クレイジー・ハート(2009年アメリカ)

Crazy Heart

かつて売れたものの、今となっては場末のバーやボーリング場をドサ回りして、
小銭を稼ぐことしかできない、新曲を書けなくなった落ちぶれたカントリー・シンガーが、
サンタフェという田舎町で出会った記者であるシングルマザーと恋に落ちたことから、
酒浸りの日々からの卒業を誓い、トップ・シーンへの再起を目指す姿を描いたヒューマン・ドラマ。

監督は俳優出身で、本作で監督デビューとなったスコット・クーパーで、
確かに面白い着眼点から、とても丁寧に映画を撮ろうとする意図が伝わってくる作品だ。

決して悪い出来の映画だとは思わないのですが、
これは多くの方々が指摘しているように、主人公がアルコール依存症を克服しようと
決意してからのエピソードは完全に蛇足で、主人公がヘロヘロなままで終わった方がずっと良かったと思う。

全体的にキレイ過ぎる映画なんですよね。
そりゃ、主演のジェフ・ブリッジスはずっと酒ばっか飲んでて、観ているだけでも酒臭いジジイだし(笑)、
こういう言い方するのも、たいへん申し訳ないんだけれども、シングルマザーを演じたマギー・ギレンホールだって、
絶世の美女というわけではなく、どちらかと言えば、どこにでもいそうな生活感を感じさせる女性だ。

ナンダカンダ言って、主人公のブレイクはかつて栄華を極めたカントリー・シンガーであり、
田舎町に暮らすシングルマザーとの恋愛なんて、そうそうありふれた話しとは言い難い。

でも、この映画が本来的に大切にすべきだったことって、
それぞれに問題を抱えた男女が、お互いに寄りかかりながら自然体に付き合うという姿であって、
この2人の恋愛をキレイにまとめることではなかったと思うんですよね。その点で、この映画を観ていて、
強く感じることは、映画の最後の最後で道を外してしまったような感覚なんですね。

この2人の恋愛の成り行きは納得はできるのですが、
そうであるからこそ尚更、主演2人の恋愛について真正面から泥臭く描いて欲しかったですね。
(あくまでビターな大人の恋愛映画を貫くのであれば、もっとオシャレな設定にして欲しいのです・・・)

クドいようですが(笑)、この2人の恋愛についてはそんなに悪くない。
但し、この映画は全体的なバランスが悪いんですね。それは設定と、帰結する部分にミスマッチがあるから。
酔いどれのカントリーシンガーとの、やや刹那的な恋愛だったわけですから、もっと泥臭く描かないと、
そして帰結するところも、もっと映画に合うようにしていかないと、やはり映画が崩れてしまうんですよね。

同じ帰結にするのであれば、主人公がアルコール依存症と闘おうと決意するまでの過程、
そして長くツラく、終わりのない闘いであるはずの依存症からの脱離プログラムでの葛藤を
もっとジックリ描かないといけませんね。あまりにこの映画での描写が浅すぎるのがネックですね。

確かにスコット・クーパーの着眼点は素晴らしいし、初監督作品としては良くやっているとは思うけれども、
この映画のどことなく生じる違和感、映画のバランスの悪さというのは、作り手が気づかないといけない。

主人公にかつて師事し、今や売れっ子ミュージシャンとなったトミー・スウィートを演じた、
コリン・ファレルも結構、良かっただけに、この2人の師弟関係についても、もっとしっかり描いて欲しい。
おそらく凄まじい主人公の葛藤はあったはずだし、主人公が「金のためだったら、やってやるよ」と言うまでの
心境の変化を描かずして、この映画の魅力はどうやって出せるものだと言うのだろうか?

さすがにT=ボーン・バーネットが音楽を担当しただけに、
何度かライヴ・シーンが登場するのですが、演奏される音楽はとても良く出来ている。
ジェフ・ブリッジスは実際にミュージシャンとしても活動しているので、正にベスト・キャストだったのかも。

ビックリさせられたのは、トミー・スウィートを演じたコリン・ファレルで、
ひょっとしたら吹き替えかもしれませんが、予想外と言っていいほど歌が上手かった(笑)。
ギター演奏もとても自然に見えて、この映画はキャスティングが抜群に良かったと言ってもいいでしょうね。

しかし、ジェフ・ブリッジスがこういうビターな大人の恋愛を表現するというのが、
この映画のクライマックスで思ったのですが、どうも『恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』を思い出す。

ひょっとしたら、スコット・クーパーはフィールドは違うものの、
本作を撮るにあたって、『恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』は参考にしたのかもしれませんね。
映画を観終わった後のテイストは、とても似た味わいのように感じられましたね。

ようやっと、念願のオスカーを本作の熱演で獲得したジェフ・ブリッジスは素晴らしいが、
どうせアル中のジジイを演じるというのであれば、もっと堕ちるとこまで堕ちて欲しかった(笑)。
勿論、「子供の前では飲まないで」と言われていたにも関わらず、子供の面倒を看ると申し出て、
ヒューストンの市街地を歩いていたら疲れたからと言って、真っ昼間っからバーに子供を連れて行き、
当たり前かのように性懲りもなく酒を飲み始める姿は、どうしようもないアル中のジジイだが、
まだこの映画のジェフ・ブリッジスは醜態の極みを晒したというほどではなく、多少、小奇麗に描かれている。

やはりこの辺が、映画の物足りなさにつながっていて、
彼がホントに堕ちるとこまで堕ちていく姿を晒した方が、映画はずっと良くなったと思いますね。
これはスコット・クーパーが次回以降、映画を撮るときのポイントにして欲しいですね。

まぁ・・・映画は及第点レヴェルと言ってもいいとは思うが、
もう少し徹底して描き込むことができていれば、最高にホロ苦い恋愛映画になっていたと思う。

元々はインディペンデント系の作品であり、キャスィテングには恵まれたものの、
それは本作にもヒューストンのバーの店主の役で出演していたロバート・デュバルの下支えがあったからで、
企画段階からおそろしく低予算な映画であったはずで、その結果としては大健闘の映画だったと思う。

少しずつ一つ一つの描写が、もう少し丁寧になっていれば、
映画は更に良くなっていたであろうと思えるだけに、欲を出したくはなるけど、
スコット・クーパーが本作で初監督だったがために、次回作への期待というところだろう。

どうでもいい話しですが...ジェフ・ブリッジスのお腹がスゲーたるんでたんだけど(笑)、
この映画に出演するために体重を増やしたということなんだよね?(笑)

(上映時間111分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 スコット・クーパー
製作 スコット・クーパー
    ロバート・デュバル
    ロブ・カーライナー
    ジュディ・カイロ
    T=ボーン・バーネット
原作 トーマス・コッブ
脚本 スコット・クーパー
撮影 バリー・マーコウィッツ
編集 ジョン・アクセルラッド
音楽 T=ボーン・バーネット
    スティーブン・ブルトン
出演 ジェフ・ブリッジス
    マギー・ギレンホール
    ライアン・ビンガム
    コリン・ファレル
    ロバート・デュバル
    ポール・ハーマン
    ジャック・ネイション
    トム・バウアー
    ベス・グラント

2009年度アカデミー主演男優賞(ジェフ・ブリッジス) 受賞
2009年度アカデミー助演女優賞(マギー・ギレンホール) ノミネート
2009年度アカデミー歌曲賞(T=ボーン・バーネット、スティーブン・ブルトン) 受賞
2009年度全米俳優組合賞主演男優賞(ジェフ・ブリッジス) 受賞
2009年度ロサンゼルス映画批評家協会賞主演男優賞(ジェフ・ブリッジス) 受賞
2009年度ロサンゼルス映画批評家協会賞音楽賞(T=ボーン・バーネット、スティーブン・ブルトン) 受賞
2009年度ボストン映画批評家協会賞音楽賞(T=ボーン・バーネット、スティーブン・ブルトン) 受賞
2009年度ラスベガス映画批評家協会賞主題歌賞(T=ボーン・バーネット、スティーブン・ブルトン) 受賞
2009年度フェニックス映画批評家協会賞主題歌賞(T=ボーン・バーネット、スティーブン・ブルトン) 受賞
2009年度デンバー映画批評家協会賞主演男優賞(ジェフ・ブリッジス) 受賞
2009年度デンバー映画批評家協会賞主題歌賞(T=ボーン・バーネット、スティーブン・ブルトン) 受賞
2009年度アイオワ映画批評家協会賞主演男優賞(ジェフ・ブリッジス) 受賞
2009年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞(ジェフ・ブリッジス) 受賞
2009年度ゴールデン・グローブ賞歌曲賞(T=ボーン・バーネット、スティーブン・ブルトン) 受賞
2009年度インディペンデント・スピリット賞主演男優賞(ジェフ・ブリッジス) 受賞
2009年度インディペンデント・スピリット賞新人作品賞 受賞
2009年度インディペンデント・スピリット賞新人脚本賞(スコット・クーパー) ノミネート