赤い影(1973年イギリス・イタリア合作)

Don't Look Now

これは右脳でビンビン、感じる映画です(笑)。

いや、冗談めいていてホントに現実との整合性を求めていては先に進みません。
事実、ニコラス・ローグは本作に於いては、ほぼ完全にストーリーを語ることを放棄しております。
79年に撮った『ジェラシー』の序章は本作にあったのでしょうね。いくら理屈で考えても、答えの無い映画です。

映画はイギリスの考古学者ジョンが、幼い娘を事故死させてしまったことから、
妻ローラの傷心を癒すために、仕事を兼ねて水の都ベニスへの長期滞在を決めることから始まります。

ジョンの仕事は順調に進みますが、ある日、盲目の霊媒師と出会ったことから歯車が狂い始めます。
仕事では危険な目に遭い、どこか奇妙な空気を感じ、ベニスの市街地では猟奇的な殺人事件が頻発します。
一見すると、ローラが精神的に不安定に見えますが、実は精神不安に陥るのはジョンの方なのです。

強いて言えば、僕はこれが本作の真理の一つだと思いますね。
ニコラス・ローグは視覚的なイメージを利用して、物事の本質を観客に錯覚させるんですね。

そういう意味で本作は、実はたいした出来事を描いているわけではありません。
さも大きなミステリーがあるかのように描かれますが、そういった感覚は全て邪念だとでも思ってください(笑)。

そうやって、この映画のミステリーを必死に探ろうとすればするほど、訳が分からなくなります。
もっと言えば、ひょっとしたらニコラス・ローグはそんな観客の姿を見て、あざ笑っているのかもしれません。
そんなニコラス・ローグの策略に溺れないために、本作のあって無いような本質を見極めなければなりません。
そうした方が、ひょっとすると本作の醍醐味というものを最大限に味わえるかもしれません。

映画の冒頭の「血液=赤」のイメージを敢えて映したことにしても、
劇場公開当時、大きな話題になったというジョンとローラの長々と描かれるベッドシーンにしても、
いずれもニコラス・ローグの視覚的なイメージから雰囲気を作っていく映画であることの裏付けなんですね。

でも、チョット辛らつに聞こえるかもしれませんが...
これらにはあまり深い意味が無くって、如何にも直感的な部分に頼ったところが多いことを強調しています。

僕がヘタなスプラッタ映画よりも怖いと感じたのは、やはりラストシーンだ。
連続して発生していた猟奇的殺人事件の正体が、あまりに不気味過ぎてホントに気味が悪い。
これもまぁ・・・それまでの伏線も何もあったものではない真相なのですが、とにかく気味が悪い。

また、主人公夫婦がドナルド・サザーランドとジュリー・クリスティという、
2人の名バイプレイヤーが揃って、色々と複雑な事情を抱える、決して若くはない夫婦という設定も良い(笑)。

ジョンを演じたドナルド・サザーランドにしても、
まるで何かに取りつかれたように、魔力的に破滅へと向かってしまう姿を巧み表現しているし、
ローラを演じたジュリー・クリスティにしても、当時としてはかなりセンセーショナルなラブシーンに果敢に挑戦し、
それでいながら下世話な話題ばかりが先行しないような、確かな感情表現の巧みさがあって、
時に浮かれたような感情を出したり、時に精神的に混沌とした感情を出したりと、とにかく上手い。

この映画、もう一つ凄いところがあって、
ドナルド・サザーランドもジュリー・クリスティも、かなり個性的な存在感を発していると感じるのですが、
2人とも不思議とニコラス・ローグの倒錯した映画の世界観に溶け込んでいるんですよね。
こういう風にどんな色の役者でもニコラス・ローグの世界観に取り込んでしまうあたりも凄いですね。
(逆に76年の『地球に落ちてきた男』ではデビッド・ボウイに“毒されて”しまった感があるが・・・)

また、ピノ・ドナッジオの異国情緒漂う音楽も良いですね。
めくるめくニコラス・ローグの映像マジックを彩る素晴らしいミュージック・スコアだと思いますね。

本作は面白いようにカットバックを編集上で採用した作品ではございますが、
決してそれらは映画をオモチャのように扱っているわけではなく、ある一定のニコラス・ローグの意図が
あってこその編集技法であり、それは観客に現実と虚構の区別を付きにくくする効果も狙っていたのでしょう。

原作はヒッチコックの『鳥』の原作者でもある、ダフネ・デュ・モーリアの短編小説ですが、
正直言って、本作は原作小説とは別物と考えて鑑賞した方が賢明かもしれません。

ちなみに本作は日本でも劇場公開が、製作から約10年経って、ようやく公開され、
DVDも小規模で発売され、すぐに終売となった後は、長らく幻の作品となっておりましたが、
最近、DVDが再発売され、今や容易に鑑賞できるようになり、某レンタルショップに多数、陳列されております。

しかし、この再販売されたDVDにはチョットした秘密があって、
オリジナル劇場公開版よりも約4%ほど、再生スピードが速いらしく、
事実、再発売のDVDは上映時間が約4分ほど短い、106分のタイムで収録されているようです。

実は僕もオリジナル劇場公開版は鑑賞したことが無いのですが、
もっとゆったりした時間が経過する本作というのも、是非とも観てみたい気がしますね。
(その方がニコラス・ローグのスタイルには合っているのかも。。。)

まぁ・・・最初に述べたように、右脳でビンビン感じる映画が観たい人にはオススメです(笑)。

(上映時間110分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ニコラス・ローグ
製作 ピーター・カーツ
    ピーター・スネル
原作 ダフネ・デュ・モーリア
脚本 アラン・スコット
    クリス・ブライアント
撮影 アンソニー・B・リッチモンド
音楽 ピノ・ドナッジオ
出演 ドナルド・サザーランド
    ジュリー・クリスティ
    ヒラリー・メイソン
    クレリア・マタニア
    マッシモ・セラート
    アンドレア・パリジ

1973年度イギリス・アカデミー賞撮影賞(アンソニー・B・リッチモンド) 受賞