脱出(1972年アメリカ)

Deliverance

イギリス出身の鬼才ジョン・ブアマンが描く大自然の脅威と、人間たちの欲望の恐ろしさ。

チョットしたレジャー精神と、安直なアウトドア主義から、
アメリカ南部の山奥の田舎町からカヌーで川下りに興じる4人の中年男性たち。
一見すると、社会的地位も確立し、家庭を持ち、生活に余裕が出てきた風貌だ。
しかし、4人の個性は様々でお互いの意見が合うことなく、渓流下りは進んでいく。

そんな彼らを襲った閉塞的な田舎町の男による常軌を逸した行動。
田舎町の男が襲いかかってきたように、すぐさま雄大な大自然も彼らに牙を剥く。

行き過ぎた文明社会に対する批判と、安直な自然賛美にも釘を指すなど、
ひじょうに複雑なニュアンスを込めた、あまりに複雑怪奇で濃密な映画だ。

67年の『殺しの分け前/ポイント・ブランク』で鮮烈なデビューを果たしたジョン・ブアマンが、
アメリカに渡って大規模なロケを敢行した異色作と言えるだろう。
やや大袈裟に言えば、本作は後にも先にも存在しえないタイプの映画と言えうだろう。
本作劇場公開当時、どのような話題を生んだのか僕にはよく分かりませんが、これはかなりの異色作だ。

今観ても、かなりショッキングな内容だと思うのですが、
山男たちの常軌を逸した奇怪な行動と、全てを飲み込むかのような勢いを持つ川の激流には、
映画を彩るスリルという次元を超えた、ホラー映画的要素を兼ね備えている。

ジェームズ・ディッキーの原作がどうなっているのか僕は知りませんが、
おそらく複雑であろうと予想される原作本を、ヴィルモス・ジグモンドのカメラが見事に活写している。
特に急流を下る4人の男たちのカヌーを真正面から捉えたショットはかなり斬新だと思いますね。
『JAWS/ジョーズ』の公開が75年だったことを考えると、この迫力はかなり斬新だ。

ジョン・ブアマンが描く独特な世界観が、映画全体に緊張感をもたらします。
山男の一人が保険屋のボビーをレイプするシーンに始まり、大腿の大怪我を追うルイスなど、
生々しいシーンがスクリーンいっぱいに炸裂します。これほどまでに強烈な映画って、そうそうありません。

この映画は悪く言えば、田舎のイメージを偏見的に描いています。
この映画を観て率直に思ったのですが、この内容を観てよく郡部の人が怒らなかったなぁと。
彼らの外見からして偏見的なのですが、それだけでなく彼らが持っている閉塞的な空気が象徴的です。
こういった一連のシーンは、郡部の人が観れば、どう考えたって気持ちのいいものではないだろう。
それは当時のジョン・ブアマンは勿論のこと、プロダクションも分かっていたはずなのです。

しかし、それでも彼らは敢えて田舎町を偏見的に描くことを選択しました。

それは何故なのか...
僕が予想するに、映画のインパクトを狙っていたんだと思うんですよね。
つまり敢えてセンセーショナルな話題を巻き起こすこと自体が、大きな目的だったと思うんですよね。

映画に緊張感をもたらすためには、映画を大きく見せなければなりません。
意図的に映画をステレオタイプに見せることによって、それは実現可能になったと思うんですよね。
そういう意味では、敢えてショッキングな描写を導入したことによって、彼らの狙いは達成されていますね。

そういったリスクを背負ってでも、映画を類型的に描いたからこそ、
人間や自然の狂気の恐ろしさをホラー的に表現することができたのだろうと思いますね。

この姿勢って、ジョン・ブアマンの中では本作で初めて確立されたと思うのです。
意図的に過剰気味に映画を見せて、観客に映画を必要以上に大きく見せるというのは、
ジョン・ブアマンの長いキャリアの中でも、一つのキー・ポイントでもあります。
事実、彼は本作の後、『未来惑星ザルドス』や『エクソシスト2』、『エクスカリバー』などのカルト的作品を手がけ、
やがては『エメラルド・フォレスト』、『戦場の小さな子供たち』など評価されていきます。

ジョン・ブアマンは環境保護に対してかなり熱心なディレクターですから、
映画の中で彼が本来的に描きたいことを主張するためには、本作のような手法が必要だったんでしょうね。

ドンドン、ドンドン、映画を過剰に見せていって、思わず観客は「どう終わらすんだろう?」と疑問に思う。
そんなとこをガァーーーーン!と一気に収束へ向かう、力技とも言えるラストの展開が何とも妙だ。
それまでは画面いっぱいに緊張感を張りめぐらし、命からがらのアクションの連続でしたが、
ラストは急に後ろめたさを感じさせる空気がある。それは彼らが、誰にも打ち明けることの出来ない、
トンデモない秘密を共有し、それを墓場まで持っていかなければならないとする、運命を持ってしまったから。

ジョン・ブアマンの映画って、本作みたいに個性的な内容が多いんだけれども、
この映画は個人的にトラウマ的一本であることは否めない。それぐらいに強烈な作品です。

もっと言うと、何度も観ようとは到底思えない異色作といった感じです。

(上映時間108分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ジョン・ブアマン
製作 ジョン・ブアマン
原作 ジェームズ・ディッキー
脚本 ジェームズ・ディッキー
撮影 ヴィルモス・ジグモンド
    ビル・バトラー
音楽 エリック・ワイズバーグ
    スティーブ・マンデル
出演 ジョン・ボイト
    バート・レイノルズ
    ネッド・ビーティ
    ロニー・コックス
    ビル・マッキーニー
    ジェームズ・ディッキー

1972年度アカデミー作品賞 ノミネート
1972年度アカデミー監督賞(ジョン・ブアマン) ノミネート