殺しのドレス(1980年アメリカ)

Dressed To Kill

思えばアンジー・ディキンソンを凄い使い方した映画でもありますから、
人気作とは言え、これはこれでデ・パルマの初期の作品という枠組みを超越した映画だと思う。

必死になって、ヒッチコックへのオマージュを映画の中で採り入れるデ・パルマですが、
映画は夫婦生活に悩み、精神科医エリオットが開業する個人医院に通院していた主婦が、
チョットした浮気心から、街の美術館で偶然、出会った中年男と衝動的な性的関係を結び、
その帰り道で巻き込まれた、謎の剃刀殺人鬼に惨殺された事件の謎を追う、息子と目撃者の娼婦が
幾多の危機に瀕するスリルを描いた、デ・パルマ初期のサスペンス・スリラーの人気作。

正直言って、映画の出来自体はたいしたことはないと思うのですが、
映画の随所に挿入される、ショッキングな残酷描写がインパクト絶大で、
殺害シーンにしても、剃刀で刺して、皮膚がパックリ割れて、そこから血が吹き出すなど、とにかく凄まじい。

まぁ当時のデ・パルマのことですから、
それはもうこの手の残酷描写にしても好き放題にやっているわけで、
無駄かつイタズラに過剰な演出をしている、下心が見え隠れするのが賛否両論って感じなのですが、
これはこれでコアな映画ファンの期待に徹底的に応えている、ある意味で貴重な作品なんですね。

もう、映画の冒頭から、如何にもデ・パルマらしいお色気シーンから始まり、
アンジー・ディキンソンのシャワー・シーンはおそらく“ボディ・ダブル”を使っているとは思いますが、
まるで低予算ポルノ映画のような撮り方をしており、デ・パルマに免じて許してやって欲しい(笑)。

ただ、これがデ・パルマのいけないところ。
とにかくレンジを狭くして、映画を撮ってくるので、“分かる人にしか、分からない”典型例ですね。

まだ売れない頃のマイケル・ケインが精神科医エリオットを演じているのですが、
一時はほとんど仕事の内容を選ばずに、実に数多くの映画に出演していた過去があって、
本作のような、チョット失笑をかってしまうような役柄をも演じているというのが、興味深いですね。

先にこの映画で不満なところから言わさせてもらうと(笑)...
もう僕は映画の後半の作りには、たくさん注文を付けたくなりましたね。

何より、どうにかして欲しかったのは、映画のクライマックスの作り方で
ハッキリ言って、映画の最後の10分間にわたる、スリルは一切必要ないですね。
これらは映画のムード的にも、完全に蛇足になってしまい、完全に足を引っ張ってしまっている。
(特に必要ないと思えるのは、病院のベッドで看護婦に起こる、悲劇のシーン...)

こういう安っぽい映画の路線でデ・パルマが頑張っているのは分かるけど、
ここぞという大事なところで、あわや致命的なミスをおかすってのも、如何にもデ・パルマらしいが(笑)、
本作の場合はハッキリと映画の出来に悪影響を及ぼしてしまっていますね。これが実に残念。

僕は余計なスリルを描かずに、サクッと映画を終わらせた方がずっとクレバーだったと思いますね。

但し、一方で映画の前半はそこそこ健闘していますね。
特に前半の美術館で繰り広げられる、クドいぐらいの男女の駆け引きを描いたシーンで、
延々と10分近く初対面の男女が、駆け引きを繰り広げるのですが、
お互いにジラし合いながら、そしてアンジー・ディキンソンがたまに焦りながらも、
男女が遠ざかったり、近づいたりする、その出し入れがひじょうに上手かったと思いますね。

確かにクドい演出で、一見すると長過ぎるように感じられるとは思うのですが、
これは音楽と編集の効果もあって、実にスリリングなシークエンスになっていると思いましたね。

まぁ思えば、デ・パルマが『サイコ』のオマージュ的作品として、
本作を撮ろうとしなければ、ひょっとすると81年の『ミッドナイトクロス』も無かったかもしれませんね。
何せ『ミッドナイトクロス』のシーン演出の基礎は、本作に数多くあるのですから。

地下鉄駅でのシーン、犯人の不気味な描き方など、
従来の“巻き込まれ型サスペンス”のフォーマットに、画面分割などデ・パルマ特有の映像表現を加えて、
個性ある映画に仕上げるスタイルは、やはり『ミッドナイトクロス』のモデル的作品ですね。

それと、もう一点。
映画のクライマックスの攻防で、警察も絡む攻防になるのですが、
ここでの警察の動きがひじょうに分かりにくいのが大きなネックであり、説明も少ないですね。
何故、ヒロインに危険が迫るクライマックスの闘いを放置しようとするのか、理解できませんね。

というわけで、色々と納得性に欠ける部分がある映画ではあるのですが、
デ・パルマが『ミッドナイトクロス』、『スカーフェイス』、『ボディ・ダブル』、『アンタッチャブル』を手掛ける
布石となった作品として、十分に価値のある作品だと位置づけることができると思いますね。

『キャリー』でのスプラッタな残酷描写も本作でしっかりと活かされており、
ショッキングなスプラッタ描写が苦手な人は、かなりの覚悟を持って鑑賞して欲しいですね。

映画の序盤の男女の駆け引きと言い、一見すると無意味と思われる描写の数々ですが、
それらも含めて、ヒッチコックの『サイコ』を我流に映画化したことに由来があります。
おそらく「ヒッチコックの場合は、どうしてたっけ?」とでも思いながら撮っていたのでしょう。

まぁ夫婦倦怠期の人妻には、いろんな意味で身につまされる映画ですが、サスペンス好きにはオススメ。

(上映時間104分)

私の採点★★★★★★☆☆☆☆〜6点

監督 ブライアン・デ・パルマ
製作 ジョージ・リットー
脚本 ブライアン・デ・パルマ
撮影 ラルフ・ボード
編集 ジェラルド・B・グリーンバーグ
音楽 ピノ・ドナッジオ
出演 マイケル・ケイン
    ナンシー・アレン
    アンジー・ディキンソン
    デニス・フランツ
    キース・ゴードン
    デビッド・マーグリーズ

1980年度ゴールデン・ラズベリー賞ワースト主演男優賞(マイケル・ケイン) ノミネート
1980年度ゴールデン・ラズベリー賞ワースト主演女優賞(ナンシー・アレン) ノミネート
1980年度ゴールデン・ラズベリー賞ワースト監督賞(ブライアン・デ・パルマ) ノミネート