クライ・マッチョ(2021年アメリカ)

Cry Macho

過去に幾度となく企画が立ち上がっては消えていた、老カウボーイと少年の交流を描いたドラマ。

撮影当時、既に90歳となっていたイーストウッドが監督と主演を兼任するという、スゴい映画ですね。
1988年にイーストウッド自身が、本作への出演をオファーされていて、「自分には若過ぎる」と言って、
当時は出演を断わっていたそうなのですが、90歳になってまで演じようと思うとは、僕たちの想像を超えましたね(笑)。

本作でイーストウッドが描きたかったことは、確かによく分かる。
でもさ、さすがに彼自身が演じるには年をとり過ぎてしまった気がする。正直、観ていてキツかった。。。

シレっと、イーストウッド演じる主人公マイクのロマンスを描くことを復活しているのにニヤリとさせられますが、
さすがにメキシコの有閑マダムみたいな女性からベッドに誘われて、「何でもしてあげる」と言われるシーンは
やり過ぎというか、どこか介護に近い感覚に見えてしまった・・・。気持ちは分かるけど、あれは匂わせなくていいなぁ。

イーストウッド自身が、このマイクという老カウボーイがどれくらい年齢設定で演じていたのかが分からず、
あまり強いことは言えないけれども、僕が見る限りではイーストウッドよりも20歳は若い年齢くらいのように思った。
そして、これが80歳くらいのときのイーストウッドであれば、そういった年齢差をカバーすることができただろうが、
さすがに本作ではその年齢差をカバーすることができず、少なくとも80歳代後半のお爺ちゃんに見えてしまう。

それはイーストウッド自身のシルエットに、どこか加齢の影響が否めず、オーラが弱まった気がした。
確かに2018年の『運び屋』ももう結構キツかったけど、本作はそれが更に加速した印象が残ってしまった。
しかし、それは仕方がない。イーストウッドだって人間だし、誰だって年をとる。僕はそれを否定することはできない。

だからこそ思うのですが、苦渋の選択なのかもしれませんが、
イーストウッド自身がどうしても、演じなければならなかったのかが僕には疑問でならなかったんですよね。
他の役者でもっと適任がいたような気がするし、イーストウッドが演じるには彼自身が年をとり過ぎてしまった。

受け答えこそ遅くはないのですが、コップを持つ手が微妙に震えているように見えるシーンもあったし、
さすがに背中も少し曲がってきたように見える。今まで腕っぷしの強い男を演じてきたイーストウッドなので、
個人的にはこういう姿は観たくなかったが、それでも押し通せるのはイーストウッドのキャリアがあるからだろう。

矛盾して聞こえるかもしれませんが、イーストウッドなりによく頑張っています。
おそらく無理があることを彼自身が察していたのではないかと思うのですが、必死にカバーしようとしている。
老体に鞭打つような感じが凄くて、イーストウッドの一挙手一投足が気になって仕方がなかったですね。
キツめの斜面を登ろうものなら、すぐに滑り落ちるのではないかと心配になるし、ケンカになるシーンでは
興奮して体に負担がスゴいだろうなぁ〜と、どうでもいいことが気になって仕方がなく、今一つ集中できない。

少年を取り返そうと追ってくる男が、マイクが運転する車の側面にぶつけるシーンなんかは、
現実的に考えると、イーストウッドの年齢であんな事故に遭ってしまうと、ショックで死んでしまうかもしれない。
それでも、シレっと演じてしまうイーストウッドがスゴいのですが、そろそろ無理が目立つなぁ・・・という印象だ。

叙情性豊かな映像は素晴らしいと思う。特に敢えて、逆光を真正面から捉えたショットなど、
通常であればありえないカメラと切り捨てられそうなシーンも、イーストウッドの落ち着いた演出だと違って見える。

少年が可愛がっていた鶏が、少年から“マッチョ”と呼ばれており、
その鶏が「コケコッコー!」と鳴いて、少年たちを守ろうとする行動をとることから、このタイトルがあるのですが、
一見すると老ロデオ・カウボーイを主人公とした映画だったので、馬がメインで映るのかと思いきや、
むしろこの鶏がメインで描かれるという塩梅で、映画の大事なところで鶏の存在が利いているのが良いですね。

本作はコロナ禍真っ只中のときに撮影されたということで、イーストウッドも大変だったようだ。
勿論、初期の頃だからイーストウッドが感染してしまうリスクを気にしなければならなかっただろうし、
キャストを集めることも大変だったようだ。それでも、やり遂げるイーストウッドの情熱がホントに素晴らしいと思う。

本作なんかを観ていると、イーストウッドなりに若者に伝えたいことがたくさんあるのだろうと思う。
どうやら、2024年以降に公開される作品でイーストウッドは映画界から引退すると噂されておりますが、
以前のインタビューでは「引退することは考えていない」と言っていたことから、生涯現役を貫くのかもしれない。

若者に何かを伝えていくこと自体は、イーストウッドは82年の『センチメンタル・アドベンチャー』あたりから、
一つのテーマとして映画の中で描き続けたことであり、それを怒りに転換したのが近年では『グラン・トリノ』でした。

80歳代に突入した2010年代も、次から次へとあらゆる題材の映画を立て続けに発表したイーストウッドですが、
ここにきて世代交代をテーマの映画に回帰してきたのが、なんとも興味深い。しかも、こういう題材になると
ほぼ必ずと言っていいほど、イーストウッド自身が主演も兼務するので、とても思い入れが強いのでしょうね。
自身のヨボヨボした感じを分かっていて演じていたのであれば、これが俳優引退になっても不思議ではない気がします。

でも、個人的にはイーストウッドほどの情熱があれば、このヨボヨボ感を逆に武器にした俳優として
違う境地を見い出しそうな気もするのですが、いずれにしても末永く健康に長生きしてこそ、それができますからね。
イーストウッドの実母もかなりの長生きだったと記憶してますので、長生きの家系なのかなと思いますが、
長くハリウッドの第一線で働き続けてきたイーストウッドですからね、これからもレジェンドとして君臨して欲しいです。

それから、政治家としての側面もあったイーストウッドですから、自身の監督作で少しずつ、
そんなエッセンスを込めてきたのですが、本作でもメキシコとの国境を描くなど、さり気なく時事ネタを入れてくる。
と言うのも、ハリウッドでも共和党寄りで知られるイーストウッドは当初、トランプ支持を公言していたのですが、
本作撮影の頃は自身は超党派だとして、民主党の候補者を支持することを匂わせ始めていた時期でしたので、
彼なりにトランプに対して思うところがあったのだろうと思う。一緒にゴルフでホール回ったことがあるらしいけど。

決して、政治的メッセージが込められているわけではありませんが、
アメリカ側からメキシコへ渡るときは、薄着の姉ちゃんたちが「バカンスでビーチへ行くのよ♪」と明るいのに対し、
メキシコ側からアメリカへ渡るときは、少年が戻される事情が事情なだけに、どこか重く厳かな雰囲気である。

個人的にはイーストウッドの監督作品としては、もっと上手く出来たんじゃないかと思っちゃいますが、
“昔取った杵柄”じゃないですけど、イーストウッドの経歴があるからこそ評価される作品でもあると思います。
そういう意味では、本作への肯定的な意見も否定的な意見も、どっちも分かる気がする、なんだか複雑な作品です。

但し、敢えて言うと、仮に本作がイーストウッドの最後の監督作品だというのなら、物足りない。
きっと彼なりに常に挑戦意識を持って映画を撮っていると思うのですが、本作は集大成としては物足りない。
俳優業としては難しいかもしれないけど、驚異的なペースで映画を撮り続けてきたレジェンドとしての集大成を観たい。
それには本作は、その完成度としてどこか寂しい。自身でまだまだ現役だとロマンスを演じてしまっているので(笑)、
これが最後の監督作品だとは思っていないと思うのですが、もっとシャンとした背中で物語る姿を観たいと思う。

本作の主人公マイクは言葉で語らず、背中で見せるタイプの男だとは思うけど、
ここまで老いた姿となってしまうと、むしろ言葉で語った方が説得力があったのではないかと思えてしまう。
いつまでもイーストウッドらしい作風と、生涯現役な男の視点から観れば良い映画ということかもしれないが、
イーストウッドのキャリアの集大成という感じではない。だからこそ、もっと引き締まった映画を観たいと思ってしまう。

本作に厳しさはいらないのかもしれないが、全体的に甘くなる傾向が強かったと思います。
少年がテキサスに戻される事情だけが重たい感じで、どこかチグハグな部分があったことも否めない。

それに僕は必ずしも、イーストウッドが演じなければならない、なんてことはないと思うのです。
自由を謳歌するタイプのイーストウッドだからこそ、こうでなければならないなんて思っていないだろうけど、
今一度、ドカン!と挑戦意識の高い映画を撮って、長年のファンも含めて唸らせて欲しいし、感じさせて欲しい。

90代にはなったけど、僕にはイーストウッドならそんな仕事を平然とやってのける気がするのです。

(上映時間103分)

私の採点★★★★★★☆☆☆☆〜6点

監督 クリント・イーストウッド
製作 クリント・イーストウッド
   アルバート・S・ラディ
   ティム・ムーア
   ジェシカ・マイアー
原作 N・リチャード・ナッシュ
脚本 ニック・シェンク
   N・リチャード・ナッシュ
編集 ベン・デービス
編集 ジョエル・コックス
   デビッド・コックス
音楽 マーク・マンシーナ
出演 クリント・イーストウッド
   エドゥアルド・ミネット
   ナタリア・トラヴェン
   ドワイト・ヨーカム
   フェルナンダ・ウレホラ
   オラシオ・ガルシア=ロハス