遠い夜明け(1987年イギリス)

Cry Freedom

まぁ・・・これでも「黒人至上主義の映画」とか、「あくまで白人の目線から描いた映画」とか、
否定的に言われるのだろうけど、それでも僕はこの映画、完成度はとりあえず置いておいて、スゴい作品だと思う。

監督は82年に『ガンジー』で高く評価されたリチャード・アッテンボローで、
本格的に映画監督としてのキャリアを積み上げ始めていましたが、本作ではかなり本格的に社会派なアプローチ。
南アフリカ共和国でアパルトヘイトが撤廃されたのは、94年の出来事であり、世界的な議論が起きていたとは言え、
本作はアパルトヘイト真っ只中の時期に製作された作品であり、“緊急事態宣言”の中で描かれた作品だ。

よく、このような情勢の中で映画を完成させたなぁと感心させられましたね。
当然、映画化すること自体に賛否はあっただろうし、ひょっとしたら何らかの圧力もあったのかもしれない。

映画は南アフリカ出身の白人で、イースト・ロンドンで新聞社に勤務しながらも、
政府のアパルトヘイト政策を批判的に論評する記事を扱い、公安警察からも目を付けられていた、
ジェームズ・ドナルド・ウッズと彼の家族を中心に描き、獄中死した活動家スティーブ・ビコとの交流から、
南アフリカの実態を世界に発信するために、政治亡命の選択肢をとる様子をドキュメントした社会派ドラマです。

スティーブ・ビコの主張は黒人たちが過酷な境遇・苦難を当たり前のことだと思わずに、
人種問わずフラットに生きることができる社会環境を目指すということで、そのためには争いを辞さないというもの。
この主張を聞いてウッズは当初、人種間の分断を助長しているとして異を呈していたが、ウッズはビコとの交流を深め、
ビコら黒人たちの生活を深掘りしていくうちに、次第にビコの主張の真意を知り、不当な扱いを受け獄死したビコの
主張を風化させまいとして、ビコをドキュメントした本を出版させようと、監視の目をかいくぐって亡命を決行します。

実際に亡命するシークエンスでは、おそらく事実に近い描写を心掛けたこともあるのだろうけど、
映画としては凄く緊張感に満ちているというわけではないのですが、逆にそれが生々しく真に迫った映像に感じる。
あまりリチャード・アッテンボローって、こういう映画を撮る人っていうイメージは無かったので、この出来は意外でした。

まぁ、僕は表向きはそこまで政治的メッセージ性の強い映画だとは思わなかったけれども、
本作が描きたいことはハッキリしていて、“長いものに巻かれろ”という標語の通りに生きることがいいのか、
リスクを承知の上で行動を起こすことがいいのか、という焦点について描き、後者を選択する尊さを痛切に感じます。

当然ながらウッズの中にも葛藤があって、ビコの獄死を無駄にしないために出版するための
政治亡命を決心したウッズでしたが、家族の命を危険に晒すリスクもあって、妻の強い反発を受けます。
しかし、愛していたはずの祖国の警察の暴走とも解釈できる、強烈な嫌がらせに恐怖心を感じることで
アパルトヘイトを政策的に実施している南アフリカ共和国にいても解決できない問題があることを認識し、
この現実と闘う決意をしたウッズに同意するようになります。祖国に裏切られた気持ちだったのかもしれませんね。

映画で描かれるウッズの亡命は、警察の監視下に置かれた自分自身がどう国外脱出するかが問題で
ボツワナへ何とか逃げるために、南アフリカの隣国レソト王国を経由して、経由地で家族と合流するルートでした。

ウッズの記者仲間が彼と家族の亡命を手引きするわけですが、
公安警察のマークの強さもあって、なかなか上手くいかないわけで、仕方なく神父に変装することにします。
しかし、ウッズにとってはレソト王国までの道のりで、家族と離れ離れの行動であり、5人の子どもを連れて、
妻に行動させるということはウッズ自身にとっては、この上なく不安だったはずで、これはよく決断したなぁと思う。

ただ、個人的には映画の中でビコの獄死について触れるのは、チョット早過ぎたなぁと思った。
本作でビコを演じたデンゼル・ワシントンがアカデミー助演男優賞にノミネートされてましたが、
正直言って、映画の中で登場時間が短く、インパクトに欠けたことが否めないだろう。でも、ホントに良い仕事してます。
(同じ年の助演男優賞受賞者が『アンタッチャブル』のショーン・コネリーだったので、受賞は難しかっただろうけど・・・)

もっとビコとウッズの交流を、いろんな面から手厚く描いた方が、良いインパクトは残せたであろうし、
微妙なニュアンスも内包された、人種差別というテーマを超越した友情をクローズアップした作品になっていたでしょう。

やはり映画の後半の大部分をウッズの亡命のエピソードで埋めてしまうのは、チョット勿体ない。
確かにウッズが亡命を決意することは、本作の大きなテーマの一つではあるし、実に重たい決意なはずだ。
でも、ビコを早くに退場させて、亡命劇に時間を割いてしまうのはせっかくの映画の焦点がボケてしまった気がする。

社会派映画のアプローチとしては悪くはないと思うのですが、僕はウッズとビコはある種の友情で結ばれた関係と
本作を観て感じましたので、そうなだけに2人の心の交流にはもっと時間を割いて欲しかったし、ウッズがビコらに
気付かされた白人社会の不条理さについて嘆いたからこそ、彼が行動する原動力になったと思えるだけに、
ここはもっと大切に描いて欲しかった。アパルトヘイト下で結ばれた友情であったからこそ、ビコの非業の死に感化され、
ウッズが強く突き動かされたように、自分の手記を出版して世界に南アフリカの惨状を知ってもらおうと行動します。

前述したように、家族にも魔の手が迫りつつあった状況だったので、
ウッズらの決断はとても大きなものであり、時間的な猶予も少ないからこそ、彼らを突き動かす原動力が必要でした。
それは紛れもなく、ウッズとビコの友情だろう。勿論、多少なりともジャーナリストとしての動機付けもあっただろうけど。

映画は実に力強く、2時間30分を超える上映時間の長さをあまり感じさせない仕上がりでした。
これだけの長編になると、途中でダレる部分はよく生じるのですが、本作は終始、引き締まった良い構成だ。
繰り返しになりますが、リチャード・アッテンボローがこれだけの映画を撮れるとは、正直、想像してませんでした。

しかし、これだけ小説や映画、世界各国からのニュース番組でアパルトヘイト政策について
否定的な取り上げられ方をしながらも、結局、94年まで同政策を止めなかったという事実も、またスゴいなぁと思う。
当時はネット社会ではなかったので、情報を拡散させることはできなかったし、現実を報じるまでの時間差もあった。

しかし、それでもこれだけ時間がかかってしまったというのは、南アフリカの白人層では
まるで既得権益を守るかのような発想の人々が多くいたのか、アパルトヘイト撤廃には積極的ではなかった人も
多くいたという証左だ。事実、本作も南アフリカの映画館で上映するにあたった爆破テロ事件が起きたり、
過激な行動に出る白人層を抑えることができずに、映画で描かれた通りの腐りっぷりが、露呈していたようだ。

09年の『インビクタス/負けざる者たち』でもアパルトヘイト撤廃前後のことは描かれましたが、
デクラーク政権がネルソン・マンデラの釈放を認めた頃から、少しずつ潮目が変わってきたのでしょう。
かなり人種差別意識が高い人々が南アフリカの経済発展を支えていたのか、これだけの身勝手な人種差別を
国として推奨して、横行させられるなんて現代の感覚で言えば...チョット信じられないことですよね。

個人的にはウッズの家族が、決意の外出をするシーンがスゴく印象に残った。
実際にこういう局面があったのかは分からないけど、住み込みの黒人女性のメイドも薄々勘づいているのか、
微妙な空気感で家族の出発を見送り、白人街と呼ばれる住宅街にある大きな邸宅に残されるなんて、
ましてや公安警察に監視されている一家のメイドなわけですから、この後にどうなってしまうのだろうか・・・?

映画のラストに、南アフリカの警察に逮捕拘留されて獄死した黒人たちの命日と名前と死因が流される。
これが実に淡々とクレジットされている無情感も忘れられないけど、当時の警察が公表していた内容が
あまりいい加減な感じで、ほとんどが事故死か自殺で片付けられているように見える。おそらく事実ではないだろう。

結局、事実を公表できない理由があるということで、こういうスタンスに今でも憤りを感じる。
如何にアパルトヘイトが不条理なものであり、かつ悲劇しか生まなかったことが、よく分かる。正に“黒歴史”ですよ。

それにしても、本作の邦題は珍しく意味深長で、良い邦題をつけましたね。
確かにアパルトヘイトが撤廃される前に製作された作品であり、映画の内容をピンポイントに象徴している。
邦題をつけるのって難しいし、最近は原題そのままに日本で後悔するパターンがスゴく多いですけど、
内容をしっかり吟味した上での邦題であれば、僕は良いと思う。本作なんかは、この邦題の方がむしろシックリ来るし。

あまり説教クサくないところも本作の秀でた点であり、是非とも多くの方々に観て頂きたい秀作だ。

(上映時間157分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 リチャード・アッテンボロー
製作 リチャード・アッテンボロー
原作 ドナルド・ウッズ
脚本 ジョン・ブライリー
撮影 ロニー・テイラー
音楽 ジョージ・フェントン
   ヨナス・グワングワ
出演 ケビン・クライン
   デンゼル・ワシントン
   ペネロープ・ウィルトン
   ジョゼッテ・シモン
   ケビン・マクナリー
   ティモシー・ウェスト
   イアン・リチャードソン

1987年度アカデミー助演男優賞(デンゼル・ワシントン) ノミネート
1987年度アカデミー作曲賞(ジョージ・フェントン、ヨナス・グワンザワ) ノミネート
1987年度アカデミー主題歌賞 ノミネート
1987年度アカデミー音響賞 受賞