デルス・ウザーラ(1975年ソ連)

Dersu Uzala

地質調査のため、シベリアの過酷な大地に入った探検隊が、
あまりに厳しい自然環境に困難を極める中で、一人で狩猟を営み生活するデルス・ウザーラと出会い、
不思議な能力を持つデルスによって、数々の危険な状況を回避、あるいは克服できたことから
隊長のアルセーニエフが彼に信頼を抱き、やがて固い友情で結ばれていくまでを描いたヒューマン・ドラマ。

当時、スランプに陥っていた日本映画界を代表する巨匠、黒澤 明がソ連の協力を得て、
雄大な大自然をバックにダイナミックに描き切った超大作で、当時、米ソ冷戦という緊張を極めた
国際関係の中で、よくぞ本作を撮るチャンスがあったものだと、改めて感心せざるをえない作品だ。

事実、黒澤 明自身も本作のメガホンを取る機会を得たことから、
世界的な評価や80年代以降に、規模の大きな作品を手がけるキッカケとなりました。
そういう意味で本作は、彼にとっての大きなターニング・ポイントとなる作品だったと思いますね。

文豪ドストエフスキーはじめ、ロシア文学に明るかった黒澤 明ですから、
本作をシベリアの大地で撮影することは、彼にとって大きなテーマであったことは間違いないのですが、
実際の撮影も恐ろしく過酷なロケであったことは容易に想像され、これは大変な仕事だったであろうと思う。

様々な困難に遭った挙句、興行的大失敗をしてしまった70年の『どですかでん』以降、
本作を挟んで約10年もの間、黒澤は日本で映画を撮影しておりませんが、
本作は企画の段階から低予算で見積もられ、出演者には実際のソ連兵も数多く参加していたそうだ。
黒澤らもロケ地への移動にそうとうな節約を強いられ、更にスケジュールもタイトだったらしい。
それでもこれだけ充実した映画を撮れるわけなのですから、黒澤はやっぱり偉大な映像作家ですね。

この映画の大きな設定として、
アルセーニエフが何故、人類未開の地を探検せねばならなかったのかという疑問がありますが、
これは壮大な国土面積を持つ20世紀初頭のソ連が、如何に人類未開の地を減らしていくということを
大きなテーマに持ち、大陸を横断する鉄道網を張り巡らそうとしていたことに起因していると思います。
(事実、現在のシベリア鉄道の原形は1904年に全線開通しています)

こういった歴史こそが、交易をもたらし、文明を発展させてきた基礎の部分なのですよね。

それと関連することですが、本作の中で文明の発展に関するエピソードがあり、
虎の恐怖にさいなまれたデルスがアルセーニエフに懇願し、彼の自宅があるハバロフスクに住むという
エピソードがあります。一時的に上手くいくかと思われた生活でしたが、やはりデルスは都会の人間ではない。
どうしても大きなカルチャー・ギャップが埋まらず、デルスにそれは理解できません。

これは皮肉にも、如何に19世紀後半から人々の暮らしが急速に発展したかを実感しますね。
これは多少の差があれど、資本主義経済が発展した頃から、世界共通の変化でもあります。

また、この映画、とっても良いシーンが数多くあるんですよね。
特に印象的なのは、デルスが「すぐに雨はあがる」と言って、雨宿りをしていた小屋から出てくるシーンで、
小屋からデルスに続いて探検隊が出てくると同時に、虹のアーチを映しているのは奇跡と言っていい。

それだけでなく、凄い地吹雪に帰り道を見失いビバークするシーンでは、
過酷な撮影環境の中、枯れ枝を拾い集め、ビバークするポイントを作るシーンも名シーンだ。
このシーンがあってこそ、初めてデルスとアルセーニエフの友情が成り立つ話しなので、
このシーンこそが、おそらく本作の中で最も重要なシーンと言っても過言ではないでしょうね。

従来の黒澤の映画とはあまりに毛色が異なる作品であったせいか、
本作公開当時、日本では一部、酷評する論調があったようですが、世界的には高い評価を得ています。
少なくとも僕は本作にも、随所に黒澤の良さが出ていると思うし、本作から強い感銘を受けた一人です。

活劇性という意味では、目立った場面はないかもしれませんが、
やはり前述したビバークするシーンの少し突き放して映したシーンは突出した緊張感がある。
これは敢えて近くで撮らず、まるで傍観者のように撮ったことに意味があると思いますね。

黒澤の功績もデカいですが、本作にあっては中井 朝一をはじめとする、
カメラスタッフの功績もひじょうに大きく、これは実に価値のある仕事と言ってもいいと思います。

60年代からハリウッドをはじめ、日本映画界に留まらない活動を始めた黒澤でしたが、
『トラ・トラ・トラ!』の解任騒動以降、本作のような形でソ連で仕事をするというのが意外ではありますが、
それでも当時、アメリカでも本作のことを高く評価してくれたことは、歴史的にも意義深いことです。
それだけ当時、黒澤の影響力というものが既に大きなものであったことの印しなんですね。

僕は日本映画界は本作のことをもっと誇ってもいいと思っています。
残念ながら日本の資本で、こういった企画を実現できなかったことは悔やまれますが、
それでも日本を代表する映像作家が為した、実に偉大なフィルムであるということに間違いありません。

色々と日本の映画会社が手を回して、ソ連側を口説き落としたらしいのですが、
それでもこれだけの作品として完成したことは、揺るぎない実績として賞賛されるべきものなのです。

(上映時間141分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 黒澤 明
製作 ニコライ・シゾフ
    松江 陽一
原作 ウラジミール・アルセーニエフ
脚本 黒澤 明
    ユーリー・ナギービン
撮影 中井 朝一
    ユーリー・ガントマン
    フョードル・ドブロヌラーボフ
音楽 イサーク・シュワルツ
出演 ユーリー・サローミン
    マクシム・ムンズク
    スベトラーナ・ダニエルチェンコ
    シュメイクル・チョクモロフ
    ピャートコフ
    プロハノフ
    ウラディミール・ブルラコフ
    アレクサンドル・フィーリベンコ

1975年度アカデミー外国語映画賞 受賞