デーヴ(1993年アメリカ)

Dave

不倫相手との逢瀬のために、パーティー会場から退出する際の“替え玉”として選ばれた、
平凡な人材派遣業を営む中年男性が、大統領本人が脳卒中で倒れたことがキッカケで、
長期間にわたって大統領を演じなければならなくなり、大統領本人とまるで性格が違うことで
周囲からの評判もうなぎ登りであったものの、対立した補佐官との実質的な対決に至る姿を描いたコメディ。

本人は“超”がつくほどの堅物であるものの、何故かコメディ映画に数多く出演して、
数多くの名演技を残しているケビン・クラインが本作でも見事なまでのハマリ役で、未だに人気がある作品だ。

監督はアイバン・ライトマンで、本作は実にバランス感覚に優れた作品で、しっかり楽しませてくれる。
ケビン・クラインの好演もあるけど、やはりディレクターであるアイバン・ライトマンの演出力の賜物と思う。

一点だけこの映画で気になることがあるとすれば、
本作では映画の後半しか登場してこないのですが、副大統領役でベン・キングズレー、
倒れた大統領の“替え玉”を延長採用しようと決める補佐官の役でフランク・ランジェラが出演しているのですが、
正直言って、これは僕の感覚としては逆のキャスティングの方が良かったかなぁと思えるんですよね。

ベン・キングズレーの神業的な芝居を何度か観ているせいか、
どうも本作のようにホノボノとした、マイルドな役柄だと逆に勿体なく感じてしまうのでしょうけど・・・(苦笑)。

ジェイ・レノ、ラリー・キングに留まらず、
アーノルド・シュワルツェネッガーやオリバー・ストーンなど本人役でカメオ出演しており、
ハリウッドだけでなく、アメリカのショービズ界に人脈がないとできない映画という印象で、
あまり巨額の製作費がかかっている映画ではないにしろ、どこか豪華な印象を受ける仕上がりですね。

この辺はアイバン・ライトマンの上手さでもあり、大統領の執務を一般人が携わることになる映画ですので、
やはり少しでもセレブリティな空気を味わえるという、「非現実」な空気を味わう感覚が必要であり、
加えて時の大統領が如何にマスメディアから注目される存在であるかを、現実感たっぷりに描く必要がありました。
そこでこういったカメオ出演でスターやジャーナリストを自身の役で出演させることでクリアしたのは正解でしたね。

そんなビジョンに応えるように、こういった一連の豪華ゲストにホントに出演してもらえたというのは、
これはこれでアイバン・ライトマンの人柄の良さもあるからこそではないだろうか?

そのおかげかどうかはともかくとしても、
映画の出来はとても良いと思う。良くも悪くも冒険しなかったことが良かったと言えば、それは否定できないが、
これだけ手堅い演出に終始して、常に全体のバランスを考慮した上で映画を撮り切れたことは素晴らしいと思う。

別にカルトな映画というほどではなく、劇場公開当時も拡大公開されていたはずですが、
劇場公開から時間が経って、忘れ去られてしまったような部分もありますが、忘れられるには勿体ない作品です。

この映画はシナリオが良く書けていると思う。単純にストーリーの面白さもあるが、
何より主人公が如何に合衆国大統領の“替え玉”に仕立て上げられるかも克明に描けているし、
そうして物語を広げて、クライマックスに向けて物語を収束させるのですが、それもまた実に上手かった。
この頃のハリウッドもまだ勢いがあったけど、そんな中でも本作、とってもクオリティが高い作品だったと思う。

チョット言い過ぎかもしれませんが、アイバン・ライトマンの監督作品としては
極めて上質な仕上がりであり、ひょっとすると最高の出来かもしれません。それくらいに、上手く絡み合っている。
そういう意味では、ゲイリー・ロスが書いた素晴らしいシナリオとの幸運な出会いもあったのかもしれません。

ただ、この映画の惜しいところは、とっても良いシナリオであるにも関わらず、
映画を観終わった後の感覚に充実感が無い点で、これは作り手の問題が大きいと思う。
相反するようなことを言って恐縮だが、元来、アイバン・ライトマンはそこまで器用な映像作家ではない。
これだけのシナリオがあるのですから、通常の感覚から言えば、映画を観終わった後に大きな充実感があるはずだ。

ところが本作には、そんなハートウォーミングな充実感が希薄になってしまっている。
本作が劇場公開当時にも、そこまで大きなヒットとならなかったのは、この地味過ぎる作り方にあるのかもしれない。
せっかく出来の良い映画なのに、これは凄く勿体ないことだと思います。チョットした差で、そうなっていますね。

この頃は『エイリアン』シリーズのリプリー船長のイメージが強かった、
シガニー・ウィーバーが大統領夫人として出演していますが、彼女もまたとっても良い存在感だ。
ケビン・クラインとのコンビネーションも抜群ですが、気が強いだけでなく、あまり前に出過ぎない芝居で良い。
特に映画の後半にあった、主人公と車に乗って出かけて、警察官に車を止められてしまい、
警察官に大統領と大統領夫人であることを悟られそうになったシーンでの表情がとっても上手い(笑)。

実際に合衆国大統領ぐらいになると、いわゆる“替え玉”って存在するのかもしれませんが、
身代わりを目的に、リスクがある場面で“替え玉”を起用するという発想が凄い。ある意味で、命と引き換えですから。

それも政府関係者が家に土足であがり込んで、一方的にスカウトするというのも
あまりに非現実的な設定のように感じますが、スカウトしに行ったビング・レイムス演じる黒人SPも
敢えて冷徹な存在として描いて、映画の最後にはキチンと印象が残るキャラクターとしている。
そう、本作の特に良かったところは脇役キャラクターをとても大切に描いているところだと思いますね。

まぁ・・・元々の大統領の性格を否定的に描き過ぎているのも気にはなるのですが、
この映画を観て、思わず住友商事の合言葉とも言える、「熱心な素人は怠慢な玄人に優る」という言葉を思い出した。

何より、国民のことを考えて政治のタクトを振ることを考えていた主人公が
財源を自分で確保しろと言われれば、事業整理を能動的に行って、自ら財源を確保するし、
それまでの常識では計り知れない政策を打ち出しては、周囲の支持を得ていきます。

この標語について、一つ思うことがあるとすれば、熱心な素人はもうその時点で決して“素人”ではないのです。
難しいテーマだなぁと感じるけど、“素人”ではなくなると、どこかに胡坐をかいてしまうのが人間なのかもしれません。
この映画の主人公も、決して胡坐をかかなかったからこそ、周囲からの評価を得られたのかもしれません。

是非とも数多くの方々に観ていた頂きたい、実に優れた秀作と言えよう。

(上映時間109分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 アイバン・ライトマン
製作 ローレン・シュラー=ドナー
   アイバン・ライトマン
脚本 ゲイリー・ロス
撮影 アダム・グリーンバーグ
音楽 ジェームズ・ニュートン・ハワード
出演 ケビン・クライン
   シガニー・ウィーバー
   フランク・ランジェラ
   ケビン・ダン
   ベン・キングズレー
   チャールズ・グローディン
   ビング・レイムス
   ボニー・ハント
   ローラ・リニー

1993年度アカデミーオリジナル脚本賞(ゲイリー・ロス) ノミネート