敬愛なるベートーヴェン(2006年イギリス・ハンガリー合作)

Copying Beethoven

孤高の音楽家ベートーヴェンと、気難しい彼の晩年を支えた若き才能溢れる女性、
アンナ・ホルツが互いに高め合いながら、創作活動を展開していく姿を描いた音楽ドラマ。

『太陽と月に背いて』のアニエスカ・ホランドが描く、個性的なベートーヴェン像なのですが、
基本的に映画として醸成し切れていないですね。これは、ひじょうに勿体ない結果と言えます。

肝心かなめのベートーヴェンを演じたエド・ハリスは、カツラを着用しただけとは言え、
あまりにその風貌が変わり過ぎて、一見すると彼だと分からないぐらいの大熱演と言っていいと思うし、
そんな強烈な性格の彼を支えるアンナを新進女優ダイアン・クルーガーが演じているのですが、
大熱演のエド・ハリスに押し負けないぐらいの存在感を見事に活かしていると思います。

もっともっと強いメッセージ性の映画にすることもできただろうし、
もっと力強い伝記ドラマに仕上げることもできたと思うのですが、どちらかと言えば、
強烈な性格のベートーヴェンを描くことに必死になってしまったがために、随分と表層的な映画に感じられる。

少なくとも『太陽と月に背いて』を観る限り、アニエスカ・ホランドはもっと出来るディレクターだと思うのですが、
傍若無人に生きるベートーヴェンを紹介するだけで、真の彼の人間像にクローズアップし切れていない。
そこそこ話題性はある映画だし、製作当時は日本でも少し人気が出始めていたダイアン・クルーガー出演だし、
もっと拡大規模で劇場公開されてもいいような気がするのですが、内容を観て、納得しましたね。
申し訳ないけど、これは拡大規模で劇場公開できるような風格を漂わせる映画とは言えないと思いますね。

映画は後半に差し掛かると、少し良くなるけれども...
個人的には本作の前半の出来はあまり良いとは思えなかったなぁ〜。
エド・ハリスがガサツに部屋で髪を洗ったり、突如としてパンツを下ろしたりして、
アンナにお尻を見せたりとか、とにかく傍若無人ぶりを発揮するんだけど、それらの映し方も下品。

突然、ズーム使ったり、安直な発想のシーン演出が多くて、あまり感心しなかったなぁ。

映画は中盤、ベートーヴェンが大観衆の前で『交響曲第九番』を指揮する一連のシーンで
音楽を利用して盛り上げるあたりから、グッと良くなってきます。後半はまずまずなのですが、
それまではあまりに映画の起伏が無くって、ここが改善されていれば、また映画の印象は変わっていたかな。

アンナ・ホルツも架空の人物ということで、
もっと掘り下げて描いても面白かったと思うのですが、全体的に軽く扱われてしまった印象があり、
橋のデザイナーとの恋愛のエピソードに時間を割くぐらいなら、もっとアンナやベートーヴェンを掘り下げて
描くことに時間を割くべきで、そうすれば映画はより深みのあるドラマとして醸成できたと思いますね。

尺が短いこともチョット災いした感じがして、
ベートーヴェンを描いた映画ということで、長い重厚な作りを先入観として持ってしまいがちなのですが、
これが意外にも1時間30分強でまとまっているというコンパクトさなのは良いのですが、
全体的な物足りなさが残り、ならばもっと描くべきエピソードを足しても良かったと思いますね。

それにしても、エド・ハリスの芸達者ぶりが目立ちますね。
さすがに最初にフレームインしたときに、彼だとは全く気づかなかったですよ。
ここまでのカメレオン俳優だというイメージは無かったので、予想以上の大熱演ですね。

以前、『太陽と月に背いて』を観たときは、随分と骨のある映画を撮る人だと、
アニエスカ・ホランドという映像作家のことを強く意識したのですが、本作はまるでそれがウソのよう。
かなりキビしい言い方をすると、本作はまるで精彩を欠いた作りで、映画に個性も魅力も“乗って”いない。

いっそのこと、もっと挑戦的にベートーヴェンを描いても良かったと思うのですが、
こういう中途半端な出来になってしまったというのは、やっぱり批判の対象となるリスクを恐れたのかなぁ?

表面的にはかなり大胆にベートーヴェンを描こうとしているのですが、
どうしても肝心かなめな部分で、踏み込めなかった感じで、これは自重したような印象を受けましたね。
ただ、残念なことにベートーヴェンの野獣性だけが強調されてしまったような感じで、
例えば部屋で浴びる“シャワー”の水が、階下の食卓に落ちるなど、とにかく人迷惑な部分ばかりが強調され、
ホントのベートーヴェンには肉薄し切れていません。これは熱心なファンの批判を嫌ったのかもしれませんね。

正直言って、楽曲の良し悪しは僕には何とも言い難いところではあるのですが、
映画の最後で触れられる『大フーガ』の楽曲が不評で、観客が次から次へと帰っていくシーンは印象的だ。
これがキッカケで、晩年のベートーヴェンは名声を落としてしまうという設定なのですが、
鑑賞していた大公からも「これが分からぬほど、君の耳が悪いとは思ってもいなかった」と言われる始末。

ちなみに『大フーガ』は徐々に後年の音楽家たちに参考とされるようになり、
今となってはマスターピースの一つらしいのですが、これは映画の終盤で最も良いシーンですね。

全体的に軽い演出が目立つ作品だっただけに、こういった辛らつさは良い意味でアクセントになります。

もっと上手く撮っていれば、そこそこの評価は得ていたと思うのですが、
もう少し元気な頃のアニエスカ・ホランドなら、おそらくもっと上手く撮っていたであろうと思えるだけに、
何だか残念な一本ですね。申し訳ないけど、この出来ではエド・ハリスの熱演もフイにしています。

(上映時間103分)

私の採点★★★★★☆☆☆☆☆〜5点

監督 アニエスカ・ホランド
製作 クリストファー・ウィルキンソン
    スティーブン・J・リヴェル
    シドニー・キンメル
    マイケル・テイラー
脚本 スティーブン・J・リヴェル
    クリストファー・ウィルキンソン
撮影 アシュレイ・ロウ
編集 アレックス・マッキー
出演 エド・ハリス
    ダイアン・クルーガー
    マシュー・グード
    ジョー・アンダーソン
    ビル・スチュワート