ダンサー・イン・ザ・ダーク(2000年デンマーク)

Dancer In The Dark

こんなに観る人を不愉快な気持ちにさせる映画も珍しいが(笑)、
やっぱりこれを平然と撮ったラース・フォン・トリアーって、やっぱり凄い映像作家だと思うよ(笑)。

ハリウッドを見渡したって、彼ほど強引に映画を撮れる人って、
最近の映画人では皆無でしょうね。なんか映画の方向性を間違えてる気もしますが(苦笑)、
やっぱり彼が映画を撮る情熱って凄まじいもので、その迫力が支配している2時間40分と言っていい内容だ。

僕は本作が劇場公開された頃をよく覚えていて、
カンヌ国際映画祭でグランプリを獲得したこともあって、欧州はおろか北米でも商業的成功を収め、
日本でも半ば鳴り物入りで拡大ロードショーとなり、その衝撃的な内容もあって、大きな話題となりました。

今になって思えば、この映画って、ミニシアター向けの内容って感じもするし、
どう考えても、大きな映画館で上映するタイプの映画ではなかったように思うのですが、
今では信じられないことに、当時は巨大シネコンでも大々的に劇場公開されていましたし、
日本でも宣伝の効果あってか、それなりのヒットとなっています。決して、内容は売れ線ではないのにです。

ラース・フォン・トリアーとの名コンビであるロビー・ミュラーのカメラなのですが、
本作はほぼ全編で手持ちカメラのユラユラとした映像であり、お世辞にも“観心地の良い”映画ではない。

幾度となく挿入されるミュージカル・シーンにしても話題となりましたが、
あくまでヒロインの空想という形で描かれるせいか、ミュージカル・シーンに力強さは、あまり感じられない。
しかし、ある意味でラース・フォン・トリアーの用意周到さがよく象徴された演出があって、
ミュージカル・シーンでも少しずつ違和感を覚えさせる音楽にノイズを入れていて、ビョークがオルタナ系で
活動しているミュージシャンであることも利用して、あまりに衝撃的なクライマックスへの序章としている。

主演のビョークも映画初出演で、いきなり随分とヘヴィな内容を選択したものですが、
ある意味で、こういう破滅的な内容を彼女自身も好んでいるのではないかと思えるほどの自然さで、
彼女の頑張りがあったからこその本作で、彼女をキャスティングしたプロダクションの勝利でしょう。

しかし、本作はホントに居心地の悪い映画だ。

ヒロインはほぼ失明寸前なのに、シングルマザーとして一人息子を支えるためにもと、
貧しいながらも近所の協力を得ながら、チェコからの移民である彼女のことを優しく扱ってくれる、
人々に助けられ、経済的に困窮せずに、尚且つ、内密に貯金を重ねながら生活している。

何故、貯金をするかというと、自分の視力が低下する病いは遺伝性のものであり、
息子も成長するにつれ、やがて発症してしまうことを知っていたからこそで、
なんとか内職を重ねて貯金することで、息子が目の手術を受けられるようにするため。

そんな健気な生活をする彼女も、無類のミュージカル好きで、
仕事しながらも空想に浸り、空想に夢中になってしまって、危険な目に遭うこともしばしば。

到底、貯金の目標金額には到達しないまでも、順調に貯金を重ねていったヒロインですが、
ひょんなことから健常者である、周囲の人々の“チョットした悪意”から、彼女は転落していきます。

ある意味で、人間の闇の部分を明らかにすることが、ラース・フォン・トリアーの目的だったのかもしれません。
彼が撮った、96年の『奇跡の海』も観ましたが、映画を観ていて、観客を精神的に追い込んでいくんですよね。
彼が撮る映画のポイントって、人間の明らかな悪意というよりも、やはり“チョットした悪意”なんですね。
その“チョットした悪意”というのは、人間の「少しぐらいなら・・・」と思う気持ち、正にこれなんですね。
少し言い過ぎかもしれませんが、そういう悪意というのは、あまり自覚が無い場合が多いんです。

でも、それって凄くエスカレートするし、そうなると人間の暗部を見せられることになるんですね。
ラース・フォン・トリアーって、常に映画の中でそういう姿を描き続けている感じで、とても居心地が悪い(笑)。
だから万人に薦められる映画って感じじゃないんだけど、やっぱり人間の暗部を描くという意味では、
凄く芯の強い、初志貫徹な意思が凄くって、これはなかなか真似できるものじゃないんですよね。

本作にしても、隣人が“チョットした悪意”を見せた瞬間から
理不尽にもヒロインの運命が転落していくスタートとなってしまい、アッという間にその悪意は肥大化し、
どうあがいても彼女が八方塞がりになっていく様子を、真正面から実にじっくりと描いていくんですね。

こういう姿勢って、ラース・フォン・トリアーの観客に対する挑戦といった感じで、
2時間40分、まるで何一つ救いの無い物語を見せることで、観客に映画を観る覚悟を問っているようです。

悪意ではないけれども、形勢が悪くなると、
それまで応援してくれた人々が、途端に応援してくれなくなるという状況も観ていてツラい。
ある意味で人間の冷たさを象徴させているようで、いざ裁判となった途端に脚色して語るようになり、
事実を証言しているかのように語りながらも、事実ではないニュアンスで伝わってしまいます。

そして再審請求のために、ヒロインを応援する人々がとった行動も、ある意味で無情である。
意見の違いと言えばそれまでですが、ヒロインの思いが蔑ろにされるような行動になってしまう不条理さ。
だからこそ、ヒロインのヤケになった心は収まらず、破滅的な結末へと向かわざるをえなくなってしまうのです。

正直言って、ヒロインの行動にもあまり納得性が無いのですが、
それ以上に彼女を取り巻く環境が凶器となってしまう恐ろしさは、あまりに強烈な現実だ。

しかし、ヒロインが勤める工場での同僚で、彼女を支え続けるキャシーを演じた、
カトリーヌ・ドヌーブは若いですね。往年の美貌を、未だに維持できている感じで、女優魂を感じます。
かつてフランス映画界を代表する名女優として活躍しましたが、未だその時代を彷彿させる美貌です。

「キチッと覚悟ができた人からご覧ください」と言わざるをえない内容ですが(笑)、
ラース・フォン・トリアーの作家性を理解できている人、ビョークのファンなら観ておいた方がいいでしょう。
お世辞にも観た後、明るい気持ちになれる感動作だなんて言えませんが、一見の価値はあります。

が・・・正直言って、僕はこの映画が好きではない(笑)。

(上映時間140分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 ラース・フォン・トリアー
製作 ヴィベケ・ウィンデレフ
脚本 ラース・フォン・トリアー
撮影 ロビー・ミュラー
音楽 ビョーク
出演 ビョーク
    カトリーヌ・ドヌーブ
    デビッド・モース
    ピーター・ストーメア
    ジャン=マルク・バール
    ヴィラディカ・コスティック
    カーラ・セイモア
    ジョエル・グレイ
    ステラン・スカルスゲールド
    ウド・キアー

2000年度アカデミー歌曲賞(ビョーク) ノミネート
2000年度カンヌ国際映画祭パルム・ドール 受賞
2000年度カンヌ国際映画祭主演女優賞(ビョーク) 受賞
2000年度インディペンデント・スピリット賞外国語映画賞 受賞