が分かり易いのかもしれないが、
ハッキリ言って、映画を観ながらそんなことはやりたくないし、紐解く面白さもいいけど、そればっかりだと正直、疲れる。

確かに映画はクライマックス約30分間で、劇的に展開して次々と真相が明らかになっていきます。
当然、映画の前半もそれに向かってつながっていくのですが、特に映画の前半はスゴくテンポが悪いので、
延々とこの前半のペースにどこまで付き合っていけるかが、本作をどれだけ楽しめるかのポイントになっていると思う。

主演2人も少々クライブ・オーウェンは地味な感じではありますが、
ジュリア・ロバーツとの掛け合いは悪くないし、2人のコンビネーションには問題は感じられない。
ただ、トニー・ギルロイのアプローチがそんな感じなのですが、話しを進めることや観客を騙すことに注力し過ぎていて、
主要キャラクターの魅力を磨き上げることがキチッと出来ていない。特にクライブ・オーウェン演じるレイなんて、
遊び人でキケンな男という魅力を生かして仕事をこなしているというのに、その片鱗が全く描かれていない。

何度も語られている通り、何故、数年間に及ぶプロジェクト・チームであるにも関わらず、
僅か数週間でチームの主要メンバーとして加入することができた理由も明白にならず、全くもっと不可解な感じだ。

映画の冒頭から、プライベートジェットで空港に降り立ったライバル会社のCEO同士が
お互いを見つけるやいなや、罵り合いを始めて取っ組み合いのケンカになるシーンから始まるのですが、
このシーンの時点で、なんかあざとい。無駄にスローモーションで見せるのですが、もっとシンプルに見せて欲しい。

それにしても、ポール・ジアマッティ演じるガーシックが終盤の株主総会で語っていましたが、
新商品の発表を行う際に、驚異的な発毛成分を発見した化学者が、発表には慎重になれと言うが、
むしろステークホルダーには積極的に情報公開した方がいいんだみたいなこと言ってるシーンが印象に残ります。

まぁ、正直言って、いくら発毛剤に関する市場が大きいとは言え、
わざわざ産業スパイを送って情報を盗もうとするのかという、根本的な疑問はあるのだけれども、
このガーシックの発想って、全く技術者や研究者が創出する知的財産を尊重しない考え方そのものに聞こえる。
早く売りたい、早く利益を出したい、経営者として当然の意見ではあるのだろうが、不確かな段階で上市をほのめかし、
後戻りできなくさせて、力技で結果を出させようとする実に不誠実な仕事のやり方で、これは日本でも起こっている。

現実にこういう仕事の仕方しかできない人もいるし、上手くいったものは自分の功績として雄弁に語る。
しかし、失敗したら担当者の責任、ということにしてしまえる立場なので、問題になれば何故か追及する側に回る。
欧米のような強烈な競争原理が働いた企業だと、こういうことは横行するだろうし、問題にもなることがあるのだろう。

それでも、技術者や研究者に莫大なインセンティヴがあるのであれば、まだいい。
残念ながら日本企業では、もうそういう段階にはないのですよね。基本、職務発明ということになるので。
あとは企業倫理に任せるだけで、その成れの果てが、かつて起こった“青色発光ダイオード”に関する訴訟だ。

あの訴訟は、賛否はあったと記憶してますが、そもそもあんなに揉めてしまったことには企業側の責任も大きい。
技術を大切にしない国、日本というイメージが国際的にも付きまとうのです。医療や半導体など、目立つ分野で
科学技術は進展しているし、日本も一時期はトップクラスの研究力を誇っていた国だ。ところが、それに陰りが見え、
リターンの大きい分野では経済原理が働いて投資するが、そうではない分野は置き去りになっている実態がある。

ある程度は仕方ないとは思うけど、ハッキリ言って、どんなことが“宝”かなんて、分かんないですからね。
意外と目の前の科学的な現象でもハッキリと解明されていないことも数多くあり、教科書に書いている内容程度しか
実は分かっていないなんてことも、たくさんあります。日本は急速な少子高齢化・多死社会が進行しており、
表立った資源も無い国なので、技術立国を目指すべきと言われて久しい。それならば、こういう地味なことにも
一つ一つ目を向け、長い時間をかけて掘り起こしていく気運というのを、もっと高まなければならないのだと思う。

実際、ガーシックのように考えている経営者、日本にはたくさんいると思います。
精通している必要はないけれども、少なくとも内容を理解しようとする姿勢がない経営者は足元をすくわれます。
利用するのであれば、やはり正しい知識を得て、正しく利用するという能力が備わらないといけませんね。

同じようなことは本作の主要キャラクターほぼ全員に言えることではあるのですが、
この映画で描かれたコンゲームは、ハッキリ言ってスリルに欠ける。思わず冷や冷やさせられるエピソードが皆無です。

これはサスペンスとしては致命的だ。やはりストーリーを語ることに作り手が集中し過ぎていて、
映画化することで達成すべき、映画としての醍醐味がゼロだから、こうなってしまうんだなぁ。例えば終盤にある、
ジュリア・ロバーツがオフィスを探すシーンなんて、もっと観客をハラハラ・ドキドキさせないといけないシーンですよ。
それがなんとも緩慢な演出に終始していて、もっともらしいピンチも作らずに、悪い意味でスリムに終わらせてしまう。

こんな程度の緊張感では、映画化した意味が全く無いと思う。この辺をトニー・ギルロイは感じ取って欲しい。
と言うのも、僕は本作、違うディレクターが撮っていれば、きっともっと面白い映画にできたと思えるのですよね。
あんまりこういう言い方はしたくないんだけど、トニー・ギルロイ自身が監督してしまったのは、大きな失敗だった。

ストーリーテリング、特にトリッキーな展開に凝り過ぎて、映画の本質を見失ってしまったように見える。

それだもん、映画の前半はずっとモタモタしている印象でなかなか先に進んでいかない。
前半の1時間15分くらいが、やたらと長く感じられてしまう。これでは最後まで観ようという意欲が削がれてしまう。
せっかく“土台”はしっかりと出来上がった作品であり、それなりの予算も用意された企画なだけに、スゴく勿体ない。

それから、スパイ同士の色恋沙汰というのも、ホントはとても難しいテーマだったと思うのですが、
これも着想点自体は面白いので、もっと上手く描いて欲しかった。2人の描き方についても、チョット上手くない。

一瞬、どこまで本音で語っているのか分からなくなるような雰囲気が出て、面白くなりかけるのですが...
タネ明かしが説明的になり過ぎて、少々クドい。説明不足も困るし、その塩梅が難しいのは重々承知なのですが、
ここでもタネ明かしを話したいという作り手の気持ちが強過ぎる感じがして、2人の空気が物語るものは皆無。

そして、2人の“過去”に関わるフラッシュ・バックはしつこい。もっと映画をシンプルに見せて欲しい。
トニー・ギルロイも『フィクサー』がそこそこ評価されたので、映画監督としてのキャリアを本格的に歩むのだろうけど、
もっと脚本家としての影を消して映画を撮らないと、ずっとこんな調子で行ってしまうのだろうと思えてならない。
本作なんかは、辛らつな言い方ですけど、脚本家が映画を撮るとこうなる、という典型例で悪い例になっている。

ハッタリが効いた面白い着想点を持つ映画ではあるとは思うけど、そのアイデアに溺れましたね。
これはあまりにストーリーありきで撮ってしまっていて、映画の大事なポイントを見失ってしまっています。
サスペンス映画としての側面がある作品なので、もっとハラハラ・ドキドキさせて欲しかった・・・。

(上映時間125分)

私の採点★★★★☆☆☆☆☆☆〜4点

監督 トニー・ギルロイ
製作 ジェニファー・フォックス
   ケリー・オレント
   ローラ・ビッグフォード
脚本 トニー・ギルロイ
撮影 ロバート・エルスウィット
編集 ジョン・ギルロイ
音楽 ジェームズ・ニュートン・ハワード
出演 クライブ・オーウェン
   ジュリア・ロバーツ
   トム・ウィルキンソン
   ポール・ジアマッティ
   デニス・オヘア
   トーマス・マッカーシー
   キャスリン・チャルファント
   ウェイン・デュバル