クラッシュ(2005年アメリカ)

Crash

05年度のアカデミー賞で作品賞を含む3部門を獲得した群像ドラマ。
『ミリオンダラー・ベイビー』などの脚本で知られるポール・ハギスの監督デビュー作だ。

こういう言い方をすると、卑屈に聞こえるかもしれませんが(笑)...
これはホントに憎たらしいぐらい、良く出来たストーリー構成を持つ映画になっていると思います。
さすがはポール・ハギス、この映画のシナリオだけでも賞賛に値すると言っても過言ではない。

だが、しかし・・・正直言って、僕はシナリオ以外の面では、あまり感心しなかった。

あくまで僕の主観の問題なので、こう思うのは僕だけだろうけど、
なんかこの映画を観ていて、映画賞狙いの香りがプンプン漂っているような気がするのが、嫌だった。
実はこの映画、期間を置いて、僕は2度観ているのですが、2度目もあまり印象は大きく変わらなかった。

繰り返しになりますが、このシナリオはひじょうに鋭く、高い完成度を誇っています。
しかし、どうしてもこの映画の向こう側から、作り手の「偉い人から褒めてもらおう」とか、
そういう本音があまりにダイレクトに映像に乗せられているようで、どうしても僕は好きになれない。

勿論、僕は結果として賞賛される映画というのは、
賞賛されるだけの理由があるものだと思っていますので、映画賞そのものの権威や価値、
イベント性などを否定するつもりは毛頭ありませんので、むしろ称えられるべきだと思います。

しかし、それはあくまで結果、つまり映画賞そのものの話しであって、
あくまで映画を撮るにあたっては、真摯な姿勢でいてもらいたいと思うのです。
観客を驚かせたいと創意工夫を凝らすのはOKですが、評論家に褒められたいというのはNGですね。

勿論、この映画の作り手にはそんな気はサラサラ無かったのかもしれない。
まぁそうであれば、僕の映画の観方に問題があるのでしょう。。。

何はともあれ、バラバラに思える複数の登場人物のドラマが最終的に一つに交錯するのはお見事。
今まで数多くの映画の中で、人々の偏見を様々な角度から描かれてはきましたが、
本作のような切り口から描いた映画というのは、僕は初めて観ましたね。
特にアラブ系と勘違いされる、ペルシャ人のコンビニの店主のエピソードは群を抜いて素晴らしい。

人々に差別心があるということは、少なくとも差別される対象が存在するわけで、
とりわけ“人種のるつぼ”と言われるアメリカでは、白人以外の人種・民族は差別される対象になってきました。

しかしながら、アメリカではアジア系、ヒスパニック系、アラブ系、黒人と実に多くの人々が活躍している。
それでも差別的待遇、言動、振る舞いというのは消えないのです。そして付随的に犯罪が起きます。
それと同時に、差別される側の対抗心が間違った方向へ進むことが問題となってきています。
それは時にテロ的な犯罪にもつながり、甚大な被害をもたらす悲劇へと転化することもあります。

本作はこうして、差別主義の暗部が生み出す社会の痛みを、寓話的に描くことに成功しています。

まぁこういう言い方をすると誤解されるかもしれませんが、
僕は人間、誰しも少なからずとも偏見ってあると思うんです。しかし、偏見があるというのと、差別は違います。
結局、差別主義者になるか否かって、個々人の理性の問題が大きく、抑え切れない人っているんですよね。

別に偏見を全面的に肯定するつもりはありませんが、
案外、人間って物事を瞬時に一次的な判断をしているもので、これは偏見が影響を与えている場合もあります。
人はそう短期間に、且つ容易に人間性が変化するわけがないので、偏見を取り除くことは容易ではありません。
本作なんか観ていると、正にそういった奇跡を描いているんだなぁと実感するわけで、
そう容易に変わるはずのない偏見、或いは理性の変化というものが生じるぐらい影響力が強い日を、
敢えてこういったスタイルで寓話的に描いている作品と解釈しています。そういう意味では、前向きな映画です。

ただ、やっぱり僕は本作を完璧な映画だとは思わないし、
良い出来の映画であることは間違いないが、05年度のベスト・ムービーかと言われると、首を傾げてしまう。

それはライアン・フィリップ演じる若手警察官がヒッチハイクで黒人青年を乗せるエピソードで、
あまりに性急な処理をしてしまい、不条理をフルに表現し切れなかった点に失望してしまったからかもしれない。
それと、ブレンダン・フレーザー演じる黒人との親しい関係をアピールし、自らの人気を上げようとする
若手地方検事と妻の描き方の中途半端さに失望してしまったからかもしれない。

いずれにしても、僕にはどうしても何かが欠落した映画で、その欠落したのは、わずか1ピース。
それが見つかれば、もの凄い傑作になっていたかもしれない作品としか思えないのです。

あぁ、あまり映画には関係ないかもしれないけど...
ヒスパニック系の女性警察官を演じたジェニファー・エスポジートという女優さん、
もっと活躍して欲しいなぁ。スクリーン映えする、良い女優さんだと思うんだけど。。。

(上映時間112分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

日本公開時[PG−12]

監督 ポール・ハギス
製作 ポール・ハギス
    ボビー・モレスコ
    キャシー・シュルマン
    ドン・チードル
    ボブ・ヤーリ
原案 ポール・ハギス
脚本 ポール・ハギス
    ボビー・モレスコ
撮影 J・マイケル・ミューロー
編集 ヒューズ・ウィンボーン
音楽 マーク・アイシャム
出演 ドン・チードル
    サンドラ・ブロック
    マット・ディロン
    ジェニファー・エスポジート
    ブレンダン・フレイザー
    ウィリアム・フィクトナー
    タンディ・ニュートン
    ライアン・フィリップ
    テレンス・ハワード
    クリス・“リュダクリス”・ブリッジス
    ラレンズ・テイト
    ノーナ・ゲイ
    マイケル・ペーニャ
    キース・デビッド

2005年度アカデミー作品賞 受賞
2005年度アカデミー助演男優賞(マット・ディロン) ノミネート
2005年度アカデミー監督賞(ポール・ハギス) ノミネート
2005年度アカデミーオリジナル脚本賞(ポール・ハギス、ボビー・モレスコ) 受賞
2005年度アカデミー歌曲賞 ノミネート
2005年度アカデミー編集賞(ヒューズ・ウィンボーン) 受賞
2005年度全米脚本家組合賞オリジナル脚本賞(ポール・ハギス、ボビー・モレスコ) 受賞
2005年度シカゴ映画批評家協会賞作品賞 受賞
2005年度シカゴ映画批評家協会賞脚本賞(ポール・ハギス、ボビー・モレスコ) 受賞
2005年度ラスベガス映画批評家協会賞助演男優賞(マット・ディロン) 受賞
2005年度ラスベガス映画批評家協会賞脚本賞(ポール・ハギス、ボビー・モレスコ) 受賞
2005年度ワシントンDC映画批評家協会賞オリジナル脚本賞(ポール・ハギス、ボビー・モレスコ) 受賞
2005年度サウスイースタン映画批評家協会賞脚本賞(ポール・ハギス、ボビー・モレスコ) 受賞
2005年度ダラス・フォートワース映画批評家協会賞助演男優賞(マット・ディロン) 受賞
2005年度フェニックス映画批評家協会賞脚本賞(ポール・ハギス、ボビー・モレスコ) 受賞
2005年度バンクーバー映画批評家協会賞助演男優賞(テレンス・ハワード) 受賞
2005年度ロンドン映画批評家協会賞助演女優賞(タンディ・ニュートン) 受賞
2005年度ロンドン映画批評家協会賞脚本賞(ポール・ハギス、ボビー・モレスコ) 受賞
2005年度イギリス・アカデミー賞助演男優賞(マット・ディロン) 受賞
2005年度イギリス・アカデミー賞オリジナル脚本賞(ポール・ハギス、ボビー・モレスコ) 受賞
2005年度インディペンデント・スピリット賞助演男優賞(マット・ディロン) 受賞