クレイジー・イン・アラバマ(1998年アメリカ)

Crazy In Alabama

「ハリウッドへ行く」と言い残し、殺害した亭主の生首を持って旅に出てしまった叔母、
そして目の当たりにする人種差別の現実を、わずかにコミカルに描いたヒューマン・ドラマ。

スペイン出身のハリウッド俳優アントニオ・バンデラスが初めてメガホンを取った作品であり、
当初、予想していたよりも遥かに真っ当な出来の作品であり、映画の出来としてもかなり上質だと思う。
正直、アントニオ・バンデラスがこれだけ出来るということにも驚きだったのですが、これだけできるのだから、
もっと積極的に映画を撮ればいいのにと思ってしまうのは、僕だけなのでしょうか?

さすがに勿体ないですよね、キチッとした設計・構成のある映画なのに。
加えて、これが日本劇場未公開作扱いだというから、尚更、ひじょうに勿体ない。

まぁアントニオ・バンデラスの実生活での妻であるメラニー・グリフィスが主演という、
ひじょうにパーソナルな映画ではあるのですが、その他にもこの題材に共鳴した数多くの共演者がおり、
アントニオ・バンデラスが半端な気持ちで映画を撮ったわけではないことを如実に証明していると思いますね。

映画は主に2つの軸を持って動き始めるのですが、
粗暴な夫の家庭内暴力に悩み、薬剤を混ぜたコーヒーを飲ませて夫を殺害し、
思わず生首を切断するという凶行に至り、夫の生首をバッグに入れたまま家を飛び出したルシール。
そんな彼女がかつては叶えられなかったハリウッドで女優になるという願望を実現させるため、
生首を持ったまま旅に出る姿をロードムービー調に描くというのが1つ目の軸だ。

もう一つは1965年という公民権運動が盛んになったアラバマ州で、
ルシールの甥が、町の保安官が関与した黒人少年の死を摘発する姿を通して、
真の正義とは何かということと、人種差別撤廃への闘い、そして少年の成長を描くのが2つ目の軸だ。

確かに映画の配分を間違えた部分もあって、
中途半端に2つの軸を活かそうとしてしまったがために、どちらも中途半端な印象はあります。
映画のバランスが崩れかけるパートもあったのですが、それでも最終的には映画が壊れなかったですね。

特にルシールの甥のエピソードはとても良く出来ていると思う。これは感心した。
ルーカス・ブラック演じるルシールの甥ピジョーの存在がとても上手く、訴求するものがあったからだろう。
あくまで彼中心の視点ではあるのですが、とても上手く彼の心情や成長を描けていると思います。

ルーカス・ブラックは96年の『スリング・ブレイド』で素晴らしい存在感を示していましたが、
本作に出演後、高校を卒業し、本格的に役者の道を歩み始めたとのことなのですが、
最近はめっきりメジャーな映画に出演できなくなり、伸び悩んでしまった感がありますねぇ。
本作なんかでも、ミート・ローフ・アディやデビッド・モースといった個性派俳優と堂々と渡り合っただけに、
今後が楽しみな若手俳優だったのですが、やはり子役出身の役者は難しいのでしょうね。

この映画はブラック・ユーモアが理解できない人にはキビしいかもしれませんね。
何せ、ルシールは旦那の生首を持って、殺害したことを反省せずに陽気に振る舞うわけで、
倫理観の強い人には、こういった姿勢が理解されにくい側面があることは事実ですね。

そういう意味では、このブラックなコメディ・テイストは排除しても良かったかもしれません。
シリアスな調子、一辺倒で押したら、もっと面白い映画になっていた可能性はあると思いますね。

かつて、黒人差別との闘いを描いた映画はたくさんありましたが、
このエピソードをもっと力強く訴求するためには、こういったブラック・ユーモアが邪魔になってたかも。
他作品と比べると、ラストのニュアンスも含めて、悪い意味で映画が軽くなってしまった気がしますね。
人種差別を露にする、憎たらしい町の保安官を演じたミート・ローフ・アディが上手かっただけに勿体ない。

映画の終盤、ルシールの裁判シーンがあるのですが、
この裁判シーンで裁判長を演じたのがベテラン俳優のロッド・スタイガー。

彼もまた、厳格な裁判長というよりも、どちらかと言えば、コミカルな演技に徹しているのですが、
晩年の出演作ということもあってか、なんだか体調が良くなさそうに見えるのがツラいかな。
まぁ彼は本作の後にも出演作があるし、02年に他界しているので、撮影終了後、すぐに亡くなったわけでは
ないのだけれども、96年の『マーズ・アタック!』のタカ派な芝居と比べれば、遥かに元気がない。

とまぁ・・・あくまでも、アントニオ・バンデラスの初監督作品として考えれば、
これは十分に及第点の出来。前述したように、もっとたくさんの映画を撮れば、更に良くなると思う。

更にこの映画を良くするためには、2つの軸のエピソード、確かにどちらも魅力的なのですが、
どちらかに明確なフォーカスがあれば映画の印象は更に良くなっていたであろうと思えます。
全体的に散漫な印象を受けること自体は否定できず、アントニオ・バンデラスが映画を構成する、
その意図自体は汲み取れるのですが、やはり最終的にはどっちつかずになっている面はある。

僕個人としては、ピジョーのエピソードの方が良かったように思うので、
こちらのエピソードにフォーカスして、ルシールのエピソードはサイド・ストーリー的な位置づけでも
僕はこの映画、十分に成立したと思うし、中途半端な印象を残さずに済んだと思いますね。

原作は93年に発刊された、マーク・チルドレスの小説。
日本でも発売されたはずで、どこかの中古本屋さんで取り扱いがあるかもしれません。

(上映時間112分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 アントニオ・バンデラス
製作 デブラ・ヒル
    マイアー・デパー
    リンダ・ゴールドスタイン・ノウルトン
    ダイアン・シラン・アイザックス
原作 マーク・チルドレス
脚本 マーク・チルドレス
撮影 ジュリオ・マカット
音楽 マーク・スノウ
出演 メラニー・グリフィス
    デビッド・モース
    ルーカス・ブラック
    ミート・ローフ・アディ
    キャシー・モリアーティ
    ロッド・スタイガー
    リチャード・シフ
    ロバート・ワグナー
    ノア・エメリッヒ
    エリザベス・パーキンス
    リンダ・ハート
    ポール・マザースキー

1999年度ゴールデン・ラズベリー賞ワースト主演女優賞(メラニー・グリフィス) ノミネート