グリーン・デスティニー(2000年中国・香港・台湾・アメリカ合作)

Crouching Tiger, Hidden Dragon

2000年度アカデミー賞で作品賞含む、10部門にノミネートされたアクション映画。

これは劇場公開当時、大きな話題となった作品でアジア系の作品の欧米でのプレゼンスを高めた作品だと思う。
香港映画界のノウハウと、当時、流行っていたワイヤー・アクションを駆使した作品で大ヒットしたのですが、
こういうこと言うのもナンですが...個人的には本作は、チョット褒められ過ぎと感じているのが本音ですね。

監督は台湾出身で、20代の頃にアメリカに渡って映画製作を勉強していたアン・リーで、
95年の『いつか晴れた日に』あたりでアメリカでも評価が高くなり、中華圏に凱旋して本作を製作しました。

ハリウッド映画にも出演していたチョウ・ユンファ、ミシェル・ヨーは全米でも知られていたでしょうが、
本作はやっぱり役人と婚約し、それでも剣の達人としての腕前を隠し切れずに、闘いに出る若い娘を演じた
チャン・ツィイーが観客の心を奪ったのでしょう。本作のヒットで、彼女に一気に注目が集まりましたからね。
当時の彼女の人気を思えば、チャン・ツィイーはもっとハリウッドでも活躍するのではないかと思っていたんですがねぇ。

チャン・ツィイーは本作の前に出演した『初恋のきた道』で、注目を浴びていたので、
日本では既に人気があった女優さんでしたけど、アメリカでは本作がデビュー作みたいなものだったのでしょう。

物語としては単純明快で、チョウ・ユンファ演じる剣の名人ムーバイが相次ぐ闘いの日々に別れを告げ、
武士として引退するのを機に、愛用した“グリーン・デスティニー”と呼ばれる名刀を北京の知人に寄贈するために
ムーバイの弟子でありプラトニックにも恋愛感情を抱くシューリンに預けるものの、夜に何者に強奪されてしまう。
早くからシューリンの知人であり、役人との結婚を決められていた若き女性イェンに疑いの目を向けていたが、
ムーバイは仲間を殺され、イェンを野放しにするわけにはいかないと考え、武術を教えることを提案する。

しかし、独立独歩で自由に生きたいイェンは逃げ出し、
結果的に人々は逃げ回るイェンを追うようになり、ムーバイが望む平和は訪れない・・・というストーリー。

アン・リーらしくムーバイとシューリンの“ささやかな”恋愛を、慎みを持って描くあたりは流石ですが、
そもそも細かいことを描こうとした映画ではないので、彼がワイヤー・アクションをメインに映画を撮るということ自体が
予想外であったというのが本音で、ひょっとしたら香港映画の経験ある人に任せた方が良かったかもしれない。
思わず、そう感じてしまうくらい...正直言って、アン・リーのスタイルとワイヤー・アクションは合っていない。

木の枝の上を滑るように“歩いて”、ムーバイとイェンが対峙するシーンなんかは
ヴィジュアル的に印象には残るんだけど、その前の飲食店でのイェンの独壇場とも言えるアクションといい、
全体的に少々やり過ぎな感が否めず、もっと自然にワイヤー・アクションを使って欲しかったなぁ。

本作の場合は、どことなく多用し過ぎて、縦横無尽に動き回るのは良いんだけど、
肝心かなめの活劇が今一つ。もっと息を呑むようなアクションを期待していたし、スリリングな緊張感が欲しかった。
華麗にチャン・ツィイーが飛び回り、それにチョウ・ユンファも同調するように動き回るものだから、緊張感が無い。
まぁ・・・そういう映画なら、別に気にしないんですけどね。でも、これって“グリーン・デスティニー”なんでしょう?

その“グリーン・デスティニー”って、映画の前半で奪われた名刀ですからね。
だったら、もっと(日本流に言うと...)チャンバラを頑張らなきゃ。それも華麗な動きの中に丸められて、
斬るか斬られるかぐらいの緊張感がまるで無い世界として描かれるなら、作り手が本質を見定めていないと思う。

それから、あんまり本編とは関係ないですが、チョウ・ユンファの妙な髪型が気になって仕方がなかった。
この時代の髪型なのかもしれないけど、某演歌歌手の特徴的な髪型に似ている気がして、集中できない(苦笑)。

まぁ、それはともかくとして、剣を使ったアクション・シーンが多い割りには、
どこか緊張感に欠けるシーン演出ばかりで、武術の使い手の軽やかな動きから想を得たのだろうけど、
それにしてもワイヤー・アクションを効果的に使った、と言うよりは、ほとんどがワイヤー・アクションに頼ったって感じ。
だから、半ばワイヤー・アクションを使うことに目的があったのではないかと見えてしまうのが、なんだか勿体ない。

確かに『マトリックス』などもヒットした後だったし、こういうワイヤー・アクションの使い方もあるのかと、
驚かせた部分はあったとは思うけど、さすがに映画の終盤のアクションはほとんどワイヤー・アクションだもんね。

まぁ、魅力的な部分はあったけど、正直、僕の中で過大に評価されているように感じるのは、
このワイヤー・アクションの使い方、活劇性という点で本作は劣ると感じているからで、どうせなら超人を描いた
中身にすれば良かったのかもしれないが、思わず「これなら他にもっと面白い作品があるのでは?」と思えたから。

しかし、流麗に撮ったという点では、このカメラは評価されて然るべきというのは分かります。
僕個人の嗜好には合わなかったけど、木の上でのシーンでゆっくりと落下するような感覚にさせたり、
不思議な“浮力”を感じさせる立ち姿でお互いに対峙したりと、美しさがあると思うし、前述したように印象に残る。
だから僕の中では、アクションであったり動的なものを楽しむというよりは、流麗さを楽しむ作品という感じかな。

だからこそ、本作はピーター・パウのカメラが高く評価されたのだろうし、レヴェルの高さを感じさせます。
これだけでもアジアの映画人がハリウッドで足跡を残せたという点で、本作には大きな価値があるのだろう。
(僕は全く知りませんでしたが、実は2016年にNetflix配信限定で続編が製作されていたのですね・・・)

この名刀である“グリーン・デスティニー”について、もっと深く掘り下げる部分があっても良かったなぁ。
何故、多くの人々があれだけ“グリーン・デスティニー”に固執するのかがピンと来ない。これは大事なところだと思う。
ましてや、“グリーン・デスティニー”が盗まれることで物語が動き始めるわけで、これはしっかり描いて欲しいところ。

本作はむしろ、従来のアン・リーの監督作品のファンの方々がどう捉えているのかを知りたいかなぁ。
いつものアン・リーの監督作品って、丁寧に人物関係を描いて、徐々に歪や問題をあぶり出したりする手法で
細やかなアプローチをするイメージがあったんだけれども、少なくとも本作はそんな感じではなく、少々ラフな感じ。
前述した“グリーン・デスティニー”の力も触れられず、追い求める人々の想いがあまり伝わってこない。

どこに注目していたかで、本作に対する感想が大きく変わってきそうな感じですが、
アクション映画というよりも、形を変えた恋愛映画として観た方が、本作の魅力を新鮮に感じられるのかもしれません。

それは、ムーバイとシューリンという若くはない男女のプラトニックな恋愛とは対照的に、
嫁ぎ先が決められている若きイェンにも、突如として現れた盗賊の若頭みたいな男との恋愛がどこか初々しい。
映画の雰囲気に不釣り合いとも感じられたけど、映画を終盤まで観ると、ムーバイはシューリンとの恋に生きるのかと
思いきや、どことなく反抗的な行動にでるイェンの不思議な魅力に振り回されているように見えなくもない。

つまり、堅物に見えるムーバイも、実は若い娘が好きだったという設定に見えなくもなくって、
それもあって、「お前を弟子にしたい」と言い出したのかと...ある種、ギャグのような解釈もなくはないなぁ。
これは結構、本作を観た人の感想でも指摘されていることなのですが、僕もこの意見に同調できるかな。

そう思って観ると、敢えてイェンと若頭の初々しい恋愛を挿し込んできた意図も分からなくはなくって、
ムーバイがイェンへのあらぬ想いを、瞬間的に断ち切る理由になる。確かにこのムーバイという男、堅物に見えて、
そういう俗っぽいところを見え隠れさせるキャラクターでもあって、良くも悪くもつかみどころのない役柄ではある。

いろいろな情勢を鑑みるに、本作が高く評価されたことは映画史に於いても価値があるし、
00年代以降、ハリウッドでもアジア系の映画のプレゼンスが向上したことに大きく貢献したとは思いますが、
やっぱり数々の外国語映画賞を受賞したり、アカデミー賞で作品賞含む主要10部門ノミネートは少々やり過ぎ(笑)。

プロダクションの宣伝費のおかげでもあったのかもしれない...と穿った見方もしたくなるのですが、
実際はそうではなかったとして、アン・リーの立場から見ても、この高評価は予想外だったのではないかと思います。

ちなみに最近、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』でミシェル・ヨーは
アジア系俳優として初めてアカデミー賞で主演賞を獲得し、華々しくハリウッドの第一線に帰ってきました。
彼女はずっと欧米での活動も続けており、多くの苦労があったと思いますが、認知度の高い女優さんになりました。

(上映時間119分)

私の採点★★★★★★☆☆☆☆〜6点

監督 アン・リー
製作 ビル・コン
   シュー・リーコン
   アン・リー
原作 ワン・ドウルー
脚本 ワン・ホエリン
   ジェームズ・シェイマス
   ツァイ・クォジュン
撮影 ピーター・パウ
音楽 タン・ドゥン
出演 チョウ・ユンファ
   ミシェル・ヨー
   チャン・ツィイー
   チャン・チェン
   ラン・シャン
   リー・ファーツォン
   ハイ・イェン
   ワン・ターモン

2000年度アカデミー作品賞 ノミネート
2000年度アカデミー監督賞(アン・リー) ノミネート
2000年度アカデミー脚色賞(ワン・ホエリン、ジェームズ・シェイマス、ツァイ・クォジュン) ノミネート
2000年度アカデミー撮影賞(ピーター・パウ) 受賞
2000年度アカデミー作曲賞(タン・ドゥン) 受賞
2000年度アカデミー歌曲賞 ノミネート
2000年度アカデミー美術賞 受賞
2000年度アカデミー衣装デザイン賞 ノミネート
2000年度アカデミー編集賞 ノミネート
2000年度アカデミー外国語映画賞 受賞
2000年度イギリス・アカデミー賞監督賞(アン・リー) 受賞
2000年度イギリス・アカデミー賞作曲賞(タン・ドゥン) 受賞
2000年度イギリス・アカデミー賞衣装デザイン賞 受賞
2000年度イギリス・アカデミー賞外国語映画賞 受賞
2000年度ニューヨーク映画批評家協会賞撮影賞(ピーター・パウ) 受賞
2000年度ロサンゼルス映画批評家協会賞作品賞 受賞
2000年度ロサンゼルス映画批評家協会賞撮影賞(ピーター・パウ) 受賞
2000年度ロサンゼルス映画批評家協会賞美術賞 受賞
2000年度ロサンゼルス映画批評家協会賞音楽賞(タン・ドゥン) 受賞
2000年度シカゴ映画批評家協会賞外国語映画賞 受賞
2000年度カンザス・シティ映画批評家協会賞外国語映画賞 受賞
2000年度フロリダ映画批評家協会賞外国語映画賞 受賞
2000年度インディペンデント・スピリット賞作品賞 受賞
2000年度インディペンデント・スピリット賞監督賞(アン・リー) 受賞
2000年度インディペンデント・スピリット賞助演女優賞(チャン・ツィイー) 受賞