ディック・トレイシー(1990年アメリカ)

Dick Tracy

何故か、名優ウォーレン・ビーティが莫大な製作費を投じて、
アメコミの映画化を当時の情勢を考えても、実に豪華なキャストで実現させたアクション映画。

原色を意識的に使った映像感覚は未だに鮮烈ですが、
どう考えてもウォーレン・ビーティのカラーではない企画だったと思うのですが、
当の本人たちはまんざらでもないようで、なんだか楽しそうに演じているので、思い入れはあるのでしょう。

名優ウォーレン・ビーティは勿論のこと、
アル・パチーノとダスティン・ホフマンという70年代から同世代の演技派俳優として、
ライバル関係にあったような2人も、なんとも皮肉なことに本作で初めて共演となったわけで、
こういう映画で初共演が実現するとは、おそらく本人たちも全く予想していなかった出来事だったでしょう。
まぁ・・・正直言って、アル・パチーノとダスティン・ホフマンの共演というのも、ほぼ映画にとって効力ゼロ(笑)。

実際には、ウォーレン・ビーティがほぼ好き放題にやったような映画で、
こういう言い方は彼には失礼ですが、主人公を演じるにはチョット年をとり過ぎていましたねぇ。

アクション・シーンも幾度となくあるにはあるのですが、
さすがにウォーレン・ビーティの動きも重たく、オッサンたちが頑張っている映画という印象ですね。
アル・パチーノにしてもダスティン・ホフマンといい、もう結構、いい年でしたからねぇ(笑)。

確かに劇場公開当時、日本でもそこそこ話題になっていたと記憶しているのですが、
当時はアメコミの映画化と言えば、同時期に『バットマン』があったし、視覚的な派手さはあれど、
イマイチ、エンターテイメント性が高いとは言えない本作は完全に不利だったように思いますねぇ。
加えて、前述したようにキャスティングがベテラン俳優ばかりに、歌手のマドンナが出演ってのが・・・(苦笑)。

物語の舞台は1930年代のアメリカの都市という設定で、
まるで探偵のように神出鬼没な存在として活躍する、名刑事ディック・トレイシーと
彼の宿敵であるギャング組織を牛耳る、ビッグ・ボーイとの攻防を描いております。

まぁ、時代背景はともかく、それまでには無かった映像感覚を採用したことで、
本作で描かれた1930年代のアメリカの都市ですら、とても近未来的な映像感覚がある。
これは本作でウォーレン・ビーティが最も大きな功績をあげた部分と言える点であり、
そういう意味では美術スタッフは勿論のこと、ヴィットリオ・ストラーロのカメラが実に素晴らしいですね。

映画の序盤から、クラブの経営者を演じた、
ポール・ソルビーノが目の前にやたらと並ぶ生牡蠣を片っ端か食いまくるという、
美味しそうだけど、実際にそれやったら、すぐに体調を崩しそうなことが普通に行われていたり、
どことなく現実味の薄いせいか、本作で描かれた出来事というのがフィクションであることを強調している。
でも、それはあくまでアメコミの映画化ということが前提である本作にとっては、僕は良かったのだと思う。

ウォーレン・ビーティが本作の企画にどこまで強い思い入れがあるのか、
正直、僕にはよく分かりませんが、それでもアプローチ自体は決して間違ってはいないのかも。
(ちなみに本作以前のウォーレン・ビーティの監督作は、政治的な内容が多かった・・・)

しかし、この映画で最大の見せ場は、何と言ってもアル・パチーノがマドンナに
ダンスや歌のレッスンをつけるシーンだろう(笑)。これは何度観ても、強烈なインパクトだ(笑)。

ウォーレン・ビーティもマドンナとお近づきになりたくて、この映画を撮ったことはほぼ間違いないのですが(笑)、
マドンナも大変ですよね。ウォーレン・ビーティから口説かれるわ、アル・パチーノからお尻叩かれながら、
何度も何度もダンスと歌のレッスンを受ける始末で、こういう扱いはおそらく彼女の本意ではなかっただろう。
(ウォーレン・ビーティとマドンナは本作の共演が縁で、実際に私生活で交際していました・・・)

アル・パチーノやダスティン・ホフマンらベテラン俳優も、
かなりドギツい特殊メイクを施していますが、人間ではないキャラクターという設定ではないので、
彼らを敢えて、こういう見せ方をしたことに、作り手の意図がどこにあるのかが、よく理解できませんでしたね。

まぁチェスター・グールドの原作の映画化ですから、
おそらく原作のアメコミでもこのように描かれているのでしょうが、それだけを理由にすることはできません。
やはり映画というフォーマットで発表するわけなのですから、その意図というものは明確にすべきです。
個人的には、あくまで本作は多少のオリジナリティがあっても、良い方向に機能したと思うんですよねぇ。

たぶん、一般市民と警察は普通の人間で、悪さを企む連中だけが
独特な風貌させているので、視覚的にも善と悪を対照的に描きたかったのかもしれませんね。

まぁ・・・映画の中身的には、ウォーレン・ビーティのナルシズムが全開なので、
かなり好き嫌いがハッキリと分かれるかもしれません。ストーリー的にも奥深さがあるわけでもないのに、
どちらかと言えば、時間を贅沢に使って、1時間45分まで引っ張ったって印象が強く、
やはりどちらかと言えば、映像先行型の映画という印象が残ってしまうかもしれません。
ですから、ヒーローが悪を撃退するのを楽しむ映画というより、ハードボイルド映画の趣きに近いんですよね。

そのせいか、ウォーレン・ビーティ自身も年齢的なものもあってか
派手なアクション・シーンを自分がこなすというよりも、悪に近づいていく過程を描くことに注力しています。

80年代のウォーレン・ビーティは、81年の大作『レッズ』で高く評価を受けたにも関わらず、
『レッズ』で全てを出し切り精魂尽き果てたのか、真相は知りませんが(笑)、
87年に『イシュタール』に出演したぐらいで、実質的には本作まで約9年間のブランクがあるのですが、
『イシュタール』で酷評された反動なのか、さすがにもうシリアスな政治映画を撮るエネルギーは無かったのかも。

とは言え、本作の後は力作『バグジー』で再び注目されて、
共演したアネット・ベニングと結婚するなど、ウォーレン・ビーティは復活するのですが、
ひょっとしたら、本作はマドンナと共演するためだけに撮ったというのは、あながち間違いではないかもしれません。

しかし、アメコミの映画化がもっと盛んに行われるようになった、
90年代後半以降に本作が撮られていれば、もっと内容は変わっていたでしょうね。
そう思えるだけに、個人的には“早過ぎた映画”という印象がどうしても拭えない一作ですね。

(上映時間105分)

私の採点★★★★★★☆☆☆☆〜6点

監督 ウォーレン・ビーティ
製作 ウォーレン・ビーティ
原作 チェスター・グールド
脚本 ジム・キャッシュ
    ジャック・エップスJr
撮影 ヴィットリオ・ストラーロ
編集 リチャード・マークス
音楽 ダニー・エルフマン
出演 ウォーレン・ビーティ
    マドンナ
    アル・パチーノ
    ダスティン・ホフマン
    ジェームズ・カーン
    チャールズ・ダーニング
    キャシー・ベイツ
    グレン・ヘドリー
    ウィリアム・フォーサイス
    エド・オロス
    エステル・パーソンズ
    シーモア・カッセル
    R・G・アームストロング
    ポール・ソルビーノ

1990年度アカデミー助演男優賞(アル・パチーノ) ノミネート
1990年度アカデミー撮影賞(ヴィットリオ・ストラーロ) ノミネート
1990年度アカデミー主題歌賞 受賞
1990年度アカデミー美術賞 受賞
1990年度アカデミー衣装デザイン賞 ノミネート
1990年度アカデミーメイクアップ賞 受賞
1990年度アカデミー音響賞 ノミネート
1990年度イギリス・アカデミー賞プロダクション・デザイン賞 受賞
1990年度イギリス・アカデミー賞メイクアップ賞 受賞