狼たちの午後(1975年アメリカ)

Dog Day Afternoon

うだるようなニューヨークの暑い昼下がりに、ダウンタウンの銀行の支店に押し入った
2人の強盗犯と彼らを取り囲んだ警官隊やFBIとの攻防をハイテンションに描いた傑作サスペンス。

監督は社会派シドニー・ルメット、おそらく本作は彼の最高傑作だろう。
これほどまでに面白く、エキサイティングな映画はそう簡単にお目にかかれません。
最近の映画界では成し得ない、一つの到達点に達した作品と言ってもいいと思います。
まぁこれは70年代という異様なエネルギーに満ち溢れた時代だからこそ誕生した作品ではあるのですがね。

主演のアル・パチーノも役者人生を懸けたに等しい熱演ぶりで、凄まじいまでのエネルギーを感じますが、
運悪く『カッコーの巣の上で』のジャック・ニコルソンと競ってしまい、惜しくもオスカーを逃しました。
正直、これは彼の中で決定的な出来事で、この後の彼の役者人生を大きく左右する結果となったと思う。

別に派手なアクション・シーンがあるわけでもなく、大掛かりなロケが敢行されたわけでもない。
むしろ比較的、低予算な作品と解釈してもいいでしょう。経済的な制約が強いられた作品だと思います。

シドニー・ルメットの凄いところは、
銀行の窓口と銀行前の道路だけで映画のほとんどを構成してしまった点である。
いわゆる密室劇の原点として知られる57年の『十二人の怒れる男』を撮ったシドニー・ルメットお得意の技で、
本作はより作為的な嫌らしさを排除させて、上手く動的に事件を描いている。
別に映画で描かれる事件は特殊な例ではないし、非現実的な事件ではない。
ごくごくありふれた銀行強盗事件を、ある一定の社会性を持って描き、ヒューマニズムを加えることによって、
登場人物たちが織り成すドラマを飛躍的に動的に描くことに成功しています。

映画の前半は、半ば無意識的にエピソードが並べられているような印象を受けます。

冒頭のオープニング・クレジットにしても、それは顕著に表れていて、
エルトン・ジョンの『Amoreena』(過ぎし日のアモリーナ)が“垂れ流し”され、
ニューヨークの日常的な風景・光景がスクリーンいっぱいに、ただ無感情的に映されます。

ストリート・キッズ、ハーレム街、道路工事作業員...気ダルい昼下がりで暑さに少々、マイっています。
そんな彼らは低所得・雇用不安定・将来不安に悩み、怒り・苦しみを抱えたまま暮らしています。

マスメディアの発達は著しく、日常生活にはテレビが浸透していますが、
彼らは次第に身勝手になっていき、テレビに映された世界が持つ影響力は甚大なものへと肥大化していきます。

そんなバックグラウンドを持ち、映画はソニーとサルの2人組みが起こした銀行強盗を描いているのですが、
この2人の銀行強盗の落ち度は、致命的なほどに無計画であったということです。
これは人質にとられる行員たちも呆気にとられるほどに、2人はあまりに無計画だったのです。
従って、警官隊とFBIに包囲されたら慌てますし、ましてや金庫にどれぐらいのお金があるのかも把握してません。

何もかもが無計画であるがゆえ、何一つ策が無いのです。

しかしソニーが半ばヤケになって、警察代表の交渉係モレッティとの駆け引きから、
野次馬と化した民衆たちをも味方に付けて、表面的には有利に進めていきます。
これはマスコミの力について初めて言及した映画と言っても良いぐらいで、
ソニーたちの強盗をメディアを通して目撃した人々が、誘導されるかのようにアウトサイダーである彼らに
熱烈にエールを送り始めるものの、いざ逮捕となると一気に無視してしまうという、
熱し易く冷め易いという特徴を描いています。これは、それまでの映画には無かった発想だろう。

アル・パチーノの代表作であることは否定できませんが、
モレッティを演じたチャールズ・ダーニングが出色の出来ですね。特にソニーとの信頼関係を築くために、
声をからしながら必死に交渉を行なうパワフルさが、強烈なインパクトを残しています。

映画のクライマックスは唐突に訪れる。
これはいかにもアメリカン・ニューシネマっぽい幕切れで、時代性を象徴している。
シドニー・ルメットの迷うことなき演出が、このクライマックスを違和感なく作ったのです。

一連のテンションの高い駆け引きを、見事に表現したフランク・ピアソンのシナリオも良く書けており、
ノンフィクションであることを差し引いても、十分に面白いサスペンス劇だ。
どれもこれもソニーを中心とした人間模様を、克明に描けたことが大きな勝因でしょうね。
特に警官がソニーの女房を訪ねるシーンを描いた上で、「女房を連れてきたぞ」と警官がソニーに
直接会わせるシーンで、連れて来られたのが精神病院に入院中のゲイの男だったという展開は面白かった。

あの辺のシークエンスはシドニー・ルメットの演出も含めて、上手かったですねぇ。

また、いざ飛行機でアルジェリアへ国外逃亡することに決まった後に、
サルがソニーに真剣な表情で「飛行機は初めてなんだ」と告白するシーンも面白かったですね。
全米が注目する銀行強盗を起こしておいて、国外逃亡するってのに飛行機の心配をするのだから、
どれだけ彼らが無計画に事件を起こし、常識的な感覚から逸脱しているかを象徴していますね。

まぁ一度は観ておくべき素晴らしい作品だと思います。
この時代だからこそ成し得た、二度と成し得ない傑作と言っていいだろう。

(上映時間125分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 シドニー・ルメット
製作 マーチン・ブレグマン
    マーチン・エルファンド
原作 P・F・クルージ
    トマス・ムーア
脚本 フランク・ピアソン
撮影 ヴィクター・J・ケンパー
出演 アル・パチーノ
    ジョン・カザール
    チャールズ・ダーニング
    ジェームズ・ブロデリック
    クリス・サランドン
    ペニー・アレン
    キャロル・ケイン

1975年度アカデミー作品賞 ノミネート
1975年度アカデミー主演男優賞(アル・パチーノ) ノミネート
1975年度アカデミー助演男優賞(クリス・サランドン) ノミネート
1975年度アカデミー監督賞(シドニー・ルメット) ノミネート
1975年度アカデミーオリジナル脚本賞(フランク・ピアソン) 受賞
1975年度アカデミー編集賞 ノミネート
1975年度全米脚本家組合賞オリジナル脚本賞<ドラマ部門>(フランク・ピアソン) 受賞
1975年度ロサンゼルス映画批評家協会賞作品賞 受賞
1975年度ロサンゼルス映画批評家協会賞主演男優賞(アル・パチーノ) 受賞
1975年度ロサンゼルス映画批評家協会賞監督賞(シドニー・ルメット) 受賞
1975年度イギリス・アカデミー賞主演男優賞(アル・パチーノ) 受賞
1975年度イギリス・アカデミー賞編集賞 受賞