クラッシュ(2005年アメリカ)

Crash

当時は番狂わせと言われた、予想外にもアカデミー作品賞を獲得した群像劇。

これは要するに、誰にでも心に少なからずともある偏見や決めつけ、差別心を描いている作品であって、
04年に『ミリオンダラー・ベイビー』の脚本で高く評価されたポール・ハギスの監督デビュー作となりました。
しかし、その内容ゆえか劇場公開直後から賛否両論になっており、未だに多くの議論を呼んでいる作品であります。

まず、群像劇としてはお手本のような作りになっていて、脚本としても良く出来ているのでしょう。
個人的にはそれぞれのエピソードのつながりは良いのだけど、少々出来過ぎたストーリーとは思いましたが・・・。

結局、僕の中ではここが気になって仕方がない部分ではある。
ポール・ハギスは監督デビュー作としては、とても良い仕事ぶりで初監督とは思えない安定感ではあります。
そういう意味ではアカデミー賞にノミネートされる価値はあると思うし、演出家としての仕事が評価されたのでしょう。
それは納得できるし、映画全体を支配するかのような気ダルい空気が素晴らしく、これは良い映像になっている。

ただ一方で、特にストーリー面で賛否が分かれる理由も、なんとなく僕には分かるんですよね。
前述したように、どこか出来過ぎた物語でハリウッド特有のご都合主義と揶揄されても仕方ない部分はあると思う。

映画は冬のロサンゼルスを舞台に、人種偏見や差別主義、そして排他的な扱いを受けたことで
不法行為を正当化したり、他人の責任にし続ける論理を押し通したり、それぞれが良くない結果を招いたり、
それで気付かされることや彼らに訪れる“救済”を描いているわけで、それらが奇跡的なつながりを見せています。

まぁ、このつながりがあまりに出来過ぎているような気がするのですが...
映画は進みながら、描かれたそれぞれの群像劇が実はとても近いところでつながっているという感じで、
一つ一つの伏線を回収していくわけですね。この辺を上手くやったことで脚本が高く評価されたのでしょうけど、
個人的には出来過ぎたストーリーに感じられて、すべてがすべてつながる必要があったのかが疑問でしたけどね。
これはこれでポール・ハギスの“戦略”だったのでしょうけど、あまりにストーリーを語ろうとし過ぎたように感じられた。

劇中、いくつかの事件・事故・トラブルが描かれます。その全てがつながっていて、レイシズムに基づいている。
かつてなら何かしらの社会性あるテーマを問題提起する題材だったのでしょうけど、本作はそんな感じでもない。
ここは僕はこれで良かったと思うけど、そのほとんどが事件・事故・トラブルで表現されるのはステレオタイプに感じる。

ポール・ハギスは脚本家としての能力が高いのでしょうから、もっと違う形で表現される部分があっても良かった。

人種差別と言っても、やはり白人中心の社会に於ける黒人に対する差別的な扱いということになるのですが、
当時の情勢の影響もあったのかもしれませんが、アラブ系と誤解されがちだったペルシャ人の家族が印象的だ。
商店を経営しているのですが、ヒスパニック系の職人から鍵を直しても扉を交換しないと防犯はできないと、
警告されていたにも関わらず、店主の父親がその警告を聞き入れもせず、「いいから鍵を直せ!」と喚き散らし、
結果として壊れた扉が原因で強盗に入られ、警告を無視した過失を保険会社に指摘され、保障も受けられない。

一見すると自業自得な状況と思えるのですが、もともとの性格的なものもあり、
この店主はヒスパニック系の職人の責任であると、誤った思考に傾倒して責任転嫁した挙句、店にあった銃を持って
職人の名前から調べて自宅へと向かい、全てを失ってしまった怒りをぶつけようとトンデモないことを起こします。

僕の中ではこのエピソードが最もインパクトに残ったのだけれども、これはこれで極端なエピソードだ。
何故にペルシャ人の印象が悪くなるようなエピソードにしたのかは不明だけど...こうして憎悪を増幅させて、
トンデモない事件を起こしてしまうという構図は、決して絵空事ではなく、現実世界にもあるような気はしますね。

人間誰しも、差別心って潜ませているものだと僕は思うのですが、それを表に出すか出さないか、
公言するかしないかでも印象は変わってくるし、相手がどう思うか、理性的な判断ができず自分を押し通して、
結局は差別を表に出して生きていくという人も多くいる。中には「なんで我慢しなきゃならないんだ!?」と
開き直る人もいるんだけど、もしそう言うなら...他国の文化や技術を取り入れたり、グローバル化を目指すとか、
他国と取引するとか、そんなことを一切せずに鎖国して、自分たちだけ同一民族で暮らしていけばいいと思っちゃう。

まぁ、極論かもしれませんが、心に潜む差別心を隠さずに不当な扱いすることを正当化する、
というのなら、最初っから受け入れる気はないということにしか聞こえず、自分たちだけで生きるのが一番と思う。

本作でも描かれていますが、差別は悲劇を招きかねない。それは不変的なものだと思います。
そして、人生とは不条理な側面もあるものです。差別を嫌悪して、自分は違うと誓っていたはずの人間が
まさか!という状況に置かれて、トンデモない事態に陥ってしまう。これは不条理な展開にも感じられますけど、
仮に「自分は違う」と本気で思い込み、「自分にはそんなことは“絶対”に起こらない」と思っていたとすれば、
それはただの思い違いなのかもしれない。「誰しも起こり得ること」と思っていれば、結果は違っていたかもしれない。

この映画は、そんなチョットしたボタンのかけ違いが、結果として雲泥の差を生んでしまう皮肉を描いています。
そういう意味では、少々説教クサいというか...過剰なまでに人生の教訓を描いた作品と言えるのかもしれません。

それぞれに事情を抱え、それぞれに“言い訳”がある。そして、それぞれに待ち受ける運命は違う。
答えは一つじゃなく、常にその時々に判断を迫られている。傲慢に生きていれば、しっぺ返しを喰らうこともあるし、
何故か救われることもある。そう、運命はいつも皮肉なものなのかもしれない。これは宗教観にもよるだろうけど。。。

個人的には映画の出来としては、そこまでの完成度かと聞かれると微妙なところではありますが、
このどこか漂い続けているような映像が生み出す、なんとも言えない感覚が映画全体を支配しているのが印象的。
そして、その映像感覚こそが人々に待ち受ける運命の皮肉と、不思議なつながりを環状的に描いてしまうのは良い。
ただ、前述したように少々出来過ぎた物語になってしまっていて、どこか胡散クサく見えてしまったのは玉に瑕(きず)。

ポール・ハギスも優秀なシナリオライターなのだったら、こう悟らせない構成にはして欲しかったところ。
それと、黒人を抜擢することこそが自分の得になると出世のツールにしか思っていないブレンダン・フレーザー演じる、
若き検事と彼の妻とのエピソードなんかは、とても中途半端で訴求しない印象のまま終わってしまったのも残念。

だから個人的には、これって脚本の映画というよりも撮影に特長がある作品だったと思うんですよね。
道徳的には賛否あるかもしれないけど、ラストの燃える車に人が集まるシーンなんかも印象に残りますしね。

強く印象に残るエピソードと言えば、マット・ディロン演じる人種差別丸出しで生きる警察官だろう。
彼は病気に苦しむ父親と同居し、苦しむ姿を目の当たりにして黒人ソーシャルワーカーに暴言を吐いたりする。
しかも、彼は全く悪びれることなく、警察官としても人種差別を原動力に動いているようにしか見えない醜悪さだ。

そんな彼がパトロール中に止めた車を運転していたのは、テレビ界で活躍する黒人男性。
車に同乗していた彼の妻は少しだけ酔っ払っていて、取り調べをしようとする警察官に悪態をついたことで、
この警察官の“不純な”取り調べは更にエスカレートして、妻は辱めを受けたとして止めようとしなかった夫に激怒。
そもそも警察官が止めた理由も、白人富裕層が暮らす地区を黒人が運転していたという“不純な”動機なわけです。
何一つ正当な理由なく車を止めて、悪態をつかれたからということで、女性に性的な接触をするというあり得ない事態。

それに警察官の相棒も反感を持っていたわけですが、彼は彼で皮肉な運命へと引き寄せられていきます。

ハッキリ言って、本作にはそこまで明るいメッセージが込められているとは思わないし、
あくまで“気付き”を描いた作品なのだと感じた。ただ、その“気付き”が良い方向にいくかどうかは、本人次第。
明るい未来を象徴するなどということよりも、人々が変わるキッカケをステレオタイプに描いた作品と、私は受け取った。

善人に必ずしも良いことばかりが起こるとは限らないし、どこか斜に構えて生きている人に良いことが起きたりもする。
そう、人生とは皮肉なものであり、理路整然とするものでもない。運命や理屈といった言葉では説明できない、
なんとも不可解なことが起こったりするものだ。そういったことをポール・ハギスは示唆的に描いていると思います。
かつて、こういう映画が高く評価されることは珍しかったと思うのですが、アカデミー作品賞受賞には少々ビックリ。

とは言え、決して本作は劣った作品ではありません。それなりに力のある映画だと思いますけどね。。。

(上映時間112分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

日本公開時[PG−12]

監督 ポール・ハギス
製作 ポール・ハギス
   ボビー・モレスコ
   キャシー・シュルマン
   ドン・チードル
   ボブ・ヤーリ
原案 ポール・ハギス
脚本 ポール・ハギス
   ボビー・モレスコ
撮影 J・マイケル・ミューロー
編集 ヒューズ・ウィンボーン
音楽 マーク・アイシャム
出演 ドン・チードル
   サンドラ・ブロック
   マット・ディロン
   ジェニファー・エスポジート
   ブレンダン・フレイザー
   ウィリアム・フィクトナー
   タンディ・ニュートン
   ライアン・フィリップ
   テレンス・ハワード
   クリス・“リュダクリス”・ブリッジス
   ラレンズ・テイト
   ノーナ・ゲイ
   マイケル・ペーニャ
   キース・デビッド

2005年度アカデミー作品賞 受賞
2005年度アカデミー助演男優賞(マット・ディロン) ノミネート
2005年度アカデミー監督賞(ポール・ハギス) ノミネート
2005年度アカデミーオリジナル脚本賞(ポール・ハギス、ボビー・モレスコ) 受賞
2005年度アカデミー歌曲賞 ノミネート
2005年度アカデミー編集賞(ヒューズ・ウィンボーン) 受賞
2005年度全米脚本家組合賞オリジナル脚本賞(ポール・ハギス、ボビー・モレスコ) 受賞
2005年度シカゴ映画批評家協会賞作品賞 受賞
2005年度シカゴ映画批評家協会賞脚本賞(ポール・ハギス、ボビー・モレスコ) 受賞
2005年度ラスベガス映画批評家協会賞助演男優賞(マット・ディロン) 受賞
2005年度ラスベガス映画批評家協会賞脚本賞(ポール・ハギス、ボビー・モレスコ) 受賞
2005年度ワシントンDC映画批評家協会賞オリジナル脚本賞(ポール・ハギス、ボビー・モレスコ) 受賞
2005年度サウスイースタン映画批評家協会賞脚本賞(ポール・ハギス、ボビー・モレスコ) 受賞
2005年度ダラス・フォートワース映画批評家協会賞助演男優賞(マット・ディロン) 受賞
2005年度フェニックス映画批評家協会賞脚本賞(ポール・ハギス、ボビー・モレスコ) 受賞
2005年度バンクーバー映画批評家協会賞助演男優賞(テレンス・ハワード) 受賞
2005年度ロンドン映画批評家協会賞助演女優賞(タンディ・ニュートン) 受賞
2005年度ロンドン映画批評家協会賞脚本賞(ポール・ハギス、ボビー・モレスコ) 受賞
2005年度イギリス・アカデミー賞助演男優賞(マット・ディロン) 受賞
2005年度イギリス・アカデミー賞オリジナル脚本賞(ポール・ハギス、ボビー・モレスコ) 受賞
2005年度インディペンデント・スピリット賞助演男優賞(マット・ディロン) 受賞