フェイク(1997年アメリカ)
Donnie Brasco
70年代後半から、ニューヨークのマフィア組織に6年間にわたって潜入捜査を行った、
実在のFBI捜査官ドニー・ブラスコをモデルに、潜入捜査が続く中でマフィアの世界にドップリ浸かる姿を、
アル・パチーノとジョニー・デップ共演という夢の企画で、イギリス出身のマイク・ニューウェルがサスペンスフルに描く。
実録ものとして観ると、おそらく不足な点が数多くあるのだろうし、
多少なりとも脚色して“盛った”部分が多くあって、もはやノンフィクションの映画化とは言い難いのかもしれないが、
あくまでエンターテイメントとして観たら、結構面白い。映画としての見どころも数多くあって、期待に応えてくれている。
映画はニューヨークのマフィア組織の抗争を押さえるためにと、宝石商を装ってマフィアの下っ端として
長年働く通称レフティに接近するように指示を受けたドニーをメインに話しを進めていくのですが、どこかケチな性格で
ありつつもドニーの能力を認めて、自らの舎弟として愛情を込めて接するレフティに、ドニーは親しみを感じていく。
この不思議な関係性が本作の妙であって、単純なマフィア映画に落ちぶれなかった点は秀でていると感じる。
当初は潜入捜査のために風貌をチンピラのように作っていたドニーでしたが、
次第にドニーは言動はもとより、発想や行動が完全にマフィアの一員になってしまい、それを妻にも指摘されてしまう。
そう、映画で描かれるドニーは家庭人であり、不在がちの家のせいで妻との関係は冷め切ってしまい、
反抗期の娘に手を焼き、帰宅しても仕事のことを常に意識して、やたらと家の掃除に集中して家族との交流は皆無。
そんな父親では娘たちは彼に懐くわけがなく、ドニーはすっかり家庭内での居場所を失ってしまっていました。
そうなると、家に帰ろうという気持ちは生まれなくなり、すっかり潜入捜査の日常が彼の“生活”になってしまうのです。
現実に、こういうジレンマというか病理のようなものはあるのではないかと思うし、
本人もすっかり冷静さを失って、「仕方ない」という気持ちが積み重なって、やがては悪事にも手を染めるのです。
そうなると、必然的にマフィア内での存在感が増し、仲間からの信頼も厚くなってくるというオプションがつくわけですね。
それがドニーの潜入捜査を成り立たせる理由につながっていき、次第にFBIの同僚への連絡も途絶えてしまいます。
そんなドニーの一生懸命さと、迫真に迫るマフィアとしての立ち振る舞いに彼を信頼した証(あかし)が
映画のクライマックスにレフティが言う、「お前だから許せる」という伝言に表れているだろう。この台詞は泣かせる。
これはレフティなりにドニーに疑いの目はあったのだろうが、その信頼を最後まで捨てなかったのは彼の愛だろう。
本作は冒頭からドニーがFBI捜査官ピストーネが正体であることを前提に描いているため、
映画の最後にドンデン返しとして描かれるわけでもなく、結末がある程度、見えた状態がストーリーを進めている。
しかし、それでも序盤から実に堂々たるストーリーテリングで実にテンポ良く、終盤まで見せてくれている。
今はBlu−rayで“エクステンデッド・ヴァージョン”というネーミングで、2時間30分近い再編集版も鑑賞でき、
それでも一気に最後まで見せてくれる。これはマイク・ニューウェルの見事な仕事ぶりだったと言っていいと思います。
どちらかと言えば、やはり潜入捜査ですから「いつバレるか・・・」というヒヤヒヤ感の方が先立ちます。
実際、ドニーが常に恐怖を感じていたでしょうし、ややもすると家族にまで危害が及ぶことを恐れていたのでしょう。
もっとも、ドニーが定期的に連絡するFBIの同僚にしても、ドニー自身や彼の家族の危険に関しては、
ほぼほぼ無関心でピストーネの妻の訴えにも、FBI側の都合でばかり彼女に喋り続ける姿には呆れてしまう。
しかし、これが現実なのでしょう。所詮はピストーネはFBI側から見れば、数ある捜査官のうち一人にしかすぎない。
任務に失敗すれば個人の責任であって、FBIという組織としては関知しないというのが基本スタンスなのだろう。
それゆえか、そんな組織からピストーネは栄誉を称えられたって、何一つ嬉しそうな表情を浮かべません。
むしろ、それからの生活の方が心配だし、すっかりマフィアとしての荒れ狂った生活にドップリだったために、
普通のマイホーム・パパになることは難しいだろうし、それどころか一般人としての感覚を取り戻すのに苦労する。
そんな、あらゆる不安に苛まれたような複雑な表情を浮かべるドニーと彼の妻の姿が、なんとも印象的ですね。
2022年に残念ながら交通事故で他界されてしまいましたが、ピストーネの妻役で出演した、
アン・ヘッシュはまだこれから売れていくという段階でしたけど、本作での複雑な役どころを見事に演じていました。
ドニーを演じ切ったジョニー・デップも良いんだけど、やっぱりこの映画はレフティを演じたアル・パチーノかなぁ。
これだけ強がっちゃう下っ端のマフィアを演じるアル・パチーノというのも珍しい気がするし、得意の怒鳴り散らしも無い。
例えば『ゴッドファーザー』のコルレオーネ・ファミリーのような気難しさもないし、どちらかと言えば、食うために必死だ。
妙に生活感ある男だし、薬物中毒の息子の代わりとばかりにドニーに愛着を持って接する、人間臭さも良いですね。
やはりアル・パチーノは威勢の良いマフィアや、貫禄あるボスを演じるのも良いけど、
こういう少し胡散クサいところのある、情けないマフィアの下っ端を演じるのも味わいがあって好きなんですよねぇ。
あんまりこういう言い方はしたくないですけど、こういうキャラクターはデ・ニーロが演じたら、こうはいかないと思う。
レフティは年老いてきており、多くの若い衆が自分よりも上の立場となり肩身の狭さを感じている。
マフィア組織内でもそれ以上に出世する可能性は極めて低く、今更、堅気の生活に転ずることもできない。
愛する息子だったはずなのに大人になった息子は麻薬中毒で、自分を慕う舎弟もいない、アパート暮らしの爺だ。
おそらくレフティにもマフィアとして生きる理想はあったのだろうし、常に一攫千金を狙いたいという気持ちはったはず。
しかし、そんな理想と現実のギャップの大きさを感じ、やっと自分を慕う存在となったドニーは実は潜入捜査官で
しかもドニーが持って来たマイアミでの儲け話を、ボスであるソニーに取られた時の表情が、なんとも切ない。
本作はなんともこの哀愁漂う感じが良いのですが、欲を言えば、これといった決定打を感じないのが唯一の残念。
特に事実に基づいたシナリオだったから仕方ないのかもしれないが、映画のクライマックスはどことなく物足りない。
もっと緊張感漂う演出にして欲しかったが、どこか弛緩し切ってしまった雰囲気になって、しかもアッサリと終焉する。
これではせっかくのクライマックスだというのに盛り上がらない。過剰に描く必要はないが、もっと盛り上げて欲しい。
個人的にはドニーにレフティが思いをぶつけるでも良かったと思うし、もっとドニーの心理が揺らぐような
何か特別なやり取りがあっても良かったのではないかと思う。どうせ、これ以外に話しも“盛って”はいるのだろうから。
映画の本筋とは関係のない話しではあるのですが...
ドニーは郊外に自宅を持っていて、そこに妻子が暮らしている。不定期にそれなりの頻度で帰宅していた、
という設定はマフィア組織に潜入する捜査官としては、あまり現実的なものではないような気がしますけどね・・・。
常にドニーも気にしていたでしょうが、いつマフィアの仲間が彼を尾行していても不思議ではないし、
マフィアとしての活動の最中に知り合いに遭遇して、全てがバレてしまうかもしれない。騙し通すのは並大抵ではない。
実際、事件が摘発された後にも隠遁生活を送る羽目になったドニーと家族ですが、ドニーの首には賞金がかけられた。
それくらいに危険な仕事であり、目立つ存在になればなるほど、ドニーへのマークはキツくなるはずなんですよね。
しかし、マフィアの世界も日本の任侠の世界と共通していて、やっぱり仁義なんですね。
マイケル・マドセン演じるソニーを観ていても強く感じますし、大ボスが言ったことは絶対になる世界のお約束ですね。
実際、ドニーもレフティのことを慕うという感情が生まれたのも、言ってしまえば彼なりの仁義のようなものだし、
そのドニーの想いが伝わっていたからこそ、レフティに「お前だから許せる」という伝言を残させたわけですね。
マフィアの構成員であるレフティにそう思わせただけで、ドニーの潜入捜査は大成功だったと言えると思います。
ただ、そんなドニーの潜入捜査だって代償が大きいわけで、彼もまた一般人への暴行や脱税、横領、
そして死体損壊にも加担しなければならないわけで、そんな日々が続けば善悪の境界線がつかなくなるだろう。
こうなってしまうと、誰が見ても「ホントにマフィアみたい」となってしまうわけで、もう自力では戻れなくなってしまいます。
そして、FBIも薄情なので、もしもの事態のときにはピストーネを組織から切り捨てる準備だって、あったでしょうね。
ところで、実際の狙いは分からなかったのですが・・・
ドニーを逮捕した後で、FBIの同僚と上司がソニーとレフティに面会しに行って、ドニーの正体がピストーネ捜査官で
FBIの潜入捜査官だと告げに行ったのは何故なんですかね? そうすればマフィアが手を出さないと思ったのか?
所々、こういう整合しない部分があるのでピストーネ本人の原作を読んだ方がいいのかもしれませんね。
(上映時間127分)
私の採点★★★★★★★★★☆〜9点
監督 マイク・ニューウェル
製作 マーク・ジョンソン
バリー・レビンソン
ルイス・ディジャイモ
ゲイル・マトラックス
原作 ジョセフ・D・ピストーネ
脚本 ポール・アタナジオ
撮影 ピーター・ソーヴァ
音楽 パトリック・ドイル
出演 アル・パチーノ
ジョニー・デップ
マイケル・マドセン
ブルーノ・カービー
ジェームズ・ルッソ
アン・ヘッシュ
ポール・ジアマッティ
ジェリコ・イヴァネク
1997年度アカデミー脚色賞(ポール・アタナジオ) ノミネート